第4章:見知らぬ存在のきらめき
数週間があっという間に過ぎた。回復はゆっくりだったが、今では普通に歩けるようになった。公園に出て散歩したり、木陰で休んだりする日々を過ごしている。この数日はずっと穏やかだった。警察も再び訪ねてくることはなく、叔母もいつも通り働いている。
今学期は多くの学科で延期されたため、文字通りやることが何もない。だが最近、どうかしている。目の錯覚か、あるいは頭がおかしくなったのか、光があちこちに見えるようになった。光源も閃光もないのに、あらゆる生き物から小さな光が放たれているように見える。おそらく、医者に診てもらうべきだろう。
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「もう無理!どうしてそんなに速いの!?」 「何か問題でも?女だからって私のほうが弱いと思った?ふふふ、あんたなんか私の足元にも及ばないわよ!」 「え?いや、そんなこと言ってないし!」 「言い訳〜!“大魔女マリー”に敵う者などいないのよ!」 「だから何も――」 「マリー様の力を讃えなさい!」
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……は? 今のは……なんだった?フラッシュバック? しかも、マリーと一緒にいるのは僕……なのに、感覚や記憶はマリーのものだった。
いや、それよりも――彼女の手が光ってた! いったい、なんなんだ!? 最近のこともあって混乱している。マリーは手をもんで、それから――
「……!?」
くっそ、こんな公園のど真ん中でやるんじゃなかった……!
「くそっ、やべ……っ!」
どうやって止めるんだ、これ!?
慌てて家に向かって走り出した――と言っても、まだ完全に回復していないから、途中で息が上がってしまった。なんとか家にたどり着いた頃には、もう手は元通りだった。光も消え、むしろ肌が若返ったように見える。
「ただいま……」
ああ、最悪なタイミングで叔母さんが帰ってきた!
手を見られたくなくて、反射的に部屋へ直行し、手袋をはめた。でも彼女は疲れていたのか、夕飯を軽く食べてそのまま寝てしまった。
「くそ……あれは一体何だったんだ?」
あの時の感覚を思い出す。まるで手から血が一瞬引いて、また一気に戻ってきたような――痛みも伴っていた。でも、よくわからない。まるで……
「まるで生命エネルギーが体から溢れ出たみたいな……」
どうしてそんな風に感じたんだ? いや、知ってるような気がするのが怖い。何を考えればいいのか分からない。
部屋にこもって、もう一度あれを試してみた。今度は自然に光が現れた。そしてその光は、どこか温かく、癒されるような感じがした。
冷静になって整理してみよう。
確かにあの日記に書かれていたマリーは、いわゆる「中二病」の女の子に見えた。でも、もしあのフラッシュバックが本当の記憶なら……あの日記は単なる子供の遊びではないということになる。
「マリーが灰になって消えたこと、日記のこと……あのアーティファクト……」
――あれを手に取ってよく調べてみれば、何かわかるかもしれない。でも正直、何を探しているのか、自分でも分からない。ただ確かなのは――
僕はこれまで過去に無関心だった。でも、今はその過去が「自分のものではなかった」ように感じる。
いや、たぶんずっと気づいていた。でも、認めたくなかったんだ。
「……はは、もう頭がおかしくなりそうだ」
ま、考えるのはやめよう。頭を冷やすべきだ。
「おばさん、起きたのか」
僕はちょうどキッチンの掃除をしていた。
「それにしても、手袋なんて珍しいわね」
彼女の寝起きのボサボサの髪は珍しい。でも、それでもやっぱり綺麗だ。
「ああ、ちょっと寒くてさ……」
気乗りしないまま答える。
「……まあ、掃除はこれで終わったよ」
「ふふ、助かるわ〜」
そう言って、冷蔵庫からアイスティーを取り出して飲み始めた。
「せめてそれくらいはね。……仕事でも探そうかと思って――」
「……それ言わないって約束したでしょ?」
彼女の目が一瞬で鋭くなった。これに弱いんだよ、僕……。
「う、うん……」
分かってる。以前、一人暮らしをしていた時、家の中が少し散らかっていた。掃除するのは僕の担当だったし、綺麗じゃないと落ち着かないだけ。
「ここにいてくれるだけで助かるの」
「まさかニートに育てるつもりじゃ……?」
「ぷっ……ふふふふ!」
「ははは……」
お互い笑い合った。前にちゃんと話してから、以前より関係が良くなった気がする。でも、本当にこのままでいいのかな? 不安はある。
僕もアイスティーを注ぎ、リビングのソファに座った。叔母はスマホを見始めた。僕はその間、冷たいお茶を楽しんでいたが――
ふと目が合った。彼女は真剣な表情をしていた。
何も言わずにお茶をすすり、視線を逸らそうとしたその時、彼女はスマホの画面を僕に向けてきた。
「ゴホッ、ゴホッ……」
思わず吹き出しそうになった。
そこには、あの「手から光を出す」僕の映像が、ネットでバズっている画面が表示されていた。
叔母のサヨリさんは、無言で僕を見つめていた。
「……説明、してもらえる?」
やばい、これはまずい。どう説明したら……?
