献身の内側「ロキとシギュン」より~ヴィンゲ【北欧神話】
Loki and Sigyn ロキとシギュン 1863年
Mårten Eskil Winge マールテン・エスキル・ヴィンゲ
(著作権フリーの画像を掲載しています)
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私は ただ見届けたいだけ
毒蛇は 貴方に与えられた罰
私の産んだ子供は 貴方を縛り付けるために
引き裂かれて 鎖に変えられた
貴方の傲慢さ
才能や力
そして苦悩も
この世で一番 私が分かっている
貴方のしでかした罪を
ひっくり返すため戦うつもりはないわ
神々に懇願して
赦しを請う気にもならない
私は ただ傍にいて
注がれる毒を受け止め
苦しむ姿を見守り続ける
声もかけずに
子供なんて
本当は枷になんてならないくせに
毒だけが武器の敵など
鼻で笑って握りつぶしてきたくせに
ねえ
ここで終わるような男なのですか?
新しい世界を創り出せるのは
貴方――
私の外側をめくってみたら
固い決心が現れるでしょう
私は
自分が愛した男の行く末が
どうなるかを見届けたいのです
たとえそれが
神々の終焉であろうとも
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北欧神話 ロキとシギュン
北欧神話は、北ヨーロッパ(スカンジナビア地方)に伝わる神話体系。
ギリシャ神話や日本神話のように、厳密な「教典」はありません。
詩や物語の形で伝えられてきました。
世界樹が、神々の国・人間界・巨人の国など九つの世界をつないでいる。
(ChatGPTで生成したAIイラスト)ユグドラシル
ファンタジーの原点みたいな世界観! 好き。なんてユニーク。
さらに面白いのは、世界の始まりだけではなく、終末(滅び)まで描いていること。
「滅び」とは、神々の黄昏──ラグナロク──。
その切っ掛けとなったのが、ロキだったのです。
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バルドルという愛されキャラの神がいました。
最高神オーディンの息子。光を象徴する神。陽キャ100%。
そんなバルドルが、悪夢をみるようになりました。
「自分の死を予見させるような夢なんだ……」
母親のフリッグは、愛する息子を心配します。
そして、最高位の女神である自分の力を、遺憾なく振るいます。
世界中のあらゆるものに 「バルドルを傷つけない誓い」 をさせたのです。
お母さん、職権乱用が過ぎる。
ただし、ヤドリギにだけ誓わせなかった。
「だって、ヤドリギは、まだ若すぎるんですもの」
お母さん、詰めが甘い。
そして、ロキはその話を聞いてしまいます。
偉大な母親のお陰で、バルドルはどんなものにも傷つかなくなりました。
それを祝って、神々はバルドルに様々なものを投げつけて盛り上がります。
「おお~、すごい! ぜんぜん大丈夫じゃん!」
ところが、そこにロキが登場。
ホズという盲目の神様を唆します。
「ほら、お前も投げてみろよ」
渡したのは、ヤドリギの枝。
The Death of Balder(Baldr’s Death) 1817年
Christoffer Wilhelm Eckersberg
クリストファー・ヴィルヘルム・エッカースベル
(著作権フリーの画像を掲載しています)
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命中。バルドル即死。
母親はもちろん、神々は深く悲しみました。
なんとかバルドルを復活させたい。
そして、冥界の女王ヘルに働きかけます。
「世界の全てのものがバルドルのために泣くのなら、彼を蘇らせてもよい」
再び、お母さん奔走。
すべてのものに「お願い、泣いて!」と頼んでまわります。
そして、みんな泣いた。生物も、無生物も。
ところが、ただ一人泣かない者がいた。
それが、巨人の女セック。
実は、ロキの化けた姿だったのです。
結局、バルドルは冥界から戻ってこられませんでした。
さすがにことがバレて、ロキは逃げ出します。
しかし捕らえられ、ブチ切れた神々によって凄まじい拷問を受けるのです。
まず、ヴァーリとナリが連れて来られました。
この二人は、ロキの息子。
神々は、まずヴァーリを狼に変え、ナリの体を引き裂かせました。
その腸で、ロキを岩に縛りつけます。
みるみるうちに、柔らかな腸は鉄の鎖と化しました。
いきなりスプラッタ。相当怒ってるね、神様たち……。
さらに、ロキを恨む女神が登場。
名はスカディ。過去に、ロキのせいで父親を殺されていたのです。
スカディは、毒蛇をロキの上に吊るし、毒が落ちるようにしました。
長い間、苦しむように……。
拷問のセッティングは完了。
神々が去った後、ロキの傍らに残る者が一人だけおりました。
それがロキの妻、シギュン。
器を持ち、ポタポタ落ちる毒を受け続けます。
やがて満杯になってしまう。
それを捨てに行く間は、毒がロキの顔に落ちてしまう。
身を捩って、激しく苦しむロキ。
その震えが地震なのですよ、と北欧神話はオチを付けています。
Loke og Sigyn ロキとシギュン 1810年ごろ
Christoffer Wilhelm Eckersberg クリストファー・ヴィルヘルム・エッカースベル
(著作権フリーの画像を掲載しています)
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そして、来るラグナロク(神々の黄昏)。
混乱によって、ロキを縛っていた鎖が解けます。
自由になったロキは、神々の敵として、死者を乗せた船ナグルファルで挑んでいくのでした──。
で、よく分からない点が二つ。
一つ目は、なぜそもそもロキは陽キャ総本山のバルドルを殺そうと思ったのか。
嫉妬?
