第17話「カサブランカの夜」
『パパラッチ・パパラッチ』登場人物一覧
■神崎 修司
本作の主人公。
元人気俳優で、七年前のスキャンダルによって芸能界を引退。
現在は実業家として成功し、「パパラッチ・パパラッチ」という会社を立ち上げた。
芸能人を追い回す記者を逆に取材するという前代未聞のビジネスを開始し、
メディア・芸能界・スポンサー・政治の裏側にある「物語を作る構造」に戦いを挑む。
■真壁 葵
パパラッチ・パパラッチの調査責任者。
元新聞記者。
報道の裏側を知る人物で、神崎の最も信頼する右腕。
理性的で冷静だが、神崎の手法の危うさを常に理解しており、物語の中で「倫理の視点」を持つ存在。
神崎の行動に疑問を持ちながらも、彼の覚悟を理解し、共に戦う。
■佐伯 圭一
神崎の元マネージャー。
神崎が新人だった頃から担当していた人物。
しかし七年前、相良宗一から金を受け取り、神崎のスキャンダル情報を週刊誌に流したことが発覚。
神崎の人生を壊すきっかけを作った「裏切り者」。
■黒川 真也
週刊誌記者。
七年前、神崎のスキャンダル記事を書いた人物。
仕事として記事を書いただけだと語る、典型的なゴシップ記者。
神崎にとっては「直接の加害者」ではあるが、同時にメディア構造の中で動く一人の歯車でもある。
■相良 宗一
芸能界の大物プロデューサー。
テレビ・映画・音楽業界に強い影響力を持つ人物。
神崎のスキャンダルの裏側で暗躍していた可能性が高い。
■城戸 正宗
広告業界の伝説的存在。
日本最大の広告代理店の元会長で、現在は政府のメディア戦略顧問。
テレビ・広告・政治を横断する巨大な影響力を持つ。
■有里
神崎の元恋人。
七年前のスキャンダル当時、神崎の最も近くにいた人物。
現在、週刊誌で「元恋人の独占告白」として登場し、
神崎にとって最も痛い形の攻撃材料として利用される。
彼女が本当に神崎を裏切ったのか、それとも誰かに利用されているのかは、まだ明確ではない。
夜の六本木は、昼とは別の街のように見える。
昼間はビジネスマンや観光客で溢れている通りも、夜になると光の種類が変わる。ネオン、看板、店の間接照明。人の顔もどこか違う表情をしている。昼よりも少し本音に近い顔。
バー「カサブランカ」は、その通りの奥にある。
古い木の扉。小さな看板。派手さはないが、知っている人間だけが入る店だった。
神崎修司は店の前で少しだけ立ち止まった。
七年前のことを思い出していたわけではない。むしろ逆だった。思い出さないようにしていた記憶が、場所の空気によって自然に浮かび上がってくる。
ドアを開ける。
店内はいつもの通り薄暗かった。
カウンターの照明だけが柔らかく光っている。ジャズが小さく流れている。グラスがぶつかる音が、静かな空間の中でやけに鮮明に聞こえる。
そして。
カウンターの一番奥に、彼女はいた。
有里。
神崎が最後に会ったときより、少し髪が短くなっていた。顔立ちは変わっていない。ただ、目の奥にあるものが変わっている。七年前はもっと柔らかい表情だった。
神崎はカウンターに歩いた。
有里はゆっくり顔を上げた。
「久しぶり」
声は、思っていたより普通だった。
神崎も言った。
「久しぶり」
バーテンダーが静かにグラスを出す。
神崎は何も言わない。いつもの客の注文は覚えているらしい。氷の入ったグラスにウイスキーが注がれる。
有里が先に口を開いた。
「記事」
神崎はグラスを見た。
「読んだ」
有里は小さく頷いた。
「怒ってる?」
神崎は少し考えた。
それから答えた。
「分からない」
有里は苦笑した。
「相変わらず」
神崎が少し笑う。
「そっちも」
数秒、沈黙が流れる。
ジャズの音だけが小さく聞こえる。
有里が言った。
「ごめん」
神崎は顔を上げた。
有里は続ける。
「記事」
少し言葉を探す。
「全部、本当じゃない」
神崎は驚かなかった。
むしろ、どこか納得したような顔だった。
「誰?」
有里はすぐには答えなかった。
グラスを見つめている。
氷が溶けて、静かに音を立てる。
「最初」
有里が言った。
「テレビ局」
神崎の目が細くなる。
有里は続ける。
「取材って言われた」
神崎は聞く。
「どこ」
有里は答える。
「制作会社」
少し間を置く。
「城戸の会社」
神崎の手が止まる。
有里は続けた。
「最初は普通の取材だった」
「七年前の話」
「あなたのこと」
神崎は黙っている。
有里は言った。
「でも」
少し笑う。
「途中から」
グラスを回す。
「質問が変わった」
神崎は聞いた。
「どう」
有里は言った。
「あなたの弱い話」
神崎の目が少し細くなる。
有里は続ける。
「精神的に不安定だったとか」
「怒りっぽかったとか」
「酒を飲みすぎてたとか」
神崎は静かに言った。
「全部本当だ」
有里は首を振った。
「違う」
神崎が見る。
有里は言った。
「文脈」
神崎は理解した。
同じ事実でも。
並べ方で意味が変わる。
それが。
物語だ。
有里は言った。
「途中で気づいた」
神崎が聞く。
「何」
有里は静かに言った。
「脚本」
神崎は笑った。
小さく。
苦い笑いだった。
「城戸」
有里は頷いた。
「たぶん」
神崎はグラスを飲み干した。
「なるほど」
有里が言った。
「神崎」
七年ぶりに、名前を呼んだ。
神崎は少しだけ目を閉じた。
有里は言った。
「あなた」
少し間を置く。
「今」
「何と戦ってるの」
神崎はすぐには答えなかった。
バーの照明が、少しだけ揺れる。
神崎は窓の外を見た。
六本木の夜。
ネオン。
人。
車。
ニュース。
全部が、動いている。
神崎は静かに言った。
「物語」
有里は少し首を傾げた。
神崎は続けた。
「誰が書くか」
グラスを指で回す。
「それ」
「変えたい」
有里は黙っていた。
そのときだった。
神崎のスマートフォンが震えた。
真壁からだった。
神崎は画面を見る。
メッセージは短い。
「社長」
「大変です」
神崎は返信する。
「何」
数秒後。
返信が来る。
神崎の目が。
ほんの一瞬だけ。
止まった。
そこに書かれていたのは。
「城戸」
「会見します」
有里が聞いた。
「何?」
神崎はスマートフォンをポケットに入れた。
そして言った。
「脚本家」
少し笑う。
「舞台に出てきた」




