第5章:魔術師と悪魔
あれから三日が経った。叔母と話してから、日常はまったく変わっていない。あの映像がいまだにバズっていて、外に散歩に出られないだけだ。
部屋はもう掃除し終えたし、そろそろ何か違うことをしよう。マスクとジャケットで顔を隠し、バス停へ向かって大学行きのバスに乗った。しばらく前から戻りたいと思っていたし、確かめたいこともあったからだ。
すぐに到着したが、人がいないと思っていた。大学からは授業がないと聞いていたのに、掲示板を見て理由が分かった。――夏期講習か。ちっ、何で思いつかなかったんだ?単位を先に取るチャンスだったのに。
まあ、今回の目的はそれじゃない。あの日、あの出来事が起こった場所へ向かった。今では綺麗に修復されていて、特に変わった様子はない。何も期待していなかったはずなのに、どこかがっかりしている自分がいる。
ベンチに腰を下ろし、周囲を観察するも、特に異常はない。その後、大学の外へ出て、近くの公園へ向かう。やることもなく、またベンチに腰を下ろした。けれど、人が一人もいないのが妙に感じられた。
――「!?」
とっさに横へ跳び避ける。何かの護符がついたクナイがベンチに突き刺さっていた。すぐにそれは爆発し、ベンチは瓦礫と化した。
「おぉ、悪魔にしてはなかなかの反応速度だな…」
振り返ると、35〜40歳くらいの男性が立っていた。スポーツウェアを着て、ポーチのようなものにクナイを収めている。そこからさらに三本のクナイを取り出す。
「なあ、そのポーチってどこで買える?」
サイズ以上にたくさんの武器が入ってるのを見て、思わず聞いてしまった。
「家の秘伝だから売れないな…」
「てか、さっきの攻撃さ、狙いがずれてるよ。ベンチごと吹き飛ばすとか危ないだろ」
この人、話してる分には悪くなさそうだ。…殺そうとしてくる点を除けば。
「気をつけるさ」
なんか憎めないタイプかもしれない。
「よろしく、オジサン。俺はリョウっていうんだ。名前、聞いてもいい?」
「よろしくなリョウ。だが俺の名は、お前が俺を倒せた時に教えてやろう」
そう言うや否や、クナイを二本投げてきた。ギリギリで避けると、もう目の前にその男がいた。とっさに腕を交差してガード、拳を受け止めるも、腕に痺れが走る。
「不公平だよ、こっちは戦い方も知らないんだぜ?……あんたも悪魔か?」
その言葉に、男の動きが止まる。
「“も”とはどういう意味だ?」
「いや、だって最近、凶悪な悪魔が暴れてたじゃん?何十人も殺したって聞いたけど、なんでそいつじゃなくて俺を狙うかなーって」
「ハッ!俺の攻撃を三度も避けた癖によく言う」
「本能で動いただけだし…」
言ってるそばからまたクナイが飛んでくる。爆発と共に意識が一瞬だけ遠のくが、不思議なことに、透明なバリアのようなものが身を守ってくれた。
「なんでその護符が爆発するんだよ…」
「本当に戦い方を知らないのか?」
「これ?どっから出てきたかすら分からない…」
手を振りながら言った。
「まだとぼけるつもりか、汚らわしい悪魔め」
「ちょ、マジで信じてよ!」
このやり取りからして、彼が話を聞くつもりはないのが分かる。彼の殺意は確かに本物だ。
「どれだけ耐えられるか見せてもらおうか…」
「引き分けってことで終わりにしない?数ヶ月後にリベンジでも何でもしてくれていいし…」
男は答えずに再び仕掛けてきた。俺はなんとかその斬撃を回避したが、彼は空中に護符を残し、それがまた爆発を起こす。しかし再び、俺の周囲にバリアが現れて守ってくれた。
――まずい、今じゃない、こんな時に回想なんて…
「大きくなったら、世界一の魔術師になるの」
「すごいな。俺にも教えてくれてるけど、“生命エネルギー”ってやつ、まだ全然理解できないよ」
「普通のことだよ。ママが小さい頃からずっと鍛えてくれてるから、そんな簡単には学べないって」
