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パパラッチ・パパラッチ  作者: 礼嗣


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第3話「スクープの構造」

『パパラッチ・パパラッチ』登場人物一覧

神崎かんざき 修司しゅうじ


本作の主人公。

元人気俳優で、七年前のスキャンダルによって芸能界を引退。

現在は実業家として成功し、「パパラッチ・パパラッチ」という会社を立ち上げた。


芸能人を追い回す記者を逆に取材するという前代未聞のビジネスを開始し、メディア・芸能界・スポンサー・政治の裏側にある「物語を作る構造」に戦いを挑む。


相良さがら 宗一そういち

芸能界の大物プロデューサー。


テレビ・映画・音楽業界に強い影響力を持つ人物。

神崎のスキャンダルの裏側で暗躍していた可能性が高い。



音声が会場に流れた瞬間、空気の密度が変わった。


ほんの数秒前まで、このボールルームには、ホテル特有の穏やかな華やかさがあった。天井のシャンデリアは温かい光を落とし、壁際にはウェイターが静かに控え、記者たちは互いに軽口を叩きながら会見の開始を待っていた。だが、スクリーンに映し出された映像と音声が、その空気を一瞬で引き裂いた。


『お前のスキャンダルなんて、簡単に作れるんだよ』


音声は短かった。だが、その声の主を知らない人間は、この会場には一人もいなかった。


相良宗一。


芸能界最大のプロデューサー。テレビ局、映画会社、広告代理店、そして大手芸能事務所。そのどこにも顔が利く男。誰もが知っているが、誰も逆らわない。そんな種類の人間だった。


映像の中では、若い女優が涙をこらえるように俯き、相良が彼女を見下ろしている。会話のすべてが収録されているわけではない。だが、あの一言だけで十分だった。会場の誰もが理解した。この映像は、芸能界の裏側を暴くにはあまりにも危険すぎる代物だということを。


数秒の沈黙のあと、会場のあちこちから椅子が引かれる音が響いた。記者たちが立ち上がり、スマートフォンを取り出す。指が猛烈な速さで画面を叩き、誰もが同時に同じ行動を始めていた。記事を書く。速報を打つ。編集部に連絡する。取材対象を確認する。


それはまるで、猛禽類の群れが一斉に獲物へ飛びかかる瞬間のようだった。


神崎修司は、その光景をステージの上から静かに見下ろしていた。怒号が飛び交い、カメラのシャッター音が滝のように鳴り響く中で、彼だけが異様なほど落ち着いていた。いや、落ち着いているというより、この混乱をすでに何度も頭の中で再生してきた人間の顔をしていた。


七年前、自分が芸能界から消えることになったあの日。あの会見でも、同じ光景があった。記者たちは同じように立ち上がり、同じようにスマートフォンを叩き、同じようにスクープの匂いを嗅ぎつけた獣のような目をしていた。


違うのは、ただ一つだけだった。


あのとき、追い詰められていたのは自分だった。


今、追い詰められているのは――


彼らだ。


司会者が必死に声を張り上げている。「皆様、落ち着いてください。順番にご質問を――」だが、その声はほとんど誰の耳にも届いていなかった。会場はすでに記者会見ではなく、情報戦の戦場に変わっていた。


その混乱の中で、神崎はゆっくりとマイクに手を伸ばした。


「続けます」


それだけの一言だったが、不思議なことに会場の音が少しだけ静まった。怒号や電話の声が完全に消えたわけではない。それでも、神崎が何を言うのかを聞こうとする空気が、確かに生まれていた。


「皆さん、今見たものが何か、分かりますか」


神崎は穏やかな口調で言った。


「これが、スクープです」


記者たちの視線が一斉に彼へ向けられる。スクリーンの映像はそのままだ。相良宗一の顔が巨大な画面に映り続けている。


神崎はリモコンを押した。映像が消え、代わりに新しいスライドが表示される。


スクープの構造。


そこには四つの単語が並んでいた。


情報源

記者

編集部

世論


「スクープというものは、真実から生まれるわけではありません」


神崎の声は穏やかだったが、言葉の内容は記者たちにとってあまりにも直接的だった。


「スクープは、物語から生まれます」


記者の一人が腕を組み、冷たい視線で神崎を見ている。テレビ局のカメラマンはレンズを少しだけ引き、神崎の表情をアップで撮り始めた。神崎はそれを気にする様子もなく説明を続けた。


