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贖罪の恋  作者: Zeno
第1章 始まりは、ここから
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08 邂逅

 夏休みになって数日。芥が1日家にいること以外、2人は代わり映えのない生活を送っていた。


「九鬼は、宿題の進捗はどうだ?」

「ある程度は終わりましたよ。後は数学の問題集ですね」

「あぁ、あればかりはな…」


 他の科目の宿題は、然程大したことでは無い。面倒であったり、人によっては苦戦するような内容であるものの、そもそもの量が少ないので、成績優秀な2人にとってはなんら問題ないのだ。

 だが、数学の問題集は例外である。とんでもない総問題数に加え、しっかりと難しいのだ。


 どれだけ勉強が得意な彼らでも、証明なども混じってくるとどうしても時間がかかる。他の生徒たちは、下手をすれば最終日までおわれる羽目になるだろう。


「そういう獅堂さんはどうなので?」

「全部終わったな」


 当然のように言う芥に、今までの中でも相当驚いている一夏。あのように言っておいて終わらせているとは思っていなかったのだろう。


「…数学の宿題をこんな短期間で終わらせるとは」

「まぁ、量は多いが、九鬼にとっても然程難しい問題はないしな。数日もぶっ通しでやれば終わる」

「あぁ、だからここ数日は自室にいる時間が長かったのですね」

「悪いな、俺の都合で団欒の時間を減らして」

「…自分の宿題を優先するのが、普通ですよ?」

「そうは言っても…、九鬼は家事全般に手をぬいていないだろ。俺だけ自分の事を優先するのは流石に申し訳なかった。昔から、宿題はさっさと終わらせるタイプでな」

「この時間は、言ってしまえば私の為の時間なので、貴方が貴方のことを優先する権利はありますよ。…それに、私だってそのタイプですから、その気持ちは分かります」

「…ありがとな」


 

 そんなことを話しつつ、午後を迎えた。相変わらず一夏の料理は美味く、芥にとっては最早完全な楽しみとなっている。


 その時、家のインターホンが鳴った。


「…誰でしょうか」

「訪問の予定はなかったはずだが…。まぁ、そもそもクラスメイトで俺の家を知ってる奴はほとんどいないんだがな」


 「本当に誰なんだ」と呟きつつ、モニターを確認する。


「…遥真?」


 友人である遥真が芥の家を知っているのは不自然ではない。だが、彼が家を訪ねてきたことは片手に収まる程度だ。


「九鬼は自室に戻っててくれ。バレたら面倒だろ」

「え、ええ…」



 玄関に向かい、家の扉を開く。そこには、確かに遥真の姿があった。


「どうした?」

「遊びに来た」

「軽いノリで言うなよ。俺がそういうタイプじゃないの、知ってるだろ」

「というのは嘘で、ちょっと話したいことがあってな。上がっていいか?」

「…構わんが……」


 一夏の居た痕跡は既に隠している。遥真は割と鈍いので、余程の事がない限りバレないだろうが、それでも不安は残る。

 だが、この炎天下でわざわざ訪ねてきた友人を追い返すのは、流石に気が引ける。


「相変わらず男とは思えないほど綺麗な家だな」

「そりゃどうも。…で、話ってなんだ」

「焦らすなよ。久しぶりに来たんだからゆっくりさせてくれ」

「実家みたいに言うな」

「俺にとってはそんぐらい珍しい場所だぞ」

「そうかい」


 リビングのソファに遥真を案内し、キッチンの棚からコップを2つ取り出す。この感じだと、すぐには帰らないだろうし、この暑い中歩いてきたのだから喉が渇いているのは当然だ。

 

 冷蔵庫を開け、冷えた麦茶を注ぎながら遥真に問う。


「まぁ、話の内容は置いておいて…、何故俺に話そうと思った?」

「なんでって―」

「お前は俺以外にも友人や頼れる人間がいるだろ」

「…今回の件はお前に話すのが適任だと思ってな」

「そうか」


 ソファの前にあるテーブルにコップを置き、ソファとは反対側の床に座布団を置き、遥真と向き合う。


「…で」

「ずいずい来るな。まぁ、いいんだけど。…あのさ、嘘の表情ってどうすれば出来るんだ?」

「…は?」


 想像もできないような相談の内容で、珍しく芥が固まる。陽キャでコミニュケーション能力が高い遥真から、まさかそんな相談をされるとは全く思っていなかった。


「…何があったんだ」

「俺の家の事は知ってるだろ?それの関連で社交界が今度あってな。俺、そういう場所での対応とか慣れてなくてよ。思った感情そのまま顔に出ちまいそうで困ってるんだよ」

「ああ……」


 遥真の家、つまりは衛藤家は少し有名な企業の家系であり、こういった社交界や上級階級の人々の接触が度々あるらしい。遥真は今まで呼びれたことはなかったらしいが、高校生ということで呼ばれたのだろう。

 

 遥真は良くも悪くも、裏表がない人間だ。思ったことは伝えるし、芥から見ても、その表情に嘘はない。

 社交界の中には、胡散臭い大人だって沢山いるし、遥真の嫌うタイプの人間もいるだろう。そういった気持ちが表面に出ては、衛藤家の顔に泥を塗りかねないし、大問題である。


「いつあるんだ」

「再来週」

「はぁ…。計画性がないのがお前だよな…」

「悪かったな」


 とは言え、数少ない友人の頼みだ。出来れば解決してやりたい。

 しかし、今回の件に関しては1つ問題がある。


「包み隠さず言うが、お前には無理だな」

「え?」

「遥真は、本当に素直な人間だ。それだからこそ俺はお前を信用しているし、それが揺らぎかねないことには協力したくない。…そもそも、嘘の表情なんて、良い事じゃない。俺みたいな()()()()がない、誠実な人間がしていいもんじゃない」

「…そうか」

「だが、世渡り術なら教えてやる」

「本当か!」

「そこで嘘ついてどうする。…友人の頼みだ。出来る協力はするさ」



 結局、遥真が帰ったのは日が暮れた後だった。

 あまりにも誠実な彼は、初歩的な世渡り術でさえ、中々体に染みつかなかったのだ。教えるこちらとしては苦労しかないが、遥真がそれだけの人間であることを確認できたのは、良い収穫でもあった。


(あいつは、本当に真っ直ぐだな)


 2階の、一夏の部屋のドアをノックする。長い間、ある意味閉じ込めてしまったのは申し訳ないが、遥真にこの関係性がバレないようにするには仕方ない。


「九鬼、もう大丈夫だぞ」

「そうですか」


 部屋のドアを開ける一夏。それのせいで彼女の部屋が見えたのだが、その様子は、かつて無人だった部屋とは思えぬ程、人が生活する部屋として様変わりしていた。


「私の部屋に何か?」

「いや、変わり具合が凄いなって。元々、この部屋なんもなかったろ」

「貴方が好きにいじってくれと言ったのではなくて?」

「別に否定してるわけじゃないさ。…1人で全部やったのか」


 本棚や勉強机、ベッドなど、1人の部屋として必要なものは全て揃えれており、その上、かなりの量の本や参考集などが揃えらていた。1人で揃えたとなれば相当の時間を要しただろう。


「それ以外ありえないでしょう。別に、協力して欲しいとお願いした訳じゃありませんし、何も気にしなくていいですよ」

「それはそうだが。…にしても、すごい量の本だな」

「読書が好きなので。獅堂さんも読みたいのであれば、好きに持っていってくれても構いませんよ?」

「流石に女子の部屋に入って本を取っていく勇気はない」

「女子の部屋って…、貴方の家でしょう」

「そういう問題じゃない」


 女子が生活している部屋に入る、ということが問題なのである。

 欲の少ない芥は、他の男が考えるような煩悩はないが、それでも若干の気恥しさはある。


「そういえば、獅堂さんの部屋は見た事ないですが、どんな感じなのですか?」

「俺の部屋はって、俺も今日初めて見たんだけど」

「貴方からしたらそうですね」

「…別に普通だよ。本当に、過ごすための空間。勉強道具と少しの娯楽用品がある程度」

「……そうですか」

「っと、いつまでもここで立って喋ってる場合じゃないな。そろそろ夕飯の準備してくるから、先に戻ってるぞ」

「いつもありがとうございます」

「それはお互い様。お前の料理上手いし」

「それ、いつも言ってますね」

「上手いっていう感想は伝えるべきだろ」


 そう言い、芥は階段を降りる。


(…相変わらず、読めない人ですね)


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