第26話「七年前の影」
『パパラッチ・パパラッチ』登場人物一覧
■神崎 修司
本作の主人公。
元人気俳優で、七年前のスキャンダルによって芸能界を引退。
現在は実業家として成功し、「パパラッチ・パパラッチ」という会社を立ち上げた。
芸能人を追い回す記者を逆に取材するという前代未聞のビジネスを開始し、
メディア・芸能界・スポンサー・政治の裏側にある「物語を作る構造」に戦いを挑む。
■真壁 葵
パパラッチ・パパラッチの調査責任者。
元新聞記者。
報道の裏側を知る人物で、神崎の最も信頼する右腕。
理性的で冷静だが、神崎の手法の危うさを常に理解しており、物語の中で「倫理の視点」を持つ存在。
神崎の行動に疑問を持ちながらも、彼の覚悟を理解し、共に戦う。
■佐伯 圭一
神崎の元マネージャー。
神崎が新人だった頃から担当していた人物。
しかし七年前、相良宗一から金を受け取り、神崎のスキャンダル情報を週刊誌に流したことが発覚。
神崎の人生を壊すきっかけを作った「裏切り者」。
■黒川 真也
週刊誌記者。
七年前、神崎のスキャンダル記事を書いた人物。
仕事として記事を書いただけだと語る、典型的なゴシップ記者。
神崎にとっては「直接の加害者」ではあるが、同時にメディア構造の中で動く一人の歯車でもある。
■相良 宗一
芸能界の大物プロデューサー。
テレビ・映画・音楽業界に強い影響力を持つ人物。
神崎のスキャンダルの裏側で暗躍していた可能性が高い。
■城戸 正宗
広告業界の伝説的存在。
日本最大の広告代理店の元会長で、現在は政府のメディア戦略顧問。
テレビ・広告・政治を横断する巨大な影響力を持つ。
■有里
神崎の元恋人。
七年前のスキャンダル当時、神崎の最も近くにいた人物。
現在、週刊誌で「元恋人の独占告白」として登場し、
神崎にとって最も痛い形の攻撃材料として利用される。
彼女が本当に神崎を裏切ったのか、それとも誰かに利用されているのかは、まだ明確ではない。
神崎が「次は相良の番だ」と言った瞬間、会見室の空気は明らかに変わった。
それまでの議論は、どこか抽象的だった。メディア構造、世論、スポンサー、物語。大きなテーマの話が中心だった。
しかし今、具体的な名前が出た。
相良宗一。
その名前は、この業界では知らない者がいない。
映画プロデューサー。テレビ番組の企画者。芸能事務所との太いパイプ。数えきれないヒット作を生み出してきた人物であり、同時に、表に出ない影の交渉人としても知られている男だった。
記者席がざわつく。
数人の記者がスマートフォンを取り出し、編集部へ連絡を入れている。
「相良宗一の名前が出た」
「神崎が名指しした」
ニュースはもう走り始めている。
神崎はその様子を冷静に見ていた。
そして城戸を見る。
城戸正宗は、相変わらず落ち着いていた。腕を組んだまま、ほんの少し興味深そうな目で神崎を見ている。
城戸が口を開いた。
「神崎さん」
神崎が視線を向ける。
城戸は穏やかに言った。
「あなたは、かなり大胆なことをしています」
神崎は答える。
「そう?」
城戸は頷いた。
「ええ」
少し間を置く。
「相良宗一は、この業界で三十年生き残っている人物です」
その言葉には、単なる説明以上の意味が含まれていた。
三十年。
この業界でそれだけ長く生き残るということは、才能だけでは不可能だ。人脈、政治、金、情報。すべてを使いこなさなければならない。
神崎は言った。
「知ってる」
城戸は続けた。
「つまり、敵に回す相手としては最悪の部類です」
神崎は少し笑った。
「もう敵に回ってる」
その言葉を聞いて、城戸は小さく笑った。
会見室の空気は、また少しだけ緊張を帯びている。
そのとき、一人の若い記者が手を挙げた。
「神崎さん」
神崎が頷く。
「あなたは相良宗一が七年前のスキャンダルに関与していると考えているんですか?」
神崎は少しだけ考えた。
「関与」
その言葉を繰り返す。
「そこまではまだ言わない」
記者が眉をひそめる。
神崎は続けた。
「でも」
そして静かに言った。
「相良は知ってる」
会見室が静まり返る。
神崎はマイクの前で言った。
「七年前、俺のスキャンダルが出る三日前」
記者たちが一斉にメモを取る。
「相良宗一は、あるテレビ局の制作会議に出ていた」
城戸の目が、ほんのわずかだけ動いた。
神崎は続ける。
「その会議のテーマは」
少し間を置く。
「次の主演俳優をどうするか」
記者の一人が思わず聞く。
「主演俳優?」
神崎は頷いた。
「俺の次」
その言葉が落ちた瞬間、何人かの記者が顔を上げた。
神崎は続ける。
「その会議の録音がある」
会見室の空気が、完全に変わった。
城戸は腕を組んだまま、その言葉を聞いていた。
だが、ほんのわずかだけ視線が鋭くなった。
神崎は言った。
「会議ではこう言われていた」
神崎の声は落ち着いている。
「“神崎が消えたら、この俳優でいこう”」
記者席がざわめく。
神崎は続けた。
「そして三日後」
静かに言う。
「俺のスキャンダルが出た」
その言葉は、決定的な断定ではない。
だが、疑問を生むには十分だった。
城戸はそこで、ゆっくりと口を開いた。
「面白い」
神崎が見る。
城戸は言った。
「しかし神崎さん」
少し笑う。
「それは証拠ではありません」
神崎は答える。
「まだな」
城戸の目が、わずかに細くなる。
神崎は続けた。
「でも」
そしてゆっくり言った。
「物語は、つながってきた」
会見室の空気が張り詰める。
城戸は数秒だけ神崎を見つめていた。
そして、ゆっくりと頷いた。
「なるほど」
その声は穏やかだった。
「では」
少し笑う。
「次の舞台は、相良宗一ですか」
神崎は答えた。
「そうなる」
城戸は椅子にもたれながら言った。
「それは確かに」
そして静かに続けた。
「観客が喜びそうな展開ですね」
神崎はその言葉を聞きながら思った。
この男は、本当に物語としてしか世界を見ていない。
だが、それでいい。
神崎はゆっくりと会見室を見渡した。
カメラ。
記者。
フラッシュ。
そして――
観客。
神崎は静かに思った。
次の舞台は、相良宗一。
七年前の物語の、もう一人の登場人物。
そしておそらく――
この物語の扉を開けた男だった。




