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贖罪の恋  作者: Zeno
第1章 始まりは、ここから
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04 素顔

 芥と一夏の同棲生活が始まって数日。未だぎこちないところはあるものの、一夏もこの生活に慣れてきたようだ。

 何があったかは分からないが、あのような表情を浮かべていたからには相当の事があったらしく、一夏はしばらく学校を休んでいる。


(九鬼には悪いが、そのお陰で今のところ問題が生じてないんだけど。でも、いつまでも休む訳にはいかないよな…)


万が一にも、芥の家から一夏が登校する際を目撃された際には、大騒ぎどころの話では無い。「考えとかいとな」といい、芥は自身の身支度を整え、家を出る。


「あ、獅堂さん…」

「ん?」


 たまたま、芥が出かける際を見かけたのだろう。珍しく、一夏が話しかけてきた。


「その…ええと、」

「どうした?」

「…行ってらっしゃい」


それだけ言うと、一夏はすぐにリビングに戻って行った。


「…おう」



 やはりと言うべきか、天女様―一夏が数日も休んでいることは、生徒の間で話題となっていた。


「九鬼さん、どうしたんだろう…」

「風邪でも引いたのかな?」

「あの笑顔がないのに、学校に来る理由なんて…」


その様子を遠くから見ていた芥と遥真。


「九鬼が少し休んだだけで、この影響力…。天女様、侮るべからず」

「別に侮っちゃいねぇよ。文武両道で容姿端麗。高スペックなのは認めざるを得ない。俺は、興味がないだけだ」

「にしては、九鬼の話題に聞き耳立ててたみたいじゃねーか?」


当然だが、一夏との関係性は遥真にも秘めている。信用しているし、彼が誰かに話す―なんてことは万が一にもないだろうが、一夏がそれを望んでいない。芥自身、あまり話す気にはなれていないので、それでいいだろう。


「そういうわけじゃねぇ。…まぁ、あいつが何日も休むなんて珍しいからな。話題にしたくなるのも分かるが」

「話題にしてどうすんだ、って思ってるのが丸見えだぞ」

「実際そうだろうがよ。いくら話題にしようが九鬼が来る訳じゃないんだし、寧ろ、確証のない噂が流れても九鬼に迷惑がかかるだけだ」

「まぁ、たしかになぁ。休み明けに質問攻めされてる九鬼の未来が見える」

「…人気がありすぎる、ってのも考えものだな」


 そんなことを話しつつ、1日の授業が始まる。九鬼がいようがいなかろうが、学校は普通にあるし、授業も普通に進む。

 だがやはり一夏のいない教室は、いつもよりどこか、静かであった。



 その日も、特になんら変わったことはなく(一夏が居ないこと以外)、学校を終えた芥はすぐさま帰路に着く。前までなら、放課後に自習でもしていたのだが、一夏が料理を作るとなると、時間が読めない。

 彼女を待たせる訳にもいかないし、勉強は別に家でもできる。それに、一夏の料理をこっそりと楽しみにしている芥もいた。



「あ…、おかえりなさい」

「おう、ただいま。この時間にリビングにいるなんて珍しい。どうかしたのか?」

「いえ…、今日の料理が、少し手間がかかるので早めに作り始めただけです。大丈夫ですよ」

「そんな大層なもの、作らなくても…。まぁ、お前が食べたいのなら良いんだが、俺に気を使う必要はないからな?」

「ええ、それは何度も言われましたから。私が作りたいから作ってるだけです」

「なら良い」

「それで…暫く時間がかかりそうなので、今日は獅堂さんが先にお風呂に入ってください。いつもは私が気にするだろうと思って後に入っているのでしょうが、大丈夫ですから」

「それは良いが…」

「無理はしてませんよ?」

「…わかった」


 これ以上は譲り合いの平行線になる、と考えた芥は素直に彼女の提案を呑んだ。


(風呂、張り替えとくか)


 大丈夫、と言われても芥自身が気になる。いくら綺麗にしようが、他人の、男が入ったあとの湯というのは気になるものだろう。芥が後の場合は、彼自身淡白なこともあり、世の男子が抱えるような煩悩は生まれないのだが。


 風呂から上がり、私服へと着替えた後、リビングに向かう芥。しかし、それが失敗だった。


「風呂上がった。また飯が出来たら呼んでくれ。」

「ええ、わかりまし―」


キッチンに向かっていた一夏がこちらを向いた瞬間、彼女の動きが止まる。


「どうした?」

「…いえ、その……獅堂さんの顔、初めて見て、動揺したというか…」

(あ…)


 同じ家に住んでいても、一夏には未だ、顔の全体を見せたことは無かった。常に髪で隠し、見えないようにしている。

 いつもは一夏が先に入り、そのまま夕食となることが多く、その後は一夏も割とすぐに自室に戻る。その後に風呂に入る関係上、今まで湯上りの姿は見られてこなかったのだが、今日はルーティーンがいつもと違うために、完全に油断していた。


(やっちまった)


あからさまに動揺している一夏。傍から見れば落ち着いている芥ですら、内心焦っている。


「…獅堂さんて、結構、整ってらっしゃるんですね……」

「…絶賛の美女に言われても困る」

「え…!?」

「なんだ、褒められ慣れてるかと思ったんだが」


一瞬にして顔を真っ赤に染め上げる一夏。これだけの美貌なのだ。これくらいの褒め言葉など、言われ慣れてると思ったのだが。


「ほ、褒められることは慣れてますが…、その、こうやって一体一で、しかも、見た事のなかった獅堂さんの、顔を見た後に言われると……」

「……悪かったな」

「あ、謝ることじゃ―」

「…人より整ってるってのは昔からある奴に言われ続けたから嫌にも自覚してたが、ここまで露骨な反応されるとはな………」


 中学の時から、顔については遥真に言われ続けてきている。中学時代は、顔については無頓着だったため、隠していなかったのだが。


「な、何故隠すのです?男たるもの、モテたいのは当然でしょうし、わ、私としても否定するようなことではないですよ?その…、今日はあまりにも予想外―というのも失礼ですが、それで驚きはしましたが」

「……顔なんて、表面上の評価でしかないさ」


その声は、先程とは全く違う声色だった。

 冷たく、そしてどこか怒りや悲しみと言ったような、僅かな感情がこもっているように聞こえた。


「お前のことだ。言いふらすなんてことはないと思うが、俺の顔については内緒にしておいてくれよ。ありえないと思うが、万が一にも注目されることは避けたい」

「え、ええ…」

「…お前を待ってる奴らはいっぱいいる。無理しろとは言わないが、早く顔を見せてやりな」


そう言い残し、芥は自室に戻って行った。


(あの時の、獅堂さんの顔…)



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