プライドの中身「ブリュンヒルデの眠り」より~アーサー・ラッカム【北欧神話】
The Sleep of Brunnhilde 1910
Arthur Rackham
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目覚める時には
傍らに ふさわしい男がいて
見開いた私の瞳を
たちまち愛することでしょう
女として生きていくなら
男はスペック重視で選ぶ
誰よりも強く
竜にすら立ち向かう勇気を備え
神々に比肩するほど賢い
高潔な魂の持ち主
炎よ 燃え盛れ
私を取り囲み
熱く 高く そびえる壁となれ
くだらぬ男どもが近づけぬように
突破してきた英雄ならば
私も愛することでしょう
この炎は 私の盾
戦う自分を守る防具
だって勝たなくちゃ 全てのものに
常に100点を自分に課してきて
完璧な自分が 鏡に映っている
きっと幸せになれるわ……
がらんどうの自分の中で
繰り返し その祈りだけが
うつろに響いている
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北欧神話 ブリュンヒルデ
戦乙女──ヴァルキュリャ──
ワルキューレと同じ。
最高神オーディンに仕え、選ばれし戦士をヴァルハラへと導く。
要は、戦場で誰を生かすか・殺すか。
オーディンの命令に従い、その運命を執行する役目を担った者です。
ブリュンヒルデは、ブドリ王の娘。
人間でありながら優れた資質を持っており、戦乙女として働いていました。超ハイスペックな王女さま。
ところが、ある日、ブリュンヒルデはオーディンの命令に背いてしまいます。
「年老いた王を勝たせよ。若い王は殺せ」
「……いいえ、若い王こそ未来がある。正義も彼にある」
そう判断し、ブリュンヒルデは上司命令を無視。
怒ったオーディンは、罰を与えます。
「お前から、戦乙女の力を奪う。
これからは人間の女として生きよ」
燃え盛る炎が、壁のようにブリュンヒルデを囲みました。
「この火を越え、結婚を申し込む者を、汝の夫とせよ」
そして、彼女に眠りの呪いをかけたのです。
Ferdinand Leeke – “Wotan Bidding Farewell to Brünnhilde”
『ヴォータン、ブリュンヒルデに別れを告げる』
作者:フェルディナンド・レーケ
制作年:1908年(シリーズの一部として制作)ワーグナー《ニーベルングの指環》の挿絵シリーズの一つ
★ ★ ★ ★
シグルズは、竜ファヴニールを倒した英雄。
竜の守る財宝もゲット。その中に、呪われた指輪もありました。
アンドヴァラナウト──小人アンドヴァリの贈り物──
「この指輪を持つ者に、死と不幸が訪れる」
そんなことを知らないシグルズは、意気揚々と帰路についていました。
「シグルズよ、お前にふさわしい花嫁がいる。
火に囲まれた館に眠る乙女、その名はブリュンヒルデ」
林の鳥が御注進しました。
竜の血を舐めていたシグルズは、鳥の言葉が分かるようになっていたのです。
なんだ、このディズニー展開。
彼の乗っている馬は、オーディンの愛馬スレイプニルの子、グラニ。
炎も恐れずに、楽勝で突破します。
シグルズがブリュンヒルデの鎧を斬り裂くと、麗しい乙女は目を覚ましました。
「私の名は、シグルズ」
「私はブリュンヒルデ」
一目で恋に落ちる二人。
そして愛の誓いを交わします。
ただ、この時代、「結婚」は別物。
家同士の問題であり、神聖な儀式を伴う公的なもの。
愛し合ったら結婚でしょ、という現代とは事情が異なる。
眠りの呪いから助けてくれた英雄は、去った。
目覚めたブリュンヒルデは、燃え盛る炎越しに館の外を眺めて独り言ちる。
「彼ではなかったのかしら。
それとも、彼が再び私に求婚しに現れるのかしら……」
Sigurd and Brunhild - Illustration by Harry George Theaker for Children's Stories from the Northern Legends by M. Dorothy Belgrave and Hilda Hart, 1920
