第30話「約束の場所」
『パパラッチ・パパラッチ』登場人物一覧
■神崎 修司
本作の主人公。
元人気俳優で、七年前のスキャンダルによって芸能界を引退。
現在は実業家として成功し、「パパラッチ・パパラッチ」という会社を立ち上げた。
芸能人を追い回す記者を逆に取材するという前代未聞のビジネスを開始し、
メディア・芸能界・スポンサー・政治の裏側にある「物語を作る構造」に戦いを挑む。
■真壁 葵
パパラッチ・パパラッチの調査責任者。
元新聞記者。
報道の裏側を知る人物で、神崎の最も信頼する右腕。
理性的で冷静だが、神崎の手法の危うさを常に理解しており、物語の中で「倫理の視点」を持つ存在。
神崎の行動に疑問を持ちながらも、彼の覚悟を理解し、共に戦う。
■佐伯 圭一
神崎の元マネージャー。
神崎が新人だった頃から担当していた人物。
しかし七年前、相良宗一から金を受け取り、神崎のスキャンダル情報を週刊誌に流したことが発覚。
神崎の人生を壊すきっかけを作った「裏切り者」。
■黒川 真也
週刊誌記者。
七年前、神崎のスキャンダル記事を書いた人物。
仕事として記事を書いただけだと語る、典型的なゴシップ記者。
神崎にとっては「直接の加害者」ではあるが、同時にメディア構造の中で動く一人の歯車でもある。
■相良 宗一
芸能界の大物プロデューサー。
テレビ・映画・音楽業界に強い影響力を持つ人物。
神崎のスキャンダルの裏側で暗躍していた可能性が高い。
■城戸 正宗
広告業界の伝説的存在。
日本最大の広告代理店の元会長で、現在は政府のメディア戦略顧問。
テレビ・広告・政治を横断する巨大な影響力を持つ。
■有里
神崎の元恋人。
七年前のスキャンダル当時、神崎の最も近くにいた人物。
現在、週刊誌で「元恋人の独占告白」として登場し、
神崎にとって最も痛い形の攻撃材料として利用される。
六本木のオフィスの窓の外では、夜がゆっくりと朝に変わり始めていた。
ビルの間から薄い光が差し込み、ネオンが一つずつ消えていく。東京という街が、もう一度別の顔に切り替わる時間だった。
神崎修司はソファに腰掛けたまま、スマートフォンの画面を見ていた。
相良宗一からのメッセージ。
場所と時間だけが書かれている。
「西麻布 午後三時」
それだけだった。
真壁葵がテーブルの向こうから言った。
「罠かもしれません」
神崎は笑った。
「もちろん」
そして画面を消した。
「でも来る」
真壁は腕を組んだ。
「なぜ」
神崎は窓の外を見た。
「相良は」
少し言葉を探す。
「逃げるタイプじゃない」
それは七年前から分かっている。
相良宗一という男は、表に出ないが逃げない。問題が起きると、必ず自分で処理するタイプだった。だからこそ三十年この業界で生き残っている。
真壁は小さく息を吐いた。
「城戸とは違うタイプですね」
神崎は頷いた。
「城戸は脚本家」
そして少し笑う。
「相良は現場」
同じ構造の中にいる人間でも、役割が違う。
城戸は物語を設計する男。
相良は、その物語を実際に動かす男だった。
午後三時。
西麻布。
その店は表通りから少し外れた場所にあった。
看板は小さい。外から見れば普通のレストランにしか見えない。だが芸能関係者の間では有名な場所だった。テレビ局のプロデューサー、俳優、スポンサーの担当者。さまざまな人間がここで密談をする。
神崎は店の前で立ち止まった。
七年前、ここに来たことがある。
そのときも相良に呼ばれた。
神崎はドアを開ける。
店内は静かだった。昼の時間帯なので客は少ない。奥のテーブル席に、背中を向けて座っている男がいた。
相良宗一。
スーツ姿で、ゆっくりとコーヒーを飲んでいる。
神崎が近づくと、相良は振り向いた。
「久しぶりだな」
神崎は椅子を引きながら答える。
「そうですね」
二人の間に、少しだけ沈黙が流れる。
七年前のことが、自然に思い出される。
相良が先に口を開いた。
「記者会見、見たよ」
神崎は肩をすくめた。
「感想は?」
相良は笑った。
「面白い」
神崎も少し笑う。
「城戸と同じこと言いますね」
相良はコーヒーを置いた。
「そりゃそうだ」
そして続ける。
「だってあいつ、楽しんでるだろ」
神崎は黙る。
相良は言った。
「神崎、お前さ」
少し身を乗り出す。
「城戸と戦ってるつもりか?」
神崎は答えない。
相良は笑った。
「無理だよ」
神崎は静かに言った。
「なんで」
相良は言う。
「城戸はな」
指でテーブルを軽く叩く。
「この業界の“ルール”そのものだ」
その言葉は重かった。
神崎はそれでも動じない。
「じゃあ」
神崎は言う。
「ルール変える」
相良は少しだけ目を細めた。
「本気か?」
神崎は答える。
「本気」
相良は数秒、神崎を見つめた。
それから椅子にもたれた。
「いい顔になったな」
神崎は眉をひそめる。
相良は続ける。
「七年前は違った」
神崎は黙っている。
相良は言った。
「あの頃のお前は」
少し笑う。
「ただの俳優だった」
その言葉は否定ではなかった。
事実だった。
神崎は静かに言う。
「で」
相良を見る。
「七年前の話」
店内の空気が少し変わる。
相良はすぐには答えなかった。
グラスの水を一口飲む。
そして神崎を見た。
「知りたいか」
神崎は答える。
「もちろん」
相良は小さく息を吐いた。
「いいだろう」
そして静かに言った。
「俺は関わってる」
神崎の表情は変わらない。
相良は続けた。
「でもな」
少し間を置く。
「主役じゃない」
神崎の目がわずかに動く。
相良は言った。
「脚本は」
ゆっくり言う。
「城戸だ」
店の外では、昼の六本木が動いている。
車の音。
人の声。
そしてこの店の中で、七年前の物語が――
ついに動き始めていた。