「まず、情報源です。芸能事務所、政治家、企業、広告代理店、警察。彼らはなぜ情報をリークするのか。正義のためではありません。誰かを利用するためです。ライバルを潰すため、世論を誘導するため、自分の立場を守るため。そのために、情報は記者へ渡されます」


スライドが切り替わる。


「次に記者。記者は、理想としては真実を追う職業です。でも現実は違う。スクープで評価され、スクープで出世し、スクープで名前が売れる。だから彼らは書く。売れる記事を書く。面白い記事を書く。読まれる記事を書く」


記者席の一部から小さなため息が漏れた。神崎はそれを見逃さなかったが、何も言わなかった。


「次に編集部。ここはとてもシンプルです。売れれば正しい。売れなければ無価値。それだけです」


そして最後のスライドが表示される。


「世論」


神崎は少しだけ笑った。


「皆さん、日本人が一番好きな物語って何か知っていますか」


誰も答えない。


「成功者が堕ちる話です」


会場の空気がわずかに揺れる。


「英雄が失敗する話です」


何人かの記者が目を伏せた。


「そして、人の不幸です」


その言葉が落ちた瞬間、会場の空気が目に見えて冷えた。


神崎はゆっくりと水を一口飲んだ。


「七年前、僕はその物語の主人公になりました」


スクリーンに当時の写真が映る。若い神崎。映画のポスター。CMのカット。人気俳優としての輝いていた時代の姿。そしてその次のスライドには、週刊誌の見出しが並ぶ。


清純派俳優の裏の顔

未成年スキャンダル

薬物疑惑


会場のざわめきが小さく広がる。


神崎は、まるで他人の話をしているかのように淡々と言った。


「この中で、事実だったものは一つもありません」


記者席から手が上がる。「証拠はありますか」


神崎は笑った。


「ありません」


会場がざわめく。


神崎は肩をすくめた。


「だって、皆さん証拠なく書いたでしょう」


その瞬間、会場の一部で思わず笑いが起きた。もちろん週刊誌の記者たちは笑っていない。


神崎はゆっくりと続けた。


「でも、僕は怒っていません。むしろ感謝しています。皆さんのおかげで、世界の仕組みを知ることができた」


彼の目がわずかに細くなる。


「この世界は、正義で動いているわけじゃない。需要で動いている」


会場は完全に静まり返っていた。


「だから僕は、供給側に回ることにしました」


スクリーンには、新しい文字が映し出される。


パパラッチ・パパラッチ

調査対象

週刊誌記者

テレビディレクター

情報ブローカー

芸能プロデューサー


そして最後の名前。


相良宗一。


その瞬間、すべての視線が一人の男へ向いた。


相良宗一は、静かに微笑んでいた。


まるで、この状況すら楽しんでいるかのように。


彼はゆっくりと立ち上がった。


「神崎くん」


その声には怒りも焦りもなかった。ただ、長年この世界の頂点に立ってきた人間特有の落ち着きがあった。


「いいプレゼンだった」


会場の空気が張り詰める。


「でもね」


相良は軽く肩をすくめた。


「この程度で世界は変わらない」


神崎は黙って相良を見ていた。


相良はゆっくりとステージの方へ歩き出した。警備員が一瞬動いたが、誰も彼を止めなかった。この男を止めることの意味を、会場の誰もが理解していたからだ。


相良はステージの下で立ち止まり、神崎を見上げた。


「君はまだ知らない」


その目がわずかに笑う。


「スクープがどう作られるかを」


神崎は一言も発しない。


相良は言った。


「今から見せてあげるよ」


その瞬間、会場の後方で記者が叫んだ。


「速報!!」


スマートフォンの画面が掲げられる。


そこにはニュース速報が表示されていた。


神崎修司

違法情報収集の疑い

警察が捜査開始


会場が一斉にざわめいた。


相良宗一は、その様子を見ながら静かに笑っていた。


神崎修司は、その笑顔を見つめながら、ようやく理解した。


この戦いは、単なる復讐ではない。


これは――


戦争だ。

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