第31話「脚本家」
『パパラッチ・パパラッチ』登場人物一覧
■神崎 修司
本作の主人公。
元人気俳優で、七年前のスキャンダルによって芸能界を引退。
現在は実業家として成功し、「パパラッチ・パパラッチ」という会社を立ち上げた。
芸能人を追い回す記者を逆に取材するという前代未聞のビジネスを開始し、
メディア・芸能界・スポンサー・政治の裏側にある「物語を作る構造」に戦いを挑む。
■真壁 葵
パパラッチ・パパラッチの調査責任者。
元新聞記者。
報道の裏側を知る人物で、神崎の最も信頼する右腕。
理性的で冷静だが、神崎の手法の危うさを常に理解しており、物語の中で「倫理の視点」を持つ存在。
神崎の行動に疑問を持ちながらも、彼の覚悟を理解し、共に戦う。
■佐伯 圭一
神崎の元マネージャー。
神崎が新人だった頃から担当していた人物。
しかし七年前、相良宗一から金を受け取り、神崎のスキャンダル情報を週刊誌に流したことが発覚。
神崎の人生を壊すきっかけを作った「裏切り者」。
■黒川 真也
週刊誌記者。
七年前、神崎のスキャンダル記事を書いた人物。
仕事として記事を書いただけだと語る、典型的なゴシップ記者。
神崎にとっては「直接の加害者」ではあるが、同時にメディア構造の中で動く一人の歯車でもある。
■相良 宗一
芸能界の大物プロデューサー。
テレビ・映画・音楽業界に強い影響力を持つ人物。
神崎のスキャンダルの裏側で暗躍していた可能性が高い。
■城戸 正宗
広告業界の伝説的存在。
日本最大の広告代理店の元会長で、現在は政府のメディア戦略顧問。
テレビ・広告・政治を横断する巨大な影響力を持つ。
■有里
神崎の元恋人。
七年前のスキャンダル当時、神崎の最も近くにいた人物。
現在、週刊誌で「元恋人の独占告白」として登場し、
神崎にとって最も痛い形の攻撃材料として利用される。
店の奥の席は、昼間でも薄暗かった。
西麻布のこの店は、わざと照明を落としている。昼でも夜でも、時間の感覚が少し曖昧になるような空間だ。外の世界とは少し切り離された、密談のための場所だった。
相良宗一は水のグラスを指先で回していた。
「脚本は城戸だ」
その言葉がテーブルの上に落ちたあと、しばらく二人とも何も言わなかった。
神崎修司は相良の顔を見ている。
表情はほとんど変わらない。だが胸の奥では、いくつかの断片がゆっくりとつながり始めていた。
城戸正宗。
あの男は確かに、記者会見でも言っていた。
――物語を決めるのは観客だ。
神崎は静かに言った。
「どういう意味ですか」
相良は小さく笑った。
「言葉通りだよ」
そして続ける。
「城戸は、物語を作る男だ」
神崎は黙って聞いている。
相良は指でテーブルを軽く叩いた。
「週刊誌」
「テレビ」
「スポンサー」
一つずつ言葉を並べる。
「全部つながってる」
神崎は言う。
「知ってます」
相良は首を振った。
「いや」
そして少し身を乗り出した。
「お前が思ってるより、ずっと深い」
店の外を車が通り過ぎる音が聞こえた。
相良は続ける。
「七年前」
グラスを置く。
「お前のスキャンダルが出る前に、ある企画が動いてた」
神崎は目を細める。
「何の」
相良は答える。
「スター交代」
神崎は黙る。
相良は言った。
「芸能界ってな、表向きは自由競争に見えるだろ」
神崎は何も言わない。
相良は続けた。
「でも実際は違う」
少し間を置く。
「ポジションがある」
神崎の目がわずかに動いた。
相良は言う。
「主演俳優」
「若手スター」
「CMタレント」
「司会者」
手を広げる。
「全部、席が決まってる」
神崎は低く言った。
「椅子取りゲーム」
相良は笑った。
「そう」
そして続ける。
「お前はそのとき、一番目立つ椅子に座ってた」
神崎は窓の外をちらりと見た。
確かにそうだった。
ドラマ、映画、CM。若手俳優の中で、神崎の名前は一番上にあった。
相良は言う。
「でもな」
少し声を落とす。
「その椅子を欲しがってる人間は山ほどいる」
神崎は相良を見た。
「それで」
相良は言った。
「物語が必要になる」
神崎の眉がわずかに動く。
相良は続けた。
「ただ降ろすだけじゃダメなんだ」
「理由がいる」
神崎は静かに言った。
「スキャンダル」
相良は頷く。
「そう」
そして神崎を見つめる。
「観客が納得する理由」
店内の空気が少し重くなる。
神崎は言った。
「じゃあ」
相良の目を見る。
「誰がやった」
相良はすぐには答えなかった。
コーヒーを一口飲む。
そして静かに言う。
「城戸は」
少し言葉を選ぶ。
「直接手を下すタイプじゃない」
神崎は黙る。
相良は続ける。
「あいつは脚本を書く」
指でテーブルを軽く叩く。
「そして」
ゆっくり言う。
「役者を配置する」
神崎は小さく息を吐いた。
「役者」
相良は頷いた。
「週刊誌の記者」
「テレビのコメンテーター」
「スポンサー」
一つずつ指を折る。
「みんな登場人物だ」
神崎は思い出す。
記者会見で城戸が言った言葉。
――あなたたちも、この物語の登場人物です。
あれは、比喩じゃなかった。
神崎は言った。
「じゃあ相良さんは」
相良を見つめる。
「どの役ですか」
相良は笑った。
「俺か?」
そして少し肩をすくめる。
「便利屋だよ」
神崎は黙る。
相良は続けた。
「スポンサーの調整」
「テレビ局の交渉」
「キャスティング」
そして静かに言った。
「現場の処理」
神崎は数秒、相良を見ていた。
それから言った。
「俺を降ろした」
相良はすぐ答えた。
「そうだ」
神崎は続ける。
「誰の指示で」
相良は少し笑った。
「もう分かってるだろ」
神崎は何も言わない。
相良は言った。
「城戸だ」
店内に静かな沈黙が落ちた。
七年前の物語。
その脚本を書いた男の名前が、今はっきりと形になった。
神崎はゆっくり息を吐いた。
そして静かに言った。
「なるほど」
相良は神崎を見つめている。
神崎は続けた。
「じゃあ」
少し笑う。
「今の物語は誰が書いてる」
相良は一瞬だけ黙った。
そして、神崎をまっすぐ見た。
「お前だ」
その言葉は、ゆっくりとテーブルの上に落ちた。
西麻布の昼の光が、窓から差し込んでいる。
そして神崎修司は、はじめて少しだけ笑った。
七年前、自分は物語の中で消された。
だが今は違う。
今この瞬間――
物語を書いているのは、自分だった。