そんな原色の感情だけで動くような、単純なキャラクターじゃなさそうだよね。
頭が良いぶん、ひねくれ者。器用で重宝されるわりには、好かれない。
ロキは、実のところ巨人族の出身。神の仲間に迎えられても、基本的に余所者。
そのコンプレックスも強かった。
だから、正統派王子様のバルドルを面白く思っていなかっただろうけど。
「まあ、至れり尽くせりの坊ちゃんは、ちょっと痛い目みればいいんじゃないの」
そのくらいの気持ちで唆したことが、クリティカルヒット。
それからは、どんどん道が外れていっちゃったのかもしれない。
さらに。
バルドルの母親フリッグが、ロキという存在を解き明かす肝なのかも。
彼女は最高神オーディンの妻。
あらゆるものに、息子を傷つけない誓約をさせる。泣けと頼む。
愛する息子を守るためとはいえ、やっていることは力の強い者の圧力に他ならない。
皆が従う。そんな中で、
「いや、それ違うんじゃね?」
と他者とは違う行動をし、当たり前と思われている世界を壊す者。
その者こそが、新しい世界を生み出すことのできる存在なのだ──。
というようなことを神話は訴えているのかもなあ。
「オーディンとフェンリル、フレイとスルト」
― ラグナロクの一場面―
最終決戦において、オーディンはフェンリルと、フレイはスルトと戦う。
1905 年ごろ出版 ドープラー、エミール
(著作権フリーの画像を掲載しています)
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もう一つ分からないのが、妻シギュンの思い。
どうして彼女はロキを見捨てないんだろう。
夫を献身的に支え続ける、あっぱれな妻。
これまで捧げられてきた賛辞からは、どうも後付けの価値観がプンプン臭って来る。
だいたい、ちゃんと自分の頭で考えたら、ロキを助けるのは罪だって分かるよね。
それとも、夫の方が正しいと妄信しているの?
でも、そのわりにシギュンは神々に彼の潔白を訴えたりはしない。
ロキのために戦ったりもしない。
ただ傍にいて、毒を杯に受け続けるだけ。
おかしな点は、まだある。
彼女は、自分の息子を殺されたのだ。しかも、残虐な方法で。こいつのせいで。
恨まないのかな。
原典には、シギュンの思いに関する記述は無し。
ただ、「シギュンだけはロキの傍に残った」とだけ。
だから想像するしかない。
まず、ものすご~くシギュンがロキを愛していた。
だから、自分の子供を殺されようが、彼を救おうとした、とする場合。
いやいや。そんな「女」要素が高かったら、苦しんでいる自分の男を見続けられるかな。
彼の苦しみは、自分の痛み。
それならばいっそ一思いに、と。杯に溜めた毒をぶっかけてロキを殺すと思う。
じゃあ、もし「母」要素が高かったら、どうだろう。
この場合は、確実にロキを恨む。
過去に愛していたとしても、子どもを殺された憎しみが凌駕する。
そうしたら……。
苦しみ続ける夫を傍らで見続けることは、この上ない復讐になる。
だから、シギュンは杯で毒を受け続ける。
溜まった毒を捨てるとき、わざとゆっくり歩いて。
「早くしろっ……」
とか喚くロキに背を向けて、ふふっと暗く笑ったりして。
おお、なんかホラーっぽいですね。
でも。
シギュンは自分で考えて、自分の意思でロキの傍にいたとしたら。
一人の女として、彼を愛した。
才能溢れる、魅力的な男を。
だから、何があろうとも、私は最後まで付き合おう。
私自身が、彼を選択したのだから……。
よし、これがいいな。そんな解釈で詩を書きました。
ホラー復讐バージョンにしても、おもしろかったかも。




