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贖罪の恋  作者: Zeno
第1章 始まりは、ここから
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06 意外な一面

今回は語り手も含めて、一夏サイドです

(獅堂さんと、短いながらも過ごして…わかったことがある)


 芥は、割と几帳面だということ。男子と言えば、どこか雑把なイメージがあったが、芥はそれに当てはまらなかった。

 使った物は必ず元の位置に戻すし、服などはシワがつかないように丁寧に畳んで仕舞っている。料理の際も、調味料や材料は全てしっかりと分けられている。お陰で手間が省けるし、時間の短縮にもなるので、一夏としてはありがたいことだ。


(それに彼は―他人をよく見て、気にかけてくれる)


 芥と公園で出会った日から感じていたことだが、それは同じ屋根の下で過ごして更に痛感した。

 自分ですら気付けない様な僅かな変化ですら見逃さず、気にかけてくれる。しかもそれは、ただ話しかけるだけではなく、場合によっては敢えて触れずにおいてくれることもある。

 芥と同じく、他人にどこか距離を置きがちな一夏にとって、芥の絶妙な距離感は、今までにないほど居心地が良かった。


「そういや、九鬼。仕方ないとは言え、暫く学校休んでるだろ。テストはどうするんだ?もうすぐ期末テストだぞ?」


 まだ高校に入ってから1度しか受けていない定期テストだが、その難しさは既に理解している。勉強が得意な一夏にとってはさほど問題ではない―とも言いきれないのが、彼女らの通う高校だ。


「そういえば…。忘れがちですけど、私たちの高校って私立ですもんね」

「忘れることあるか?」

「確かに授業内容は濃いのかも知れませんが、それ以外に、他の高校との違いはあまりありませんし…」

「まぁ、言われてみればそうだが」

「…テストなら受けますよ。私が今学校に行きたくないのは、あの大量の人達に囲まれたくないからなので」

「そりゃ、九鬼はこれだけ美人なんだ。良いか悪いかはともかく、人気なのは仕方ない」

「……そういうことを軽々しく言うものじゃありませんよ」

「何を…って、そんな照れることでもないだろうに」


 不意に褒められては、常に周りから賞賛されてきた一夏でも照れる。それに、距離を取っているとは言え、同じ家の同じソファで、隣に座っているのだ。嫌でも意識してしまうのは当然のことだろう。

…当の芥は、全く気にしている様子はないのだが。


「私立のいいところだな。理由さえあれば、しっかりと対応してくれるし。…ただ、テスト範囲は大丈夫か?」

「高校の履修内容は既に予習してますし、以前に今回のテストの大まかな範囲は聞かされてますから。しっかりと対策すれば問題ないですよ」

「流石は天女様。何があってもしっかりと高順位を保つつもりだな」

「それこそ貴方には言われたくないですね。前回のテストで全科目満点で、1位だったというのに」

「座学だけは手加減しない事に決めてるからな。テストで点数を取ろうが、大して目立たないし」

「流石に全科目満点は目立つと思いますが…」

「まぁ、あれはやりすぎたな」


 芥の発言に、今回は手加減する―という意味が含まれてることには、一夏も直ぐに気づいた。


「手加減しないでくださいよ」

「え?」

「私は、自分より上に立つ人がいる方がやる気が出るんです。今回は貴方と並んで1位を取りますから」

「いや、上つったって…前回だって5点差じゃねぇか。ここまで来たら運だろ。俺だって毎回満点取れるとは限らないし。それに、まだテストは1回しか受けてないんだ。そんなことで変に格上扱いされてもなぁ」

「それでも、です。私の自己満足ですから」

「…まぁ、好きにしたらいいけど」


 一夏が提案した、この何気ない会話。前までと違い、芥もどこか楽しげなのは見て取れた。一夏自身も、やはり前よりも少し、日常を楽しめている。


「テストが終われば、夏休みか。九鬼は…どうする?」


少し不安げに聞いてくる芥。どうする、というのは家族とのことだろう。夏休みという長期休暇は、確かに決着をつけるには良い機会かもしれない。

 だが、一夏にはまだ、彼らに立ち向かう勇気も覚悟もなかった。実の親である者達に、追い出されたのだ。その事実は彼女の足枷となって外れそうにない。


「……まだ、戻れる気にはなれませんね。場所なら自分で確保しますから大丈夫ですよ」

「…ん?何の話だ?」

「…夏休みには貴方も戻るのではなくて?」


てっきり、帰省か何かで家を開けざる得ないからこそ、聞いてきたのだと思ったのだが。どうやら、一夏の勘違いだったようだ。


「俺はずっとここにいるぞ。別に俺は、俺がいなくなるからお前にどうするか聞いたんじゃなくて、純粋にお前がどうしたいか聞いただけだ。…何があったかは探る気もないが、まだ立ち向かう勇気がないんだろ?それなら、その勇気が出るまで、いつまでもここにいたらいいさ。勿論、嫌になったらそれでいいけどな」


微かに笑いながら、そう言う芥。

 そしてやはりと言うべきか、一夏は驚愕して固まっていた。


「…夏休みの間も、ここに居ても良いのですか?」

「だからそう言ってるだろ」

「その…御家族との予定とか、は―」

「俺に家族なんていない」


被せ気味に、そう呟く芥。だがその言葉には、怒りと憎しみが、確かに感じられた。


「っと…、悪いな。少し威圧的になっちまった」

「い、いえ…」

「一夏が良いなら、俺たちは変わらず、だな。まぁ、変化と言えば学校がないから俺もずっと家に居ることくらいか」


すぐに話題を戻す芥。

 一瞬だが見えたあの顔は、あの時と同じだった。


(彼も、私と同じ―いや、それ以上の問題を抱えて…)


話す気はないらしく、芥は今後の方針について語っている。勿論、その内容はしっかりと聞いて相槌を打っているが、一夏の中ではどこか、芥の過去についての、興味と言えば失礼かもしれないが、彼の過去について知りたいという気持ちがあった。

 それは純粋な知りたいという思いと共に、芥がどうしてここまで優しく、自虐的なのかを知れると思ったからだ。

 

初めて、親族とは違う人間に、友人に近い関係の者ができた。


(だからこそ、知りたい。何故貴方は、そんなふうになったのでしょう…?)


「九鬼?大丈夫か?」

「あ…。…大丈夫です、少し考え事をしてただけですから」

「…?なら良いが」


(本当に獅堂さんは、私をよく見ている)

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