シグルドとブリュンヒルド (ハリー・G・シーカー)
『子どものための北方神話物語集』(エム・ドロシー・ベルグレイブ ヒルダ・ハート共著)の挿絵
★ ★ ★ ★
一方、シグルズはブルグンド王に招かれ、客分として丁重にもてなされていました。
名だたる英雄、しかも竜の財宝付き。
「ぜひ娘の婿に!」
王妃グリームヒルドは熱望しますが、どうやら心に決めた女がいるらしい。
そこで、シグルズに一服盛った。
忘却の酒。そんなマジックアイテム持ってる母親、こわい。
ばっちり効いた。
シグルズは、ころりとブリュンヒルデを忘れ、王女グズルーンと結婚。
めでたし、めでたし。力技の勝利。
ところが、ここから事態がややこしく展開していく。
炎の館に住まうブリュンヒルデは、国々で噂になっていた。
絶世の美女だそうだ。
ブドリ王の娘。王家の血筋、貴い乙女だ。
なんと、オーディン神の戦乙女であったそうな。
これ以上ないほどの好物件。
かの乙女を、ぜひ嫁に。
そう願う男がチャレンジするも、炎の壁に遮られて果たせない。
「ブリュンヒルデと結婚したい」
グンナル王子が言い出した。シグルズにとって、義理の兄である。妻グズルーンの兄。
凡庸で、とてもじゃないが炎の壁を越えられるような玉ではない。
なによりも、普通の馬では炎を怖がって進めない。
シグルズは、義理の兄に自分の馬を貸すことを許した。
すっかりブリュンヒルデのことを忘れているから、抵抗ゼロ。
だが、神馬の血を引くグラニは気が高かった。主人である英雄シグルズしか乗せない。
断固たる乗馬拒否を受けて、母の王妃グリームヒルドが、また無茶ぶりをする。
「魔法でグンナルとシグルズを入れ替えればいいじゃないの」
作戦は、こう。
英雄シグルズが、魔法でグンナルの容姿に変わる。
そして、馬のグラニに乗る。中身がシグルズだから、問題なく乗れるのだ。
そうして、炎の壁を突破する。
中にいるブリュンヒルデには、こう言えばいい。
「私はブルグンド王ギューキの息子、王子グンナル。あなたに結婚を申し込みます」
ブリュンヒルデは困惑した。
この男は、あの時の英雄シグルズではないわ。
でも……炎の壁を越えて来た。
「この火を越え、結婚を申し込む者を、汝の夫とせよ」
オーディン神は、そう命じたのだ。
ならば、これが私の運命。
グンナル(中の人シグルズ)は、結婚指輪をブリュンヒルデに差し出した。
それこそ、アンドヴァラナウト──小人アンドヴァリの贈り物──。
そうして、騙されたブリュンヒルデはグンナル王子と結婚するのです。
事が済んだら、外見チェンジの魔法を解除。
シグルズは、妻グズルーン王女のもとへ戻り。
グンナル王子には、あの時は中身がシグルズだったとは知らないブリュンヒルデが嫁ぐ。
騙されたままであれば幸せに過ごせたかもしれない。
だけど、次第にブリュンヒルデは疑い始める。
本当に、この男なの?
見栄っ張りで小心者。コンプレックスの固まり。
高潔さの欠片も無い。
違和感を抱きながら暮らしていたところに、事件は起きた。
川で水浴びをしていたブリュンヒルデとグズルーン王女が、口論になったのである。
ブリュンヒルドとグズルーンの河での口論(アンデシュ・ソーン、1893年)
どうしようもないマウント合戦。どちらが、より女として優れているかの争い。
なによ、お高くとまっちゃって。
もともと、兄嫁のブリュンヒルデに反感を抱いていたグズルーン。
でも、勝てるスペックは「夫」しかない。他は大負け状態だ。
「私の夫シグルズの方が、グンナルより優れているわ」
ド直球で自慢する小姑に、ブリュンヒルデは鼻で笑って返した。
「あら、グンナルの方が優れていてよ。私の夫は、炎の壁を越えて私を娶ったのですから」
思わず、グズルーンは噴き出した。
「それって、シグルズのしたことよ」
そして、全てをぶちまけてしまったのである。
真相を知って、ブリュンヒルデは打ちのめされた。
あれはシグルズだったのか!
やはり、私と彼は結ばれる運命だったのだ!
