第1章:大学?
目を覚まして、いつものように家を出る準備をした。洗顔、歯磨き、着替え、簡単な朝食を作って食べて、戸締まりを確認してから家を出る。窓もしっかり閉めてあることを確認して。
公共交通機関に乗り、数ブロック歩いて到着した。まだあまり人はいない。時間を確認すると、まだ6時15分だった。しまった、授業は7時からだったな。少し早く来すぎたか。
構内に入り、大学の廊下を少し歩いて回った後、自分の教室を探して中に入った。窓際の席に座り、遠くの景色をぼんやりと見つめていた。
「新入生でしょ?」——背後から女の子の声が聞こえた。振り返ると、彼女が立っていた。初めて来たはずなのに、話しかけてくるなんてちょっと不思議だな。
「え?あっ、はい、新入生です。」——答えた。赤みがかった髪、深い黒い瞳、白い肌、そしてとても綺麗な女の子が話しかけてきた。一体何の用だろう?
「そうなんだ。で、何の専攻?」——20歳くらいに見えるのに、ずいぶんと明るい子だ。それに、なぜ僕が何を専攻するのか気になるんだ?知り合いでもないのに。
「情報システムです。」——できるだけ真面目に返事をしたが、その努力はすぐに崩れ去った。彼女は、あの写真で見た女の子にそっくりだったから、急に緊張してしまった。
偶然…だよな?普通なら、こんな無名の僕に関心を持つはずがない。いや、考えすぎかもしれない。きっとそうだ。
「なるほどね、じゃあ、IT関係ってことね。」——“じゃあ”って、まるで僕のことを知ってるみたいな言い方だ。それに、なぜか彼女の口調には懐かしさが混ざっていた。「…っていうか」——彼女はすぐに言い直した。「その分野って、ちょっと難しいって言うじゃない?」
——ますます怪しい。ただの偶然にしてはできすぎてる。それに、なんでわざわざ僕に話しかけるんだ?
「まあ、それは始めてみないと分かりませんね。」——なるべく冷静に答えたが、“難しい”のか?僕は、比較的簡単そうだからこの学科を選んだだけなんだけどな。
「そうだよね。」——彼女は、僕に何か言ってほしそうだった。でも…何を話せばいいんだ?
「もしかして…勘違いかもしれないけど…」——僕はようやく口を開いた。「君、昔の友達にそっくりなんだ。」——彼女の目が輝いた。「もしかして君は…マリー?」
彼女は笑い出し、しばらくして落ち着いた。
「そう呼ばれてたよ。でも、やっぱり私のこと覚えてないんだね。」
「ごめん、本当に思い出そうとしたんだけど…無意味な断片しか浮かばなくて。」——彼女はうつむいて顎に手を当て、何かをつぶやいていた。問い詰める勇気はなかった。でも、彼女は僕の表情に気づいたようだ。
「なんでもないよ。ただ、独り言。」——年の割に、やっぱり明るすぎる子だな…とまた思ってしまった。
「そ…そうか、ごめん。」——僕は席につき、大きな沈黙が流れた。会話の糸が切れてしまった。
彼女が幼なじみだと言っても、今の僕にはただの見知らぬ人だ。記憶がない以上、何を話せばいいのか分からない。——「それで、君は何を専攻してるの?」
「言語学よ。」——間髪入れずに答えた。まるで僕が話しかけたことに安心したかのように。——「今、3学期目。」
「なるほど、じゃあもう1年以上ここに通ってるんだね。どんな感じ…」——その時、授業開始のベルが鳴った。正直、ありがたかった。また話題が尽きるところだったから。
「じゃあ、またね。」——彼女は少し心配そうな声でそう言い残して、教室を後にした。壁に隠れて見えなくなるまで歩いて行った。
彼女と“再会”できたことが、良かったのか悪かったのか分からない。
それから数秒で教室は人で埋まり、僕はただ窓の外を眺めていた。1階の廊下を歩く“マリー”の姿が見えた。
そういえば、彼女は本名を言っていなかった。あくまで“マリー”はあだ名にすぎないらしい。後で聞いてみよう。
教授が入ってきた。どうやら外国人らしい。ホワイトボードに「ピーター・セナ、離散数学」と書いている。うん、間違いなく外国人だ。
「おはようございます。私は離散数学の担当教師です…」
僕の意識は授業内容からどんどん離れていった。まあ、でも少し安心した。彼女が僕の過去や、あの2年前の出来事について何も言ってこなかったことには。けれど、それこそが僕がこの町に来た理由だったはずだ。過去と、故郷の全てを忘れるために。
それでも、こんな場所で彼女と“再会”するなんて、本当に偶然なんだろうか?彼女の話だと、ここにはもう1年以上いるらしいから、ただの偶然かもしれない。
「君!」——教授の声で我に返った。周りの学生たちが僕を見ている。——「では聞こう、君は一体どこに心を置いているのか?」
「え?ああ…その…」——戸惑った。何を言えばいい?何をすればいい?