「信じてくれるかわからないけど……」
「じゃあ、警察に話したことも嘘じゃなかったのね?」
そう言って、彼女は自分から核心に迫ってきた。僕は静かにうなずいた。
空気が重くなった。せっかく近づいた関係が、また遠ざかった気がする。
でも、もう嘘はつけない。僕は今まで知っていることを、すべて話した。
サヨリさんは黙ったままだった。混乱しているのがはっきりわかった。
「……その光、もう一度見せてくれる?」
「う、うん……」
僕は手袋を外し、再びあの光を出してみた。手から、暖かくて柔らかい光が広がっていく。
「……どうやってるの?」
恐る恐る、彼女は僕の手に触れてきた。
「わからない。ただ、あの“記憶”を見てから、自然にできるようになったんだ……」
僕が気を逸らした瞬間、光は消えた。
「信じがたいけど、こんなこと普通の人にはできないよね……」
そう言う彼女の声は混乱しながらも、どこか落ち着いていた。
「その日記に、マリーがいつもこんなことをしていたって書いてあったけど……子どもの遊びだと思ってたんだ」
僕は言った。
「しばらくの間は、家から出ない方がいいかもね……。少なくとも、みんなが忘れるまでは」
彼女は画面の映像を指差しながら言った。
「でも、まだ信じられないわ……。もし、今のあなたが“昔のリョウ”じゃないって言うなら……そのリョウはどこにいるの?」
その質問――一番答えたくなかった問い。けれど、避けられない。
「……正直わからない。でも、調べてみるつもり。ずっと何かを見落としていた気がするんだ」
そう言いながら、心の中ではあのアーティファクトのことを思い出していた。
もし“本物のリョウ”が戻ってきたら……僕はどうなる? 消えてしまうのか?
僕も、生きていたいんだ――
「ふふ……もう何を信じればいいのか分からないわね」
あ、思ったより彼女は動揺している。こんなに一気に話すべきじゃなかった。だけど、もう隠し事はしたくなかった。
しばらくの間、言葉も出なかった。
胸が苦しくなる。まるで心が締め付けられるように痛い。
あの大学で出会った“あいつ”が、僕のことを「悪魔」と呼んだ。
今では、その言葉が少し現実味を帯びてきている。
「……こんなことになってごめん。でも……あの事件以降、確信したんだ。僕はリョウじゃない。君も言ったでしょ? 全然別人だって……」
沈黙を破りながら言葉を紡いだ。
顔を上げると――サヨリさんの目に涙が浮かんでいた。
……それだけは見たくなかった。彼女を守りたかったのに……。
「や、やめて……そんなふうに言わないで」
その瞬間、僕は衝動的に彼女を抱きしめた。
「怖いんだ……もし、本物のリョウが戻ってきたら……僕は……」
言葉にできなかった。でも、彼女の腕が僕を強く抱き返した。
「大丈夫よ……実は、あなたのこと、昔のあなたなんてあまり知らないの」
彼女は僕から少し距離を取り、穏やかに語り始めた。
「リョウ……数年前のことだけどね……あなたのお母さんが、私の命を救ってくれたの」
「……え?」
「若い頃の私は、本当に無鉄砲だった。借金を抱えて、もう人生を諦めかけてた。でも、あなたの母がそれを止めてくれたの」
「……」
「彼女は借金も肩代わりしてくれたのに、何も求めなかった。ただ“生きろ”って。それから、あなたを守るのが私の使命だと思った。でも……それ以上に……あなたはもう、私の家族なの」
「……血縁的にも、そうだしね」
「ふふふ、そうね」
「ほんと、バカだなぁ……」
「誰がバカよっ!」
「……」
「……」
「ふふふふ」
「はははは」
「私にとって、あなたは甥っ子なんかじゃない。もう、弟みたいな存在なの。守ってあげたいって思ってる」
「僕、18歳だよ?」
「モー、あんたは人付き合いも下手だし、まだまだ子どもみたいなもんよ」
……それは、否定できない。
「だから、もうこの話はやめましょ」
「うん、わかったよ……」
「これからもまだいろいろあるかもしれない。でも、何かあったら……おばちゃんの胸で泣いていいのよ?」
「それって、話を聞いてくれるってこと?」
「ええ、まあ、それもあるわね……ふふ」
「へへ、覚えておくよ」
思った以上に、うまくいった……。いや、こんなに優しく受け止めてくれるなんて、彼女は本当にすごい人だ。
その後も、僕らの関係は変わらなかった。
むしろ、家事を任されることが増えて、まるで主夫みたいな気分になった。
毎日彼女を家で迎えて、掃除をして、片付けをして……。
唯一足りないのは、毎日の料理くらい。ちょっとやってみたいけど、材料を無駄にして彼女に負担をかけたくない。
「……」
――今度の休みにでも、料理を教えてもらおうかな。叔母さんに。