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贖罪の恋  作者: Zeno
第1章 始まりは、ここから
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05 初めての事

(やらかした…)


 一夏に素顔を知られ、なんとも言えぬ気持ちを抱えたまま夕食を終えた芥。その後も特に会話はせず、すぐさま自室に戻った。一夏が何か言いたげにしていたのは薄々気付いていたが、今の状況ではまともに会話出来る自信がない。

 普段落ち着いているからこそ、こういう時に平静を保てない。焦りや恐怖が、自らの内ではっきりと感じる。


「まだ消えてないか…。我ながら情けねぇな……。」


手が震えている。背中を伝う冷や汗。


(あいつに非はない。全部俺のミスだ…)


一夏に顔について指摘され、思い出してしまった。芥が今の様になってしまった原因の1つである、思い出したくもない過去を。

 「悪夢でも見そうだな」なんてことを呟き、それでも、今日の出来事を忘れようとベッドに潜る芥。


 だが、その時―


「…獅堂さん。…少し、お話してもいいですか?」


部屋のノック音とともに、一夏の声が聞こえてきた。

 本来なら、話したくは無い。―だが、彼女が心配してくれていることはわかるし、先程から一夏が話しかけようとしていたことを感じていたこともあり、断ることは出来なかった。


「…今行く」


自室に招くのは些か気が引ける。…それに、まだ彼女には()()を知られたくはない。


 リビングにあるソファで、2人並んで座る。お互い、他人に対する警戒心が強い故にお互い、ソファの端に座っている。


「まずは、謝らせてください。…貴方に、辛い過去を思い出させてごめんなさい」

「…え?」

「貴方ほどでは無いですが、私も人を観察してますから。貴方がどう感じたか、くらいなら分かります」

「…どうして、過去に何かあったと考えた?」

「勘、と言えばそうですね。少なくとも、高校では何かあったように見えませんでしたから」

「……どの道、お前が謝るようなことじゃない」

「それでも、です。貴方の言葉を借りるなら、自己満足です。故意ではないにしても、私は貴方に不快な気持ちを思い出させてしまった。それに対して謝らないと、私の気がすまないのです」

「…そうか。わざわざありがとうな」

「いえ。それで…大丈夫ですか?」

「…ああ」


だが、その声はどこか弱々しかった。未だに腕が震えているし、恐怖とも寂しさとも言えるような、言葉では表せない感情が渦巻いている。


「…1つ、提案してもいいでしょうか」

「なんだ?」

「今、私達は最低限の干渉以外、まともに会話すらしていません。それは獅堂さんが私を気遣ってのことだということは理解していますし、貴方が他者とのコミュニケーションが苦手なのもわかっています。……それらをしっかりと把握した上で、……私は貴方と会話をしたい」


 思いもよらぬ提案に、一夏とのやり取りで初めて、芥が困惑することとなった。

 今まで他者との会話を避けてきたのは一夏であって、その彼女がこんな提案をするとは思いもよらなかった。


「…それは、俺を気遣っての提案か?この前も言ったが…、九鬼は人とのコミュニケーションが嫌いだろ」

「ええそうですね。他人との会話は、極力したくありません。詳しくは語りませんが、私は他人に対して、どうしようもない僅かな嫌悪感があるのです」

「ならどうして―」

「貴方には、その嫌悪感を感じない。…似た者同士だからでしょうかね。獅堂さんとの会話には、嫌悪感だけじゃなくて、疲労や怖さも感じないのです」

「…理由になってなくないか?」

「私だって寂しい訳じゃないんですよ。家にいた頃は、唯一私が心置きなく話せる相手がいたのですが、知っての通り、私は追い出されましたから。」


 微笑を浮かべながらそう告げる一夏。だが、その目は笑っていなかった。悲しみ、寂しさ、そして僅かな―怒りが、感じられた。


「それ以降、私は1人ですから。勿論、獅堂さんには感謝してますし、先程も言ったように、私の直感と経験から、貴方は信頼出来るとおもっていますけども、私達はお互いを知らなすぎる」

「…」

「私は貴方を知りたい。私と似た者同士だからこそ、興味があるのです。…それに、あの時のように、私の、なんて事ない会話や、相手の返答を聞けないのは……寂しいです」

「………そうか」


 一夏との会話―というより、彼女の願いを聞いていて、ふと気付いた。


(最低限の干渉しかしない、と言い出したのは俺か。確かに、九鬼は別に何も言ってない。てっきりそれで良いかと思っていたが、一日中決まりきったような会話しかしてなかったら、そりゃ寂しくもなるか)


 彼女の願いを聞いていて、芥もだいぶ落ち着いてきた。今は一夏の願いについて、応えるべきだ。


「九鬼が良いなら、俺は別に構わないさ。九鬼は割とリビングとかにいることが多いみたいだし、俺もそれに合わせるよ。どうせ部屋にいても、結局は繰り返し予習してるだけだからな。」

「無理にとは―」

「言っただろ。この生活の発端は俺の自己満足。あの時から、俺は九鬼に協力すると決めた。―それに、無理をしてるのはお前の方じゃないのか?」


 見れば、一夏の体も僅かに震えていた。先程はああ言っていたが、やはり他人と話すことを嫌っている彼女にとっては、この状況が酷じゃない筈がない。

 それでも、一夏は芥のことも思って提案してきたのだ。断るのは失礼極まりない。


「き、緊張してるだけですっ」

「無理してるのは変わりないだろうに。まぁ、繰り返すが俺は、お前が良いなら全然構わないさ。今回の件も、俺が九鬼に何も明かしてないからこそ生まれた問題だしな。…今回のは俺の身勝手だったが」

「言いたくないことなんて、いっぱいありますから。それに、これだけ協力してもらっておいて言うのも何ですが、結局は私と貴方は家族でも何でもない、只の他人なんです。自分の嫌な過去を明かす勇気は、私にもありませんよ」


 その言葉で、芥もどこか安心出来た。同じような考えを持つ人間が近くにいるというのは、自分が思っているよりも良いことなのかもしれない。


(こんな体験、初めてだよ)

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