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贖罪の恋  作者: Zeno
第1章 始まりは、ここから
22/23

22 遭遇

 いつもの様に学校を終え、通学路を歩く芥。やたら注目を集めていたが、最近になってようやく落ち着いてきた印象だ。

 とは言え、今までに比べればまだまだ視線を感じるし、これが完全に元通りになることは恐らく無いだろう。日常生活において直接影響がないからまだ良いものの、それでも尚、少なからず視線を感じ続けるのは疲れるし気分も良いものでは無い。


 そんな風に、今日も疲れ気味に帰っていた時、ドッと誰かとぶつかった。


「あ、すいません」

「いや、こちらも不注意だった。怪我は無いかい?」

「ええ。そちらも大丈夫ですか」

「ああ、大丈夫だ。こちらこそすまなかったね」

「いえ、それでは」


軽く会釈をしつつ、その場を去る。

 相手は芥と同じくらいの身長の、少し小柄な男だった。見た目は30代ほどだが声色は優しく、どこか包容力のようなものを感じた。


 だが、それ以上に芥が気になったのは、その顔付きだ。見たた事のあるような顔付きで、瞳の色や髪色も覚えがある。観察眼の鋭い芥は、その違和感にすぐ気付いた。そして、誰に似ているのかも。


(だが、その理由が分からない。何故ここに…?)


 彼が本来いるべき場所は、ここではない。ここは芥の家の付近だ。彼が芥に用がある可能性は、ほぼ皆無だろう。


(今更連れ戻しに来たのか?…九鬼を)


彼の顔付き、瞳の色、髪色。全て、一夏と一致する。彼は、高い確率で彼女の親族だろう。父親かどうかは定かでは無いが、何かしら血縁関係であることは確かだ。

 もし、彼が芥に用があるとすればそれは、一夏が芥の家にいることを知り、彼女を連れ戻しに来た、ということになるのだろう。

 だが、芥も一夏も細心の注意を払って生活しており、一夏が芥の家に住んでいるというのを知る人間は当事者である二人以外に存在しない筈だ。どこからかバレた可能性も無きにしも非ずだが、人の気配に敏感な芥が気付けないとは考えにくい。


(たまたま、ということにしておきたいが…)


何か、嫌な予感がしていた。



 帰宅後、夕食の為に食卓についた芥と一夏。あの男について聞こうかと思ったが、一夏も家族の話題は極力避けている為、結局聞くことは止めた。


「…どうかしましたか?」

「ん…いや、ちょっと考え事」


一夏も又、芥同様に人の変化に敏感だ。人との付き合いが苦手な人間ならば、そうなるのは当然かもしれない。


「只事には見えませんでしたが…」

「…そんな風に見えたか?」

「ええまぁ。普段の貴方からしたら、明らかに上の空でしたし。獅堂さんがそういう風であること、滅多に無いですからね。というか、少なくとも私は今まで見た事が無かったです」

「いや、俺もそういうことはあるけどな。他人といる時は気をつけてるだけで」

「なら尚更でしょう。何があったのですか」

「いや、そんなに大したことないから」

「…まぁ、深くは言及しませんが」


一夏の疑いの視線を感じつつ、今日の夕食を頬張る。


 いくら居場所を提供しているとは言え、所詮は赤の他人。家族関係に口を出す理由も権利もないし、触れたくない話題にわざわざ触れることも無い。一夏自身から何かしらを求められたのなら応じるつもりではあるが、こちらから積極的に口を挟むつもりは無い。家族との関係が複雑な芥にとって一夏のことが心配なのは事実だが、それとこれとは別だ。

 だが、現状では一夏もまだ、家族の元に帰るつもりは無いようだし、仮にあの男性が一夏の居場所について尋ねるようなことがあれば誤魔化すつもりではある。それで非難されるのは芥だけであり、一夏には何の非もないのだから問題ないだろう。

 勿論そうなれば、日常とはおさらばになるだろうが、一夏を匿うと決めた時からそのリスクはあった。今更どうということは無い。


 他者からの冷笑には慣れている。



 翌日、下校中に彼を見かけることは無かった。芥としては何か予感がしていたのだが、杞憂だったのだろうか。


(まぁ、いないことには越したことはないが…)


念の為、周囲も確認するが彼の姿はない。たまたま居た、ということにしたいが、それにしても理由が見つからない。

 この辺りは住宅街だ。家々が隣接している訳では無いが、辺りには店舗や娯楽施設は無い。交通機関も近くには無く、この付近に住んでいる人間以外が訪れる理由は薄い。特に、一夏の家は全く違う場所だ。

 彼が一夏の血縁者であると確証がある訳では無いが、他人の空似と言うにはあまりにも似すぎている。本当に他人であるならばそれで良いのだが、流石にそれで済ませるのは無理がありそうだ。

 かと言って、一夏の関係者だとしてもここにいる理由があまり思いつかない。強いて言うのであれば、やはり一夏を連れ戻しに来た、のだろうが、彼女を公園で見かけてから既に数ヶ月経過している。

 彼女が心配ならもっと早く探しに来るだろうし、何より彼女は"追い出された"と言っていた。つまり、彼女があの日、あそこにいたのは家族が原因だ。荷物を丁寧にまとめてあったあたり、家族のうちの誰か一人によるものとは考えにくい。


 時間と場所を空けたことで考えが変わった、という可能性もあるが、今の一夏を見ている限り、彼女はまだ赦していないだろう。どちらが悪いなどとは言わないが、これは、度が過ぎている。あの時、芥が声を掛けなければどうなっていただろうな。

 年頃の女子、しかも校内で噂になるほどの美人。男が黙っているわけが無い。しかも、見ているからに彼女の手持ち金は、高校生として普通のレベル。普段通りに過ごせるわけもない。


(何かアテがあったのかも知れないが―それにしても、だ)


「…獅堂さん?」


 色々と考え立ち止まっていると、いつの間にか芥の家の付近まで帰ってきていた一夏に声をかけられた。


「…ん?」

「何をしてるのですか、こんなところで」

「いや、何でもない」

「何でもないなら、こんな場所で立ち止まらないでしょう」

「まぁ、そうだけど。九鬼には関係の無いことだから心配するな」


 そう言い、家の中に入っていく芥。続いて一夏も玄関に足を踏み入れる。


「……本当にそうなら、良いですが」


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