「でも、どうしてそこまで強くなりたいの?」
「この世界をあの汚い悪魔たちから守るの。あいつらは害悪なの。絶対に殺す…」
――「……っ!」
いつの間にか、相手の男が吹っ飛んで木に激突していた。
「くそっ、お前の一撃、マジで効くな…」
「えっ、強い?」
俺の構えを見れば、明らかに俺が殴ったということになる。でも、自分でも驚いてる。しかも彼にはほとんどダメージがない。
「やっと抵抗する気になったか…」
男は再び近づいてくる。
「自分の能力を使わないつもりか?」
「どうせ、悪魔狩りには通じないんでしょ?」
その言葉に、男は少し驚いたような表情を見せ、深いため息をついた。
「能力を使わない悪魔なんて見たことがない。正直、少し混乱しているが…確かにお前は悪魔だ。だから見逃すわけにはいかない。しかし…賢い奴だな」
「はは、何のこと? ここ二年間、自分が悪魔かもって疑ってたけど、能力なんて使ったことないよ」
――少なくとも自覚的には、だが。
「冗談だろ?宿主の魂を喰えば、すぐにわかるはずじゃないか」
“魂を喰う”? それ初耳だぞ…。自分のことがどんどん分からなくなる。
「何も知らないんだ、本当に。悪魔になってからの記憶しかないし…それより、そろそろ戦いをやめて普通に話さない?」
「悪いが、それは無理だ。お前は“悪魔”だということを忘れるな」
「それって、悪魔差別じゃん?」
「俺のナイフはそうは思わん」
再びクナイを投げてくる。なんとかかわしたが、クナイは軌道を変えて俺を追ってくる。とっさに光のバリアを展開し、後方へ跳躍。案の定、護符が爆発し、バリアが壊れる。
「ところでさ、あんたは“魔術師”だろ?お前の技はどうなってるんだ?」
男は距離を詰め、連続で斬撃を繰り出してきた。俺は直感だけでそれを避け、一瞬の隙をついて男の腕を掴み、投げ飛ばした。彼は軽やかに着地する。
「俺の術は、悪魔の能力にしか効かないんだよ」
どこか悔しそうにそう言った。
「ははっ、俺たち、もう完全に膠着状態じゃないか?」
「……そうだな、だがその笑いがムカつく。それに、お前がひたすら避け続けてるのも腹立たしい。じゃあ、少し本気出すか」
そう言って彼は光のような刀を出現させた。
「これは悪魔特有の能力かもしれないけど…戦闘経験なんて皆無なんだよ。前に殺されかけたときなんて、腹を裂かれたし。でも、あの時の相手の方がずっと速かった…」
「つまり、俺が遅いってことか?」
男は猛然と切りかかってくる。回避はできたが、その一撃一撃が速くなっている。ギリギリでついていけてるレベルだ。
「いや、ただ…あの悪魔は本当に強かっただけさ…」
俺は何度か跳躍して距離を取った。だが男は驚いた様子。俺も自分の胸元を見る。光の筋が三本、まるで切られたように走っている。痛みはないが、確かに切られていた。
「お前は…本来なら死んでいるはずだ」
「そう…なのか…」
自分でも言葉が出ない。触れてみても何も感じない。そして少しすると、その光の切り傷は消えた。
「二年間この世界に潜んでいたというが、何をしていた?」
男は警戒を緩めない。
「人間として暮らしてた。自分が悪魔だと知ったのも最近でさ。宿主の魂をどうしたかも知らなかった。でも…なんだか申し訳ない気がする」
「いや…どうやら魂は喰ってないようだ。少年の魂はまだお前の中に残っている」
――え?それって…良いことなのか?本当によく分からないけど、少なくとも“本物のリョウ”が完全に消えていないのなら、少しホッとする。
「それが逆に、お前を殺す理由になる」
「ま、待ってくれ、そしたら彼も死んじゃうんじゃ…」
「俺には彼を蘇らせる術がある。だが、お前の命だけは終わらせねばならん」
男は刀を消し、再びクナイで攻撃してくる。回避したが、相変わらず誘導してくる。彼の殺意はまったく薄れていない。
――でも、マリーも悪魔狩りだったよな。それでもなぜ俺を殺さなかった?彼女が俺――というか、本物のリョウの幼馴染だったから?今はもう彼女は死んでるけど、改めてその死が重くのしかかる。
「ごめん、でも俺は死ねない。死んだら、叔母さんが悲しむから…けど、あんたがそうするしかないなら、俺だって…!」
俺は、隙を見て反撃するしかない。戦闘経験はゼロだけど、本能だけは俺を生かし続けてくれている。
男が突進してきた。俺は反撃の拳を繰り出すが、彼は熟練者だ。素早く俺の腕を取って、関節を極めてきた。彼のナイフが俺の心臓を狙ってくる。
俺は右手をかざして受け止め、光のバリアを展開。二人は吹き飛ばされた。
マリーの力を初めて使ったときと同じ方法で、手が再生していく。これほどの力を持っていたマリーが、どうして死んだのか。俺なんかよりずっと経験豊富だったはずなのに。
「……」
男の表情は変わらない。でも、手を動かした瞬間、俺は走り出した。彼は9mmのリボルバーを取り出して撃ってきた。俺は木の陰に隠れた。
「お前の直感は本当に厄介だ…」
「ありがと、あんたも凄いよ、悪魔狩りってやつ…」
でも今の状況は最悪だ。どうする?
「厄介なヤツだな…」
「くそっ!」
左右にクナイが飛んできた。三重のバリアを張ったが、二枚は破られた。辛うじて耐えるも、再び爆発クナイが飛んできた。
俺は横に跳んで回避、だがすぐに銃撃。弾は俺の脚に命中。痛みはあるが、再生能力で回復させ、弾も体から押し出されていく。
くそ、追い詰められてる。俺は再び走り出した。弾は続くが、リロードの瞬間が訪れた。
「出てこいよ、汚い悪魔が…!」
殺される?冗談じゃない。
その瞬間を狙って接近した。男はリロードを終えていたが、俺はバリアを展開し、目の前で破壊されるのを確認。その一瞬の隙に蹴りを放った。蹴りは止められたが、組み付き、銃を弾き落とした。拾い上げ、クナイをギリギリで回避。
「……」
俺は引き金を引いた。銃弾は彼の額を貫通し、男は倒れた。
「名前、聞けなかったな……え?」
彼の光が徐々に薄れていく。――光の強さは寿命と関係してる?
俺が近づくと、彼はマリーの時と同じく、塵となって消えた。だが今回は、その塵が俺の体に入ってこなかった。
「なんだこれ……」
銃をしまい、自分の手を見た。人を殺した――たとえ正当防衛でも。なのに、罪悪感がない。感情が薄れてる…これが“悪魔である”ということか。
ただ、あの男の記憶と能力の一部が自分の中に流れ込んできた。――これは、彼の能力?
「ママー、あの人、何してるのー?」
「見ちゃだめよ、行きましょ…」
――急に人が増えた。あの男は、いくつもの護符で空間を隔離していたのか。
それに、あの“光の刀”は悪魔の本質的な邪悪さによって威力が増すという。だから彼は驚いていたのか。俺は“悪魔”なのに、邪悪さがなかったから。
男のポーチを回収して、大学の横のバス通りへ。バスに乗り込んだ。
マリーや彼と戦ったことで、俺は彼らの“本質”を取り込んだ。だが、マリーの記憶はなかった。あの男が言ってた通りだ。
「ううっ……」
くそ、身体がボロボロだ。まだ全快じゃない。バスを降り、家に戻る。叔母さんはいなかった。
部屋に入って、即ベッドへダイブ。身体中が痛い。三つのマラソンを走り切ったような疲労感。
そうか、今日は一日中“死なないように”全力で動いてたんだ。アドレナリンのせいで気づかなかったけど、まだ全然回復してなかった。
起きたら、改めて今日のことを整理しよう――。
昨日は更新できず、申し訳ありませんでした。そのため、本日は二章を投稿いたしました。
もちろん、今後は通常のスケジュールで投稿を続けていきます。
私の国では毎週月曜日の夜10時に投稿しますが、日本ではその時間、すでに火曜日のお昼になっていますね :')