第32話「選ばれた悪役」
『パパラッチ・パパラッチ』登場人物一覧
■神崎 修司
本作の主人公。
元人気俳優で、七年前のスキャンダルによって芸能界を引退。
現在は実業家として成功し、「パパラッチ・パパラッチ」という会社を立ち上げた。
芸能人を追い回す記者を逆に取材するという前代未聞のビジネスを開始し、
メディア・芸能界・スポンサー・政治の裏側にある「物語を作る構造」に戦いを挑む。
■真壁 葵
パパラッチ・パパラッチの調査責任者。
元新聞記者。
報道の裏側を知る人物で、神崎の最も信頼する右腕。
理性的で冷静だが、神崎の手法の危うさを常に理解しており、物語の中で「倫理の視点」を持つ存在。
神崎の行動に疑問を持ちながらも、彼の覚悟を理解し、共に戦う。
■佐伯 圭一
神崎の元マネージャー。
神崎が新人だった頃から担当していた人物。
しかし七年前、相良宗一から金を受け取り、神崎のスキャンダル情報を週刊誌に流したことが発覚。
神崎の人生を壊すきっかけを作った「裏切り者」。
■黒川 真也
週刊誌記者。
七年前、神崎のスキャンダル記事を書いた人物。
仕事として記事を書いただけだと語る、典型的なゴシップ記者。
神崎にとっては「直接の加害者」ではあるが、同時にメディア構造の中で動く一人の歯車でもある。
■相良 宗一
芸能界の大物プロデューサー。
テレビ・映画・音楽業界に強い影響力を持つ人物。
神崎のスキャンダルの裏側で暗躍していた可能性が高い。
■城戸 正宗
広告業界の伝説的存在。
日本最大の広告代理店の元会長で、現在は政府のメディア戦略顧問。
テレビ・広告・政治を横断する巨大な影響力を持つ。
■有里
神崎の元恋人。
七年前のスキャンダル当時、神崎の最も近くにいた人物。
現在、週刊誌で「元恋人の独占告白」として登場し、
神崎にとって最も痛い形の攻撃材料として利用される。
相良宗一の言葉は、店の静かな空気の中でしばらく漂っていた。
――今の物語は誰が書いてる。
――お前だ。
神崎修司はすぐには何も言わなかった。窓の外では西麻布の昼が動いている。昼の光は明るいが、この店の奥の席にはあまり届かない。
神崎はゆっくり椅子にもたれた。
「買いかぶりすぎですよ」
相良は小さく笑った。
「そうか?」
神崎は答える。
「俺はただ」
少し言葉を探す。
「自分の人生を取り戻してるだけです」
相良は神崎の顔をじっと見ていた。
その目は、七年前に見た若い俳優の顔を探しているようだった。しかし目の前にいる男は、もう別人だった。
相良は言う。
「七年前、お前は悪役にされた」
神崎は黙っている。
相良は続ける。
「週刊誌」
「テレビ」
「ワイドショー」
手を軽く広げる。
「全部同じことを言った」
神崎は静かに言った。
「事実ですから」
相良は笑った。
「いや」
そして少し身を乗り出す。
「事実“らしい”ものだ」
神崎の目が少し動く。
相良は言った。
「この世界で一番便利なのはな」
指でテーブルを軽く叩く。
「グレーだ」
神崎は何も言わない。
相良は続ける。
「完全な嘘はすぐバレる」
「完全な真実は扱いにくい」
そして少し笑った。
「だからグレー」
神崎は低く言った。
「俺のスキャンダルも」
相良は頷いた。
「そう」
そして続ける。
「事実はあった」
神崎は黙る。
相良は言う。
「でも」
少し間を置く。
「物語は膨らんだ」
神崎は思い出す。
あのときのテレビ。
コメンテーター。
「最低ですね」
「裏切りですよ」
「ファンをどう思っているんでしょう」
誰も事実を知らなかった。
だが、誰もが語った。
神崎は言った。
「観客が欲しがる」
相良は頷いた。
「そう」
そして神崎を見つめる。
「悪役を」
店の外を車が通り過ぎる。
昼の東京は何も知らない顔で動いている。
相良は言った。
「物語には悪役が必要だ」
神崎は少し笑った。
「便利ですね」
相良は言う。
「便利だ」
そして続けた。
「観客は安心する」
神崎は聞く。
「なぜ」
相良は言った。
「自分じゃないから」
神崎は黙る。
相良は続ける。
「人はな」
グラスを回しながら言う。
「自分より落ちた人間を見ると安心する」
神崎は少しだけ目を閉じた。
七年前。
街を歩けなくなった。
SNS。
ニュース。
掲示板。
神崎修司。
裏切り者。
最低の俳優。
仕事は全部消えた。
相良は言った。
「お前は選ばれた」
神崎の目が開く。
「選ばれた?」
相良は頷く。
「悪役に」
その言葉は、静かだった。
だが重かった。
神崎はゆっくり言った。
「じゃあ」
相良を見る。
「次の悪役は?」
相良は少し笑った。
「さあな」
神崎は言った。
「城戸?」
相良はすぐには答えなかった。
そして静かに言う。
「それは違う」
神崎の眉が動く。
相良は言った。
「城戸は悪役じゃない」
神崎は聞く。
「じゃあ何ですか」
相良は少し考えた。
そして言った。
「観客」
神崎は黙った。
相良は続ける。
「城戸は世論を読む」
「世論が望む物語を書く」
「そして世論が望む悪役を作る」
神崎はゆっくり息を吐いた。
なるほど。
そういう構造か。
相良は神崎を見ていた。
「でも」
神崎が顔を上げる。
相良は言う。
「今回」
少し笑う。
「物語が狂った」
神崎は聞く。
「どうして」
相良は答える。
「お前が戻ってきた」
店の奥の空気が少しだけ動く。
神崎は小さく笑った。
「幽霊みたいな言い方ですね」
相良は言う。
「似たようなもんだ」
そして続けた。
「悪役が舞台に戻るなんて」
少し肩をすくめる。
「普通ない」
神崎は言った。
「じゃあ」
少し身を乗り出す。
「この物語、どう終わると思います?」
相良はしばらく神崎を見ていた。
そして静かに言った。
「終わらない」
神崎は眉をひそめる。
相良は言う。
「城戸はな」
窓の外を見る。
「簡単には負けない」
神崎は少し笑った。
「分かってる」
相良は頷く。
「だから」
そして神崎を見る。
「面白い」
そのときだった。
相良のスマートフォンが震えた。
相良は画面を見る。
そして、ほんの一瞬だけ目を細めた。
神崎が聞く。
「誰ですか」
相良は画面を見つめたまま言った。
「噂をすれば」
ゆっくり顔を上げる。
「城戸だ」
店の奥の空気が、ほんの少しだけ冷たくなった。




