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贖罪の恋  作者: Zeno
第1章 始まりは、ここから
19/23

19 社交界

 ある日の夜―いや、夕方頃だろうか。芥はスーツに身を包み、豪華なホールの片隅に立っていた。


 今日は、衛藤家主催の社交界だ。先日、遥真から連絡が入り日程や時間、場所などを知らされた。

 当然一夏には伝えてある。まだ時間は早いものの、そう早く終わるものでもない。終わるのは少なくとも深夜、帰宅時間ともなれば日を跨ぐことだって有り得る。


「あ、いたいた」


 正式に招待状を貰っているとはいえ、あまり堂々と歩き回るのは芥の性格的にも好みでは無い。だからこそ、ホールの端で目立たぬようにしていた。

 そんな芥の元に駆けつけてきたのは、飛鳥だ。遥真の許嫁ということで参加している彼女だが、飛鳥自体は貴族の者ではない。


「なんでこんな端っこにいるの。招待されてるんだから、別に問題ないでしょ」

「目立ちたくないだけだ」

「まぁ、確かに学生とかはそんなにいないけど。それでも、他にもいるから別に大丈夫でしょ」

「逆に飛鳥は気にしなさすぎだ。よくそんな派手な服着られるな。さっきからめちゃくちゃ目立ってるぞ」


 飛鳥の服は、真紅のドレスだ。元々美人寄りの彼女だが、今宵はいつも以上に整えているからか、彼女の美しさに磨きがかかっている。

 だが、それはつまり周囲の視線をより集めるということだ。先程から飛鳥をチラチラと見ている人間が何人もいる。そして、そんな飛鳥と親しく接している芥にも注目が集まるのは、当然のことだった。


「そりゃ、衛藤家の将来の妻ですから。下手な格好は出来ないでしょ?」

「そりゃそうだけどさ。お前のせいで、俺まで目立ってるんだよな」

「そんなん、今更でしょ。そもそも遥真と仲良くしてたらどの道注目されるよ」

「…まぁ、そうだけど」


 今回の社交界の主催である衛藤家。その御曹司である遥真と接していれば、必ず注目が集まる。

 当の本人である遥真は、挨拶回りをしており、まだ芥とは話していない。そもそも、目立たないように開催時間直前に来た芥であるため、まだ気付かれていない可能性もある。


「芥が目立ちたくないのは知ってるけどさ。いつまでもそうしてる訳にはいかないっしょ。リレー選手にも選ばれちゃったわけだし」

「わーってるよ」


 遥真と同じく飛鳥も当然、芥の過去を知っている。目立ちたくないのは芥そもそもの性格もあるが、それ以上に過去の出来事のせいだ。それを知っているからこそ、飛鳥はあまり強く言えない。


 あの出来事は、遥真も飛鳥も、他人事ではないから。


「獅堂君」


 ふと、燕尾服の男性に声を掛けられる。


「……この度は招待頂き、ありがとうございます。…衛藤 雄三(ゆうぞう)さん」


 衛藤 雄三。衛藤家の現当主であり、遥真の父親だ。遥真を通してではあるものの、芥に招待状を送った張本人でもある。


「畏まらなくて良い。社交界と言えど、そこまでのものでは無いからな」

「流石に、衛藤家の当主にそのような態度は取れないでしょう」


 雄三は、飛鳥に目配せをする。それを理解した飛鳥はその場から離れ、挨拶回りをしている遥真の元へ向かっていった。


「…遥真と仲良くしてくれてありがとう。あいつは、どうにも社会でのマナーに疎くてな。君が、教えてくれたのだろう?」

「頼まれたのに、断る訳にはいきませんよ。それに、仲良くしてもらってるのは俺の方です。それより…、何故俺を?」

「遥真から聞いただろう」

「それは表面上でしょう。ここに居る他の家系の人間は、"獅堂 芥"が獅堂家の息子であることは知らない。つまり、獅堂家との繋がりを示すに値しない。今の俺は、獅堂家の息子としての立場では無いですから」

「……相変わらず、勘が鋭いな君は」


遥真から理由を聞いた時から、何か引っかかっていた。

 雄三も当然、芥の事情については知っているし、芥が獅堂家の息子としての立場を失っているのも理解している。確かに、獅堂家の人間であるという事実は変わりないが、社会的にはそうでないとされているし、他の人間は知らないことだ。

 「彼は獅堂家の息子です」などと紹介したところで、誰も信じないし、返って衛藤家の信用を落とすことにもなりかねない。

 

 総じて、衛藤家には何のメリットもないはずだ。


「たしかに、遥真に伝えた理由は嘘だ。君は確かに獅堂家の人間だが、それを知る人間はごく少ないし、ここにはいない。獅堂家との関係性を示すことは出来ない。…だが、君は貴族の人間であることに変わりは無い。それを蔑ろにする訳には、衛藤家当主としても出来ないのさ。それに、少しでも人が多い方が、今後にも役に立つ」

「…成程。当主として、貴族が知り合いにいるのに無視は出来ない、と」

「それ以上に…、遥真のためだ。あいつは、将来私の跡を継ぐ。勿論、無理強いするつもりは無いが、遥真自身は納得しているようなのでな。早く、こういった環境に慣れさせたい。そのうえで、友人である君がいるのは、あいつ的にも心強いだろうと思ってな。……君が、こういったことが嫌いなのは勿論知っている。その上で、私の都合で呼び出してしまったことは詫びよう。君のことだ。私の招待状ともなれば断ることなど考えもしなかっただろう。だが、今後は断って貰っても構わない。…君が、どれほどのことを抱えているかは、私なりではあるものの理解している」

「……別に構いませんよ。遥真にも言いましたが、ここは衛藤家の領域。"あいつら"が介入してくることはまず無い。俺が嫌いなのは、あいつらのような人間がいることであって、衛藤家との関係を持つ人間に、そう言った者はいないでしょう。それに…、遥真の為ともなれば尚更です」

「………そうか。感謝する」


 友として、この程度の協力は、芥にとってはなんてことない事だ。それに、衛藤家は獅堂家と違う。本来なら、恐れることも嫌うこともないのだ。


「それに、俺にとっても良い経験になりますから。あの頃はろくに出たことも無かったんで、良い機会です」

「うむ、そうか。…これからも、息子をよろしく頼む」

「ええ。恩は返しますよ」

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