第2話「狩る側の顔」
『パパラッチ・パパラッチ』登場人物一覧
■神崎 修司
本作の主人公。
元人気俳優で、七年前のスキャンダルによって芸能界を引退。
現在は実業家として成功し、「パパラッチ・パパラッチ」という会社を立ち上げた。
芸能人を追い回す記者を逆に取材するという前代未聞のビジネスを開始し、メディア・芸能界・スポンサー・政治の裏側にある「物語を作る構造」に戦いを挑む。
会場の空気は、数秒だけ完全に止まった。
人が二百人もいるのに、
物音が一つもしない。
神崎修司は、その静寂をよく知っていた。
七年前、芸能界を去る会見でも、
同じ空気が流れたからだ。
違うのは、立場だった。
あのとき神崎は、
“狩られる側”だった。
今は違う。
スクリーンに映る写真。
週刊誌「ウィークリー・アクト」記者
黒川真也。
政治家から金を受け取る瞬間。
会場の記者たちの視線が、一斉に後方へ向く。
そこに、いた。
黒川真也。
三十五歳。
スクープを連発する敏腕記者。
芸能人のスキャンダルを何十本もすっぱ抜いてきた男。
彼の顔が真っ青になっていた。
「……これは、捏造だ」
黒川が立ち上がる。
声が震えている。
「こんなもの、どうやって入手した!」
神崎は落ち着いた声で答えた。
「取材です」
「ふざけるな!!」
黒川の声が会場に響く。
「プライバシーの侵害だ!」
その瞬間。
会場のあちこちから、小さな笑いが漏れた。
神崎は少し首を傾げる。
「それ、僕も七年前に言いました」
黒川の顔が歪む。
「でも」
神崎は続ける。
「あなたたちは、こう言いましたよね」
世の中が求めている。
「だから書く」
事実を書いているだけ。
「どう感じるかは世間が決める」
神崎は肩をすくめた。
「僕、あの理屈すごく好きなんです」
会場がざわつく。
神崎はマイクを握り直した。
「パパラッチ・パパラッチは」
「三つの事業で構成されています」
スクリーンが切り替わる。
① 記者調査
② 報道分析
③ スクープ公開
「私たちはまず」
「記者の取材方法を調査します」
「どんな情報ルートを使っているのか」
「誰から金を受け取っているのか」
「誰と癒着しているのか」
神崎は淡々と説明する。
「そのデータをAIで解析し」
「報道の裏側を可視化する」
スクリーンにグラフが表示される。
週刊誌と芸能事務所。
政治家。
広告代理店。
すべてが線で繋がっている。
会場がざわめく。
「そして最後に」
神崎は言った。
「スクープとして公開します」
記者の一人が手を挙げた。
「それは復讐ですか?」
神崎は少し考える。
「違います」
「市場です」
「報道という市場に」
「新しい商品を投入するだけです」
会場の空気が重くなる。
神崎は続ける。
「僕はビジネスマンです」
「感情では動きません」
「ただ」
少しだけ声が低くなる。
「公平には、こだわります」
沈黙。
そのとき。
一人の男が、ゆっくり立ち上がった。
「面白いことやるじゃないか」
低い声。
会場がざわつく。
その男は、記者ではなかった。
グレーのスーツ。
六十歳前後。
落ち着いた笑み。
神崎の目が一瞬だけ細くなる。
相良宗一。
芸能界最大のプロデューサー。
映画。
テレビ。
音楽。
芸能界の半分は、この男の影響下にあると言われている。
そして。
七年前。
神崎のスキャンダルの裏で。
名前こそ出なかったが。
“糸を引いていた”と噂された人物。
相良はゆっくり拍手した。
「いいねえ」
パチ。
パチ。
パチ。
「神崎くん」
「ずいぶん立派になった」
会場の視線が集まる。
相良は微笑んだまま言った。
「でもね」
その声は、優しい。
けれど、どこか冷たい。
「この世界を甘く見ない方がいい」
神崎は黙って見ている。
相良は続けた。
「報道はね」
「正義じゃない」
「ビジネスだ」
会場が静まり返る。
「だから」
相良は肩をすくめる。
「君の会社も、潰されるよ」
ざわ、と会場が揺れた。
神崎はしばらく黙っていた。
それから、ゆっくり言った。
「ええ」
「知ってます」
相良の眉が少し動く。
神崎は微笑んだ。
「だから」
「先に潰すことにしました」
スクリーンが、再び切り替わる。
そこに映ったのは。
一枚の写真。
若い女優。
泣いている。
その隣に立つ男。
相良宗一。
そして、音声が流れる。
『お前のスキャンダルなんて、簡単に作れるんだよ』
会場が爆発した。
記者たちが一斉に立ち上がる。
カメラのフラッシュ。
怒号。
悲鳴。
その混乱の中で。
神崎修司は静かに立っていた。
七年前。
彼は。
この男に。
人生を潰された。
だから。
今日。
人生を取り返す。
そして。
狩りが始まった。
報道史上、初めて。
“記者が逃げる日”が。