それなのに、卑劣な輩たちが捻じ曲げた……。
自分の指で光っている指輪に目を移す。
アンドヴァラナウト──小人アンドヴァリの贈り物──
竜ファヴニールを倒したシグルズが得た物だと、グズルーンは言っていた。
これが何よりの証拠だ。
私は騙されたのだ……。
唇を噛みしめて黙り込むブリュンヒルデに、夫のグンナルは困惑した。
優し気に妻を抱き寄せようとする。
だが、にべもなく振り払われて、冷たい目で告げられた。
「私は、妻として迎える儀式の際に、あなたではない男に汚されました。……お分かりになるでしょう? シグルズを殺して下さい。でなければ、私の名誉は守られません」
嘘だった。
高潔なシグルズは、ベッドの真ん中に剣を置き、ブリュンヒルデに指一本触れなかったのだ。
だが、馬鹿な王子は、かっとなって即決した。
「よし、シグルズを殺そう」
自分の女に手を出された。
でも、そもそも結婚できたのはシグルズのお陰だ。
恩義のある相手を殺すのは、自分の恥になる。
だが、都合よく、もっと馬鹿な者がいた。
弟のグットルムだ。
英雄の夫を持つグズルーンと、元戦乙女を妻にした兄グンナル。
この二人のせいで、王宮での影が果てしなく薄い。
「英雄シグルズを討てば、お前の男が爆上がりだぞ!」
事情を話し、酒と薬で酔わせて煽ったら、思惑通りに事は進んだ。
グットルムは、寝室で寝ていたシグルズを急襲。槍で突き刺した。
だが、さすがは英雄。シグルズは、最期の力でグットルムの体を真っ二つに斬り裂いた。
薄れていくシグルズの意識に、金色の髪を揺らす乙女の姿がよぎった。
(ブリュンヒルデ……)
いまわの際に、「忘却の酒」の魔力が失われたのである。
そして、シグルズは息絶えた。
★ ★ ★ ★
ブリュンヒルデは、暗い目のまま黙りこくっていた。
望み通りになったのに。
私は、復讐を果たしたのに。
私の運命を、魔法なんかで捻じ曲げて。
嘲笑っていた奴らを、私は決して許さない。
だけど、私はシグルズを愛していた。
自分を騙した男だ。
でも、心から愛していた。
戦乙女としての誇りを奪われ。
人間の女として生きよと神に命じられ。
そして結婚したものの、その誓いは捻じ曲げられたものだった。
結末は、ただの「英雄殺しの女」。
恥、怒り、そして嘆き。その汚泥の中で、ずっと生きなければならない。
ブリュンヒルデの心は決まった。
シグルズが火葬されるとき、遺体の傍らで、自らの胸に剣を突き立てたのだ。
それならば、自分も死のう。
あの世の旅路で、シグルズの隣を歩いて。
死後の世界では、彼と共にありたい。
そうして「あの英雄と共に炎に包まれた女」として。
私は物語に残ろう──。
ブリュンヒルド(ガストン・ビュシエール、1897年)
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こうでなくてはならない。
その考えが強すぎて、自分も他人も不幸にしてしまった。
そんな気がしてなりません。
あなたは、どう感じますか?
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お読み下さり有難うございました。
ご存じの「ブリュンヒルデ」と、少し違う部分があったのではないでしょうか。
今回のお話は、北欧神話の原典──主に『古エッダ』と『ヴォルスンガ・サガ』──を基にしています。
(ほんの少しだけ脚色も加えてあります。特に“呪いの指輪”の部分。原典にも存在はしますが、この物語には直接関わりません)
とにかく、ブリュンヒルデの伝承は、色々な物語が混ざりまくっているのが特徴です。
もともと、ゲルマン世界に広く伝わっていた古い英雄伝説があり。
それが北欧では『エッダ』の詩や『ヴォルスンガ・サガ』の英雄譚になり。
ドイツでは『ニーベルンゲンの歌』という叙事詩へと姿を変えました。
さらに、それら複数の伝承をミックスして、19世紀にワーグナーが作り上げたのが、有名な楽劇『ニーベルングの指環』です。
そして、また別ルートで。
北欧神話オタクだったトールキンが書いたのが、
ファンタジー小説 『指輪物語 The Lord of the Rings』。
元ネタが同じなので、似ている点が多いわけですね。
長年不思議に思っていたことが、今回調べてようやく腑に落ちました。
お読み頂き、ありがとうございました。
『名画の詩集』はルドン編とクリムト編もあります。そちらもぜひご覧下さいませ。
引き続き毎週土曜日のお昼12:10に投稿していきますので、どうぞよろしくお願い致します。
ブックマークや評価をして頂けたら、とっても嬉しいです。




