第12話「脚本家」
オフィスの空気が変わったのは、ほんの数分のことだった。
社員が持ってきた資料は、A4のコピー用紙にして十数枚。だがその紙の重さは、物理的な重さとはまったく別のものだった。会議室のテーブルに置かれた瞬間、そこにいた全員が同じことを理解した。
これは、ただのリークではない。
爆弾だ。
神崎修司は資料をめくっていた。
総務省。
テレビ局幹部。
広告代理店。
三つの組織の名前が、同じ議事録の中に並んでいる。
日付は三週間前。
場所は都内のホテル。
議題。
「報道トーンの統一」
神崎は小さく息を吐いた。
真壁葵が横から資料を覗く。
「これ」
真壁が言った。
「本物?」
神崎は答えなかった。
ページをめくる。
そこには、テレビ局の名前が並んでいた。
キー局。
全部だ。
そして、その下に一行。
「神崎修司案件」
真壁が息を止めた。
神崎は読み続ける。
そこに書かれていたのは、シンプルな文章だった。
「報道は“問題提起型”を基本とする」
「肯定・否定の両論を提示」
「過激な支持は抑制」
「危険性を強調」
真壁が言った。
「これ」
「昨日のテレビと同じ」
神崎は頷いた。
「そうだな」
真壁は資料を見ながら言う。
「つまり」
神崎が続けた。
「脚本」
会議室の空気が少しだけ重くなる。
神崎は椅子にもたれた。
「ニュースってさ」
真壁が見る。
神崎は言った。
「自由に見えるだろ」
真壁は黙る。
神崎は続けた。
「でも実際は」
資料を軽く叩く。
「こうやって方向が決まる」
真壁は言った。
「全部?」
神崎は首を振った。
「全部じゃない」
少し笑う。
「でも」
窓の外を見る。
「大きい話は」
真壁は小さく頷いた。
それは記者だった頃の感覚と一致していた。
ニュースには、流れがある。
そして、その流れは。
誰かが作る。
神崎は最後のページをめくった。
そこに名前が書いてあった。
議長。
たった一行。
「城戸正宗」
会議室の空気が止まった。
真壁が小さく言った。
「城戸……」
神崎は言った。
「知ってる?」
真壁は苦笑した。
「知らない日本人の方が少ない」
神崎はスマートフォンを取り出す。
画面には顔写真が出る。
城戸正宗。
七十歳。
日本最大の広告代理店の元会長。
そして現在。
内閣メディア戦略顧問。
真壁は言った。
「この人」
「日本の広告の半分を作った人」
神崎は言った。
「つまり」
「物語の脚本家」
会議室が静まり返る。
社員の一人が言った。
「社長」
神崎が見る。
社員は言った。
「これ」
「出しますか?」
神崎は答えなかった。
しばらく黙っていた。
真壁は神崎の顔を見ていた。
その表情を、彼女は少し知っている。
神崎が一番危険な判断をするときの顔だ。
神崎は言った。
「出さない」
社員が驚く。
「え?」
神崎は資料を閉じた。
「これは」
少し笑う。
「まだ早い」
真壁は聞いた。
「なぜ」
神崎は言った。
「敵が大きすぎる」
社員の一人が言った。
「でも社長」
「これ出したら」
神崎は答えた。
「会社終わる」
会議室が静かになる。
神崎は続けた。
「テレビ」
「広告」
「政治」
指を三つ立てる。
「全部敵」
真壁は聞いた。
「じゃあ」
「何するんですか」
神崎は言った。
「使う」
真壁の目が細くなる。
神崎は続けた。
「情報ってさ」
資料を軽く叩く。
「出すタイミングが命」
真壁は黙る。
神崎は言った。
「これは」
「核兵器」
社員たちが顔を見合わせる。
神崎は笑った。
「撃つのは」
「最後」
真壁は聞いた。
「それまで?」
神崎は言った。
「削る」
真壁が聞く。
「何を」
神崎は窓の外を見た。
東京の夜景。
テレビ局も。
新聞社も。
全部この街にある。
神崎は言った。
「脚本家の舞台」
真壁は小さく息を吐いた。
「つまり」
神崎は笑った。
「スポンサー」
真壁の目が少し見開かれる。
神崎は言った。
「テレビは何で動く?」
真壁は答えた。
「金」
神崎は頷く。
「広告」
社員の一人が言った。
「でも」
「スポンサーは」
神崎は言った。
「企業」
そして。
少し笑った。
「企業は」
「イメージで動く」
真壁は理解した。
「つまり」
神崎は言った。
「炎上」
会議室が静まり返る。
神崎は資料をポケットに入れた。
「脚本家を倒す方法は」
ドアへ向かう。
「脚本を壊すことじゃない」
真壁が聞く。
「じゃあ?」
神崎は振り返った。
その顔は。
ダークヒーローの顔だった。
神崎は言った。
「観客を奪う」
そして。
この夜。
パパラッチ・パパラッチは。
初めて。
日本最大の広告代理店を。
調査対象にした。