「では、今話した内容を要約してみなさい。」——ホワイトボードを見ると、意味不明な図や文字で埋まっていた。タイトルは「ベクトル」らしい。
「すみません、聞いていませんでした…」——正直に答えるしかなかった。でも、いつの間にこんなに書かれていたんだ?ほんの数分、意識が飛んでいただけのはずなのに。
「まさにそのことだ。では自己紹介をして、なぜこの大学に来たのか話しなさい。」——最悪だ、初日から先生に目をつけられた。
「リョウです。ヒト・リョウ。」——本当の理由は、過去から逃れるため。学科を選んだ理由も、比較的簡単だと聞いたから。でも、それを言うわけにはいかない。——「情報とソフトウェアに昔から興味があって、それが好きでここに来ました。」
——嘘だ。本当は興味もない。
「それなら、なぜもっと集中しようとしないのか?」——人生で誰かに叱られたのは、記憶のある限りこれが初めてかもしれない。——「時間を無駄にするなら、今すぐ帰って仕事でも始めた方がいい。」——彼は全員に向かって言った。——「私にまで無駄な時間を使わせないでくれ。」——そう言って、ホワイトボードを消して、講義を再開した。
その後の2時間は、文学史の話ばかりする先生の授業であっという間に過ぎた。あっという間に休み時間が来た。
僕はノートを開き、ベクトルの問題を解き始めた。周囲を見渡すと、そんなことをしているのは僕だけだった。
その時、一人の筋肉質な青年が僕の席の横を通り過ぎ、ノートの上にメモを置いていった。振り返ったが、彼の姿はもうなかった。「授業の後、倉庫の裏で会おう。」——誰だ?そして何が目的だ?
マリーのことを教師に聞こうとしたが、彼女の特徴、専攻、学期などを伝えても、そのような学生はいないと言われた。代わりに言語学3学期の教室を教えてくれた。
そこに行き、彼女を探して学生に尋ねたが、誰も知らないと言う。「その髪色の子なんて知らない」「そんな人いないよ」と口を揃えて言う。彼女、嘘をついていたのか?妙に思いながらも、時間は過ぎ、次の授業が始まった。
「アルゴリズム思考」と「高等代数」の授業が終わり、初日が終わった。
メモのことが気になって、倉庫の裏に行ってみたが、誰もいなかった。しばらく待っていると、誰かに見られている気配を感じた。その時、奥の廊下から足音が聞こえてきた。黒髪で体格のいい男、赤みがかった瞳を持つ彼が近づいてきた。
その瞬間、僕はとっさに横へ跳んだ。次の瞬間、彼が座っていたコンクリートの椅子を粉々に砕いたのが見えた。
「なるほど…やっぱりお前だな。普通の人間なら俺の殺気には気づかない。」——彼は拳を拭きながら言った。その拳は少し傷ついていたが、すぐに傷が消えた。再生能力か?
「ま…待てよ…」——戸惑いながら立ち上がった。——「な、なんで僕を殺そうと…?」——再び跳んだ。彼の拳がさっきまで立っていた床を砕いた。また腕が再生している。
「お前には関係ない。ただ、お前の力を渡せば、苦しまなくて済む。」——力?僕の“殺気を読む能力”のことか?——「その力の本質を知らないなら、俺が奪うまでだ。」
「で…でも、どうすれば…?」——逃げるしかない。このままじゃ本当に殺される。とっさに携帯を取り出し、警察に電話をかけた。
「恐怖を感じるとは…人間以下だな。情けない!」——彼は笑った。僕は走り出し、後ろを振り返ると彼はすでに腕を抜いていた。
(...以下、続く)
くそっ!僕は運動が得意じゃない。それでも、奴はたった一跳びで僕に追いついた。咄嗟に頭を下げたおかげで、拳は壁を砕き、僕は方向を変えて逃げた。ゴミ箱を投げて奴の顔にぶつけて、少し時間を稼いだ。
「こちら、国家警察です…」
「今それどころじゃない!」——僕は叫んだ。——「国立大学で殺人鬼が!武器を持っていて、僕を殺そうとしてるんです!!」
その瞬間、爆音が耳をつんざき、電話が壁に叩きつけられた。警官の声は遠のいた。
息を切らしていた僕の首を奴が掴み、地面に叩きつけた。痛みで声も出せない。奴の手が光り始め、ナイフのような形状に変わった。
「お前の役目は死ぬことだ。」——だが、直前で何かが奴を吹き飛ばし、後ろの柱に叩きつけた。さらにもう一撃が加わり、柱が崩れ、2階部分が奴の上に落ちた。
「なにやってんの!早く逃げなさい、バカ!」——マリーの声だった。彼女が手をこちらに向けていた。
何も言わず走り出したが、瓦礫の一つが脚に当たり、激痛が走った。肉が裂けていた。マリーが再び手を向けた瞬間、傷が一瞬で癒えた。僕は再び走り出し、ようやく校門へたどり着いた。遠くでサイレンが鳴っている。どうして犯人にわかるように鳴らすんだ?でも、とにかく警察が来た。
パトカーが到着し、僕は全力で走って近づいた。
「警察の方!中にテロリストがいます!女の子が殺されそうなんです!早く…!」
その時、爆音と炎が校内から上がった。
警官たちは急いで車を降り、建物内へと駆け込んだ。
「こちらナカムラ。軍の応援を要請する。至急だ。」——そう無線で叫びながら。
僕は何をすべきかもわからず、後ろから警官に止まれと叫ばれながらも中へ戻った。
銃声が響き、警官たちの叫びも混じっていた。
「弱き者が作った弱き武器。お前たちが知恵ある存在とは思えないな、所詮猿だ。」——その男の声が背後から聞こえた。
振り返ると、紫色の肌、屈強な体、淡い赤紫の髪、額にはマヤ文字のようなシンボルを持つ怪物が立っていた。
「失礼。」——そう言って、彼は無残に首を落とされた警官の頭を持って笑っていた。
周囲には、同じように首を切られた警官たちの死体が散乱していた。
「ここまでとはな…そろそろ終わらせるか…」
だが、突然ショットガンの銃声が響いた。軍隊が到着したのだ。
「ここは危険だ!逃げろ!!」——僕は叫んだが、兵士たちは動じず、すