表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

どこかの草原で摘んだ枯れないスズランの話

作者:

 風に吹かれた髪に頬をくすぐられ、セレナは髪を押さえながらゆっくりと目を開けた。

 いつの間にか居眠りをしていたようだ。

 空は青く、日差しは柔らかく心地が良い。

 それにしても、外で居眠りするなんてと気恥ずかしくなって、周囲をそっと見回すが、誰もいないようだ。ホッとして息を吐くと、目の前を流れる小さな流れに目を移した。


 セレナは先程までと変わらず、一人で草原の中の小川の前に座っている。それは幅が1メートルにも満たない、ささやかなせせらぎだ。

 その中を小さな魚が何匹も泳いでいる。小さいヒレをせわし無く動かす様がかわいらしい。


 辺りは見渡すかぎり、花が咲き乱れていて、思わずため息が出るほど美しい。

 セレナの周りにも、色々な花が咲いているが、少しだけ違和感があった。普通は一種類の花が、ある程度まとまって咲くものなのに、たくさんの種類の花が一本ずつ咲いているのだ。ポピーの横にすみれ、その横にスイセンとラナンキュラス、チューリップ、スズラン、キキョウといった具合。

 これは同じ時期に咲くのだったかしら、と一瞬疑問に思ったセレナだが、考えがまとまらない。


 なぜかあまり考えないほうが良い気がして、セレナは軽く頭を振った。

 指をせせらぎの中に差し入れてみると、ひんやりとして気持ちが良い。小魚は、指を避けて必死で泳いでいる。掬い取ってみようと思いつき、両手を合わせて囲い込むと、一匹が掌の上に残った。

 小魚はぴちぴちと体を動かしている。


 セレナはそれをしばらく眺めてから、そっと流れに帰してやり、手をハンカチで拭った。それから大好きなスズランを一輪積んで、さて、そろそろ帰ろうと思った。が、帰り方がわからない。

 自分がどうやってここにやって来たのか、思い出そうとしたが、セレナには皆目わからない。

 立ち上がって周囲を見回したが、見渡す限り花の咲き乱れる草原で、それはどこまでも続いていた。



「お嬢様が目を覚まされました」


 そう叫んだのは、専属侍女のサリーのようだ。うっすら開いた目に、彼女らしき後ろ姿が見える。


(私、草原に居たのじゃなかったかしら)


 そう思ったが、頭の中がぐらぐらしていて、考えることが出来なかった。それにすぐ吐き気と頭痛が襲って来て、考えるどころではなくなった。


「セレナ、気が付いたのかい。苦しいところは無いか?」


 部屋に飛び込んできた両親を見て、起き上がろうとするセレナの肩を、サリーが慌てて押さえた。


「お嬢様、無理をなさってはいけません。二日間も意識が無かったのですよ」


 その言葉に驚き、何があったのか聞こうとしたが、声は出ない。サリーの心配そうな呼びかけが次第に遠のき、セレナは再び眠りに落ちた。


 次に起きた時には、もう少しましな状態になっていた。診察に来た医者は、ほっとしたように微笑み、後二日ほど安静にして居れば、すっかり普通の状態に戻るだろうと言ってくれた。

 ベッドの横に立つ両親は、ゆっくりと椅子に座り、それから遠回しに、なぜ自殺しようとしたのかとセレナに尋ねた。

 二度目に目覚めた後、サリーから聞いた話では、セレナは三日前の夜、自室で毒を飲んだらしい。残念ながらその朝からの記憶が消えてしまい、毒を飲んだことも、その理由もセレナには全くわからない。


「自殺したくなるようなことなんて、何も思いつかないわ。何かの手違いで、毒を飲んだのじゃないかしら」


 セレナがそう言うと、両親とサリーがありえない、と首を振る。

 部屋のベッドサイドに、薬瓶とティーカップが置いてあって、薬瓶はほぼ空になっていたそうだ。薬瓶にわずかに残った薬品は、刺激臭があって、間違えて飲んでしまうような代物ではなかったという。


「私も扱ったことの無い毒で、解毒も緩和方法もわからず、セレナ嬢の抵抗力を信じて、見守るしかなかったのですよ。毒の入手経路が分かれば、ぜひ調べてみたいと思います」


 医者はセレナの答えを待っているようだが、セレナは自殺だと思われている事が心外だ。


「でも、私が自殺するはずないわよ。来月には、楽しみにしていたお茶会があるのよ。新調したドレスを着るために、ウエストを絞ろうと頑張っていたの、知っているでしょ」


 その努力を両親もサリーも知っているので、セレナの言葉には非常に説得力があった。

 頬に手を当て、考え込むセレナを見る人々は、一様に困ったような顔をしている。


「ウエストが思うように細くならなくて、悲観したとか......」


 ためらいがちに発言した父は、母のものすごい目つきに首をすくめた。セレナも呆れて、いくら何でも、そんなことで死んだりしないと憤慨した。


 ところが、それが当たらずとも、遠からずだということが、その数日後に判明した。



 毒を飲んだ日の昼間、セレナは親しい令嬢宅に遊びに行っていた。

 その日、子爵家令嬢のカリン嬢の家に集まったのは同じく子爵家令嬢のセレナとモナの二人。話題は来月のお茶会の事で、特にドレスの話題で盛り上がっていた。


 今の流行りは、肩を出してウエストを絞れるだけ絞り、スカートを大きく膨らませたスタイルだ。ドレスを綺麗に見せるためには、細いウエストが必須条件だった。

 もちろんコルセットで絞るが、力任せに絞ったら、優雅な動作に支障が出るし、下手をすると、お茶会の最中に気を失いかねない。その絶妙な絞り加減が使用人に委ねられるのだが、大前提として、令嬢本人の努力が求められる。


 熟練の侍女がコルセットをキュッと締めながら、一瞬、鏡の中のレディとアイコンタクトをする。今回はがんばりましたね、もしくは、ちょっと問題ございますよ、なのだ。

 ここ一番という催しに出掛ける時に、問題ございますよとされたら、行く前から負け戦の気分になる。


 ゆえにドレスの話の最後は、いかにウエストを細くするか、に行きつく。

 お茶と様々な美味しいスイーツをいただきながら、そんな話題で盛り上がるのは、本末転倒もいいところだが、そこはあえて考えないという、暗黙の了解がある。

 

 三人の令嬢は次々に、自分の秘策を打ち明けた。

 一番初めに話し始めたのはカリンだった。


「私は寝る時もお腹に布を巻いているの。体に細いウエストを覚え込ませようと思って」


 次はモナ。


「私は、東洋から仕入れたというオイルを塗っているわ。それを塗り続けると、ウエストが細くなるそうよ。嫁いだ姉からもらったの」


 最後はセレナの番だった。


「私はね、お風呂の後で塩で揉んでもらっているわ。それも東洋式だそうよ。友達から教わったのよ」


 するとモナ嬢が、含みのある笑い方をしながら、小さな包みをテーブルの上に乗せた。


「お二人に、素敵なプレゼントがあるわ。これはね、飲むとウエストが細くなる魔法のハチミツなのよ」


 甘いハチミツは太るのでは、という声が上がったが、モナはにっこり笑って否定した。


「これはね、特別なの。これも東洋から仕入れたものらしいのよ。先日外出した際に、街の露店で買ったの。真夜中に紅茶に入れて飲むと、ウエストが数センチ細くなるんですって」


 たちまち、キャーッと声が上がった。数センチ。令嬢たちは願ってもない話だわと口々に言い、喜びあった。

 そしてすぐに小瓶を二つ用意してもらい、そのハチミツを小分けした。


 そして、その夜、三人はそのハチミツを入れたお茶を飲んだ。


 その三人は揃って毒に倒れた。

セレナとカリンは、二日間生死の境をさまよい、回復した時には、同じように記憶を失くしていた。回復したのは二人で、モナ嬢一人だけが、まだ目を覚ましていない。


 三つの家の間で、問い合わせが行き交ったのは、事件が起こってから四日がたった後だった。娘の自殺未遂に動転した親たちは、他所に原因を求めることなど、考えもしなかった。

 ところが、目を覚ました娘の記憶がない事で、その空白を埋めようと、友人宅に連絡を取ったのだ。すると、そこの娘も毒で倒れたと言う。

 やり取りをする内に、その日に集まった三人全員が、毒を飲んで倒れた事が判明し、青くなった二家族が、カリン嬢の家に集まった。事件から六日が経ち、すっかり回復した娘たちも参加していた。


 なぜカリンの家かというと、当日の様子を語れるのが、カリンの家の使用人達だけだからだ。娘達の集いの場には二人の侍女が控えていた。その侍女たちに、聞き取りが行われた。

 

「お嬢様方は、お茶会に着ていくドレスと、ウエストを細くする方法について会話されていました。そこにモナ様が、露店でお求めになられたハチミツをお出しになりました。なんでも、真夜中にお茶に入れて飲むと、ウエストが数センチ細くなるとか」


 もう一人の侍女が、小瓶を二個用意したと言った。


「綺麗に洗って、しまってある小瓶を二つお持ちしました。それにモナ様が小さじで二杯分を注いでいらっしゃいました。黄色いトロっとしたハチミツで、甘い匂いがしていました」


 セレナの母がおかしいわと言い出した。


「セレナの寝室にあった小瓶には、強い刺激臭がする、黒い液体が残っていました。それでは、セレナは別の毒を飲んだと言うことなのでしょうか」


 カリン嬢の母が、娘の部屋にあった瓶に残っていたのも、黒い液体だったと言う。

 

 侍女二人は、自分たちが見たのは絶対に黄色い液体で、甘い匂いがしていたと断言した。

 わざわざ娘たちが同じ瓶に毒を入れ替える必要もないはずだ。しかも三人全員が。これは黄色いハチミツが朝までに黒く変色したのだと思う他、考えようがなかった。


 元々毒の入ったハチミツが、毒のせいで変色したのだろうと、話がまとまりかけたところに、一人の侍女がおずおずと話し始めた。


「私は、ハチミツの付いたスプーンを後片付けの際に舐めてみました。甘くておいしいハチミツでしたし、体に不調は現れていません。カリンお嬢様が、あなたも舐めてごらんと仰って、こっそり御皿に乗せたスプーンを渡してくださったんです」


 この侍女は結婚の予定があり、ウエディングドレスのためにウエストを絞る必要があった。カリン嬢に、寝る時にウエストに布を巻く方法を教えたのも、彼女だった。


 セレナの母がさりげなく、ウエストは細くなったかと尋ねた。


「夜中まで持っておくわけにもいかず、片付けの最中に舐めたからか、効果はなかったです」


 母親たち三人は一瞬残念そうな顔をしたが、すぐに取り繕って、体に障らず良かったと言った。

  父親たちは妻を横目で見た後、しばし考え込んだ。


「ハチミツは夜中にならないと毒性を持たなかったということなのかな」


「そんな毒があるのだろうか。……あるのだろうね。実際に娘たちが倒れたのだから。モナ嬢はいったい誰からそれを購入したのでしょう」


 それにはモナの侍女が答えた。モナがハチミツを買った時に同行していた侍女だった。

 

「外国の行商人らしき男が露店を開いていて、ハチミツはクラッカーに付けて試食もできるようになっていました。私も一枚食べて、とても美味しかったので、お嬢様にそう言いました。ハチミツは飛ぶように売れていて、売り切れそうだったので、慌てて一本買ったのです」


 そのハチミツ全部が毒に変わったのなら、今頃街中が大騒ぎになっているはずだ。だが、そんな話は一切聞かない。


「他に何か聞いていないか?」


「あの、確か行商人は、真夜中までに飲むようにと言っていました。真夜中を過ぎたら、絶対に飲んではいけないと、何回も注意していました。先程のお話では真夜中にと言っていたので、それが気になります」


 セレナの父が、娘たちに、何か少しでも思い出したことが無いかと尋ねた。


 二人が首を横に振る。

 

「何もわからないか。では、質問を変えようか。もし真夜中に飲めと言われたら、セレナなら何時に飲むと思う?」

 

 セレナは少し考えてから答えた。


「多分、真夜中に飲めるようお茶を用意して、真夜中ちょうどにハチミツを入れて、それから飲むと思うわ」


 カリンも、真夜中前には飲まないだろうと同意した。


「まさか、そのせいで? でも、それでは魔法の薬みたいではないか」


 モナの父親が、有り得ないと首を振る。

 セレナとカリンの父親も、同意した。


「おとぎ話のような話ですな。娘たちは記憶を失くし、どの家も、小瓶とカップしか証拠が残っていないのだから。あ、それとおかしなことに、セレナのベッド付近にスズランが一凜落ちていたか」


 その言葉にセレナが驚いて身を乗り出した。


「スズランがあったのですか。どこに、いつですか」


「サリーが、ベッドの横に落ちているのを見つけて、水に差して置いているよ。なんでスズランがと不思議がっていたな。お前が目を覚ました後くらいかな」


「私、寝ている間、草原に座っている夢を見ていたのです。そこでスズランを一本摘みました」


 カリンが、私もよと言った。

 カリンもきれいな花の咲き乱れる草原と小川を覚えていた。摘んだ花は、スミレで、花を摘んだ後に目が覚めたのだった。


「それでは二人共、同じ場所に居た覚えがある、と言うのか。これは驚いた。じゃあ本当に、魔法の薬なのか?」


「目覚めるには、花を摘む必要があるという事かしら。私はスズランが好きなので、スズランを積んだの。カリン嬢も、好きな花を摘んだのよね」


「そうよ。なんとなく花を摘まないといけない気がして、一輪だけ摘んだの。それから帰ろうと思ったのだったわ」


「では、目ざめていないモナ嬢は、まだ花を摘んでいないのかしら。それはなぜ?」


 セレナの言葉に、カリンはこめかみに指を当てて何かを考えている。


「そうねえ。ところでモナ嬢の好きな花って、チューリップでしたわよね」


「そうね。確かチューリップが一番好きだって言ってたわね」


「チューリップって蜜を持たない花だったはずよ。まさか、それで帰れないなんてこと、無いわよね」


 全員が黙り込んだ。

 もしそうなら、違う花を摘めば帰れるのだろうか。それにしても、違う花を摘めと、どうやって伝えたらいいのだろうか。


 残っている物をこの場に集めて考えようということになり、各家に残っている小瓶と、花を取り寄せることになった。

 小瓶はセレナの分とモナの分のみ、そのままで残っていた。カリンの分は、毒の成分を調べに出したので残っていなかった。ちなみに毒は未知のものだった。

 花が見つかったのは、セレナの家だけだった。

 カリンの家では、それと気付かずに、見舞いの花などと共に、捨てられてしまったようだ。


 モナの瓶に残った毒は、まだスプーン数杯分残っていた。真っ黒で、どう見ても飲めるような代物ではない。

 そしてセレナの持ち帰ったスズランは、枯れる様子もなく、6日間経っても生き生きとしていた。しかも季節外れで、この季節に咲く花ではない。


「どちらも、この世のものではなさそうね」


「その行商人って、一体どこからやって来たのかしら。注意事項を伝えていたのだったら、悪意があったわけではなさそうだし、何だったのかしら」


「素直に考えたら、ただの商売だろうな」


 セレナの父の見解に、父親たちは同意した。


「それだって、こんな危険な物を売るなんて。モナはいまだに目覚めていないのですよ」


 モナの母親の言葉には、全員が同意した。


 セレナは自分がもらった瓶に残る毒を、ハンカチに垂らしてみた。

 ハンカチはジュっと音を発して溶けた。その場にいた全員がぎょっとした。


「私達、恐ろしいものを飲んだのね。これでよく生きて戻れたわね」


 セレナはついで、スズランの花を一つ摘んで、それに毒を垂らしてみた。別に何か考えたわけではない。なんとなくだった。


 すると、スズランに触れた途端に、毒は黄色いハチミツに変わった。ツンと来る酸味のある刺激臭も、甘い香りに変わっていた。


「これ、戻ったの?」


「戻っているみたいだな。これならハチミツだ」


「じゃあ、これを飲んであそこに行けば、モナ嬢を助ける事が出来るのかも」


 そう言ったセレナをカリンが止めた。


「あの場所に三人が同じタイミングで行ったはずなのに、誰にも会わなかったわよ。つまり、もう一度行っても会えないわ」


 そうだったわね、じゃあ、駄目だわね、とセレナがつぶやき、がっくりして椅子に座り込んだ。

 しばらく、スズランとハチミツを、思い詰めたように見ていたモナの母親が、小指の先にハチミツを付けて、素早く舐めた。隣に居た夫が止める間もなかった。

 夫は慌てて夫人の肩を抱いて振り向かせ、様子を確かめたが、夫人の様子に異常はなさそうだった。


「これをモナに飲ませてみましょう。今はちゃんとハチミツで、毒ではないわ。スズランの花で毒が消えるなら、これを飲ませたら戻ってくるかもしれないじゃない」


 そう叫ぶ夫人に、答えることのできる者はいなかった。もしかしたら、そうかもしれないが、やってみようとも言えない。あまりに何もかもが非現実的だ。


「あなた、いいわね。手伝ってちょうだい。セレナ嬢、このスズランを少しいただいてもいいかしら。そうね、花を三輪」


 セレナは頷いた。スズランの枝には後九個の小さな花が残っていた。


「どうぞ、お使いください」


 モナの母は、スズランの花を三輪摘み取り、ハンカチに載せた。そして、新しく用意させたカップにスズランを入れ、その上に黒い液体をかけた。黒い液体はみるみる内に黄色いハチミツに変わり、甘い匂いを周囲にまき散らし始めた。


「お茶を入れて、そこにこのハチミツを溶かすわ。それを寝ているモナに飲ませます」


「奥様、お試しになるのなら、夜になってからの方がいいと思います。このハチミツは夜でないと効果がないと、商人が言っていました」


 モナの侍女がそう助言し、この試みは、その日の夜にモナの家族のみで行われる事になった。


 翌朝、ドキドキしながら待つ二つの屋敷に、モナの家からの遣いが走った。


「モナ嬢が目覚めたそうだ。しかも体調も良くて、もう普通に起き上がっているから、ぜひいらしてくださいと書かれている」

 

 手紙を読んだ父が、手を強く組んで見守っていた、セレナと妻にそう告げた。

 その場で訪問する旨の手紙を書いて、遣いの者に渡し、午後一番でモナの家を訪問した。

 

 モナは元気そうで、明るい笑顔で出迎えてくれた。カリンたちも少し遅れてやって来た。


 初めに、モナの父が、昨夜の経緯を説明してくれた。

 夜の九時に紅茶にハチミツを溶かし、口に少しずつスプーンで流し込んだ。それを十回くらいしたところで、モナが目を覚ましたと言う。

 思ったより簡単に目覚めたことで、気が抜けてしまったそうだ。


 それからモナが、自分の体験を話してくれた。


「私は皆が想像した通り、草原でチューリップの花を摘んだの。そしたら、その時から次第に、草原の様子が変わっていったわ。空が曇り初め、小川は濁り、風も強くなっていった。体を隠そうにも、あそこには木も何も無いでしょう。だから雨が降り出したらどうしようかと、おののいていたわ。そうしたらある時、急に甘いハチミツとスズランの香りがしてきたの。何が何だかわからなかったけど、私は傍に有ったスズランを一輪摘んだと思う。そうしたら目が覚めたのよ」


 セレナは聞いていて、息が詰まるような気がした。あの気持ちの良い場所が、急にそんな風に変わったら、どんなに不安だろう。モナにとって、それは数時間程の事だったらしいのが、救いだ。


「私のプレゼントのせいで、とんでもない事になったそうで、申し訳ありません。まさか、聞き逃していた一言が、こんな事態を引き起こすなんて、思ってもいませんでした。大げさな事を言っているだけで、ただのハチミツだと思っていたのです。まさか本当に効き目があるなんて」


 セレナは今の言葉に引っかかって、モナのウエストに視線を移した。カリンも同様にモナのウエストを見ている。


 すると驚くことに、モナのドレスのウエストが、だぶついている。しかもウエストだけで、胸の辺りはフィットしている。


「もしかしてそれって、本来のウエストを細くする効果が、出たと言う事なの?」


「それがね、長く寝ていたせいかもしれないけど、ウエストが三センチも細くなっていたの」


「まあ、それじゃ、あのハチミツは本物の魔法のハチミツだったのね」


 じーっと、モナのウエストを羨ましそうに見つめる令嬢たちに、モナの父親がきっぱりと宣言した。


「あんな危険な薬は、モナが目覚めた後、全て処分しました。皆さん、変な薬に頼るのは辞めましょう。どんな危険が潜んでいるか分かった物ではない」


 この事件はこれで幕引きとなった。商人が何者で、あの草原が何だったかは謎のままだ。

 モナのウエストが細くなったのが、薬の効果なのかもわからない。

 だが、二日以上寝込んでいたセレナとカリンが、全体的に痩せたのに比べ、モナはウエストのみ細くなったそうだ。六日間も眠っていたのに、それは不自然すぎるから、やはり薬の効果なのだろうと思うしかない。


 待望のお茶会が無事に終わり、セレナはベッドサイドに飾られているスズランを眺めた。このスズランはいったいいつまで、このままの姿で咲き続けるのだろう。

 既に一か月程は経っているが、今摘まれたばかりの様に、青々と美しい。

 モナが摘んだスズランは、モナと一緒にこちらの世界にはやってこなかったらしい。モナは何も持たずに戻ってきていた。

 その代わり、セレナのスズランは初めの状態に戻り、十輪の花が付いている。

 その理由もわからないけど、このスズランを見ると美しい草原を思い出し、気持ちが爽やかになるのだった。


 FIN


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