第6章:魔術師となった悪魔
-「つまり……君は悪魔で、リョウの魂が君の中に宿っているってことね……」
叔母のサヨリにすべてを打ち明けた。彼女は驚くほど落ち着いている。
「混乱するけど、正直何と言えばいいか分からないわ」
-「うん。たぶん、他の魔術師や悪魔が僕を狙ってくると思う。でも、どうすればいいのか分からない。もしまた悪魔が来たら、君を危険に巻き込んでしまうかもしれない」
そんなこと、絶対に望んでいない。でも、彼女は僕を手放したくないようだ。
-「じゃあ、引っ越しましょう…」
-「それで解決するとは思えないな。時間稼ぎにはなるかもしれないけど…」
-「……」
サヨリは深く考え込んでいる。すべてを整理するにはまだ時間がかかりそうだ。けれどそれ以上に、何とか解決策を探そうとしている気がする。
-「魔術師たちと話ができればいいんだけど……でも、あの男みたいな人ばかりだったら、きっと聞いてくれないよ……あれ?」
金属音が僕の思考を中断させた。
-「このカンガルーバッグ、本当に便利ね……」
叔母がカンガルーバッグを振ると、中から数十本のクナイとお札が出てきた。
「でもこれは没収するわね」
そう言って、彼女は武器を手に取った。何も言わなかったけど、あんな小さなバッグにこれだけの物が入るのは驚きだ。
-「う、うん……」
マリーみたいな魔術師が他にもいればよかったのに。でも……もし彼女が何か教えてくれていたなら、今も一緒にいられたかもしれない。
後悔しても遅い。
-「もしかして……はあ、悔しいな。リョウのために私にできることが、何もないなんて……」
……私のリョウ?今、なんて?
何か言いたかったけど、やめておいた。
-「次は、戦う前にまず話してみるわ。理性的な相手がいればいいんだけどね」
そして……次は悪魔じゃないことを願う。
「……」
そういえば、大学で僕を助けてくれたあの男は誰だったんだろう?
またどこかで会えたらいいな。
-「数日前に警察と話をしたのよ……」
-「え?」
-「あのアーティファクトを見せてもらえることになったの。何か役に立つかもしれないわ」
……サヨリは本当にすごい人だ。こんな状況でも冷静で、僕を助けるために動いてくれている。
-「そっか、すごいな……いつ行ける?」
-「いつでも行けると思うけど……明日がいいんじゃない?」
今度は少し心配そうな顔をしている。
でも、あの男の能力を吸収して以来、僕は以前よりも人の感情に敏感になった。
-「悪い予感でもするの?まあ……普通かもね」
-「……」
サヨリは答えなかった。
「とりあえず、朝ごはんを何か作るわ。お腹空いてるでしょ?」
-「うん、ありがとう……」
くそ、全部片付けるのは僕か……
「はあ……」
叔母の言った通り、翌朝、大学近くの警察署へ向かった。
今、警官が中に案内してくれるのを待っている。
足音が近づいてくるのが聞こえた。見上げると、その人物に気づき、立ち上がった。
-「カタムラ警部、お久しぶりです……」
相変わらず愛想のない態度だ。まあ、何か理由があるのだろう。
-「ヒト君。君の叔母さんから数日前に連絡があった。どうやら例のアーティファクトについて何か分かったようだな…」
-「いえ、実はまだです。でも、直接触れてみないと分からないと思いまして……」
-「そうか……」
やる気のない声で答えた。
「こちらへどうぞ……」
何も言わず、僕は彼の後ろについて行った。警察署の奥へと進む。
「そこにある。くれぐれも変な真似はするなよ……」
-「……」
変な真似、って……。
要するに、密室で爆弾かもしれないものと二人きりになるってことか。
警部は部屋のドアを閉め、防弾ガラス越しにこちらを監視している。
……実験動物になった気分だ。
無視して、アーティファクトの反応を見ることにした。
手に取ってみる。
記憶通り、それは完璧に研磨されたピラミッド型で、ボタンなどの仕掛けも見当たらない。
生命エネルギーを注いでみるべきかもしれないが、それは僕の力の存在をバラすことになる。
……いや、光がアーティファクトから出たって言えばいいか?
-「……」
賭けてみよう。信じてもらえるといいが……。
手に生命エネルギーを集めると、アーティファクトが反応した。
3軸に開いて、上に何かを投影し始めた。
机の上に置き、天井を見上げる。
-「これは……地図?」
赤く彩られたホログラムの地図が浮かび上がっている。
赤い点が点滅していて、さらに遠くに緑の光もある。
すぐに地図上の場所を特定できた。
緑の光は現在位置、つまりこの警察署で、赤い光は富士山の北東辺りを指している。
……手がかりにはなるが、これだけじゃ意味が分からない。
-「……?」
シャッター音とまぶしい白い閃光が僕の注意を引いた。
カタムラ警部が地図の写真を撮ったようだ。
僕も自分のスマホを取り出し、同じように撮影した。
何も言われなかったので、大丈夫だろう。
-「で、どうなんだ?」
警部が尋ねた。
-「分かりません。こんなもの、初めて見ましたから」
まるでSF作品の中に出てきそうだ。
-「何をしたんだ?」
やっぱり聞いてきた。
警察はこのアーティファクトを徹底的に調べたはずだ。
そんな中、事件に関わっていた僕が、簡単に起動させてしまったわけだから、不審に思うのも当然か。
-「え…ええっと、正直よく分かりません。ただ、なんとなく電気が走ったような感覚で……」
カタムラ警部の顔は納得していない。
-「そうか……」
それ以上何も聞かれなかったが、疑いの目は隠しきれていなかった。
-「……」
このことは叔母のサヨリに報告しよう。
でも、今日は仕事だから……あとで話そう。
特に他にすることもなく、警察署を後にして家に戻った。
自分の部屋で、あらためて投影された地図の画像を見直す。
このアーティファクトはきっとマリーの物だ。
彼女も悪魔狩りをしていたなら、地図が示す場所で何かが起きているということだろう。
しかし……富士山までは新幹線で4時間以上、普通列車を使えば5〜6時間はかかる。
でも、何が待っているか分からないまま向かうのは軽率だ。
……とはいえ、何もせずにじっとしているのも嫌だ。
あの男のカンガルーバッグを見つめながら思う。
マリーは確かに悪魔狩人だった。けれど、強力な悪魔との戦いで命を落とした。
そして、あの男――彼も仕事をしていただけだ。責めるつもりはない。
だが、このまま悪魔狩人が次々と僕のもとへやってきて、そして死んでいくようなことになれば……
人間側の防衛力はどんどん削られていく。
-「……」
長い溜め息が出た。
考えたって無駄だ。
正直、僕には戦闘の経験がない。ただ、生き延びたのは本能――悪魔のDNAによるものだ。
それに今は、あの男のスキルと経験も持っている。
マリーのも、おそらく。
ただし、フラッシュバックを見た後でないと使えないようだけど……。
結局、行くしかない。
少しだけど、一人暮らししていた頃の貯金もあるし。
まだ完全に回復したわけじゃないけど、調べるだけなら何とかなるはずだ。
リビングのテーブルにメモを置いた。
うまくいけば、明日か明後日には帰ってくるつもりだ。
叔母さんは心配するだろうけど、大丈夫。
僕はただ、様子を見に行くだけだ。
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-「浜松行きの列車にご乗車の方は、まもなく発車いたします…」
-「……」
結局、無計画のまま来てしまった。
-「別に難しくない。切符を買って、調査しに行くだけさ…」
でも、まだ体は完全には治っていない。
戦わずに済むといいけど。
-「富士山までの切符を一枚お願いします…」
……なるほど、直通はないらしい。
まず浜松まで行って、それから三島に移動。
そこからローカル線に乗って富士山の近くまで行くらしい。
面倒だけど、行くしかない。
列車を待ち、乗り込んだ。
思ったよりも切符代が高かったけど、帰りの分はまだ十分に残っている。
-「……」
一人になると、つい余計なことを考えてしまう。
過去の後悔や、「あの時こうしていれば…」という妄想。
意味がないって分かっていても、止まらない。
-「はあ……」
それに、孤独って本当に時間を遅く感じさせる。
いつも一人だったけど、家で一人でいるのと、旅先で一人なのとでは全然違う。
-「……」
くそっ、まだ20分しか経ってないのか。
しかも充電器忘れたからスマホ使えないし……
-「つまらない。寝よう…」
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-「次の停車駅は四日市です。お荷物の確認をお願いいたします……」
……え、まだ全行程の4分の1も進んでない。
寝ようとしたけど、まだ1時間しか経ってないし、もう目が覚めてしまった。
-「ママ……?」
ん?遠くに10歳くらいの女の子が立っている。
どうやら迷子のようで、今にも泣き出しそうだ。
-「ねえ、大丈夫?迷子になったの?」
そっと声をかける。
-「う…うん。でもママが、知らない人に話しかけちゃダメって言ってた…」
-「話しかけるってことだよね? うん、それは正しい。
世の中、いい人ばかりじゃないからね。
でも、ママはどこに行ったの?」
周囲を見回すふりをして聞く。
-「うーん……トイレに行って、戻ろうとしたら迷っちゃって……後ろから来たか前だったか、もうわかんなくなっちゃった…」
ドジだけど、まあ、子どもらしくて可愛い。
-「君が通るのを見てなかったから、きっと戻る方向を間違えたんだろうね。
じゃあ、来た道を戻ってみようか?」
少女はこくんと頷いた。
-「初めまして、僕はリョウだよ」
-「うーん、私はシカっていうの」
-「シカ?鹿?君、シカなの?」
-「違うよ、シカじゃなくて“シカ”!
“志”の“シ”に、“鹿”の“カ”!
強い心を持った鹿って意味なんだよ!」
ほっぺを膨らませて怒る姿がなんとも可愛い。
-「ははは、なるほどね」
からかっただけだけど、ちゃんと元気になってきたみたいだ。
-「それじゃ、お母さんを探しに行こうか」
-「はい、リョウおじさん!」
-「おじさん!?僕まだ18歳なんだけどな……」
-「えへへ…」
まあいい、10歳の子と口論してもしょうがない。
思った通り、シカは来た方向とは逆に進んでいた。
母親を見つけた瞬間、彼女は駆け寄っていった。
遠くから、母親が深く頭を下げてくれた。
その後、自分の席に戻って座り込む。
……悪くないな。
魔術師とか悪魔とか、物騒なことばかり起きてるけど……
未来ある笑顔を守るっていうのは、悪くない。
まあ、なんていうか……子ども、特に女の子には弱いな僕……
って、やば、それじゃまるでロリコンみたいじゃん……!
その後の旅はひたすら長く感じた。
やることがなく、空想ばかりしていた。
まだ見ぬ土地を頭に描いたり……
そこで悪魔狩人に出会って対話するシナリオや、戦闘になるけど仲間になる展開など――
何パターンも想像した。
でも、なぜか本当に起こることだけは、どれだけ考えても見えてこなかった。
それが、逆に不安だ――
僕が向かっている“理由”は、想像の遥か外にあるのかもしれない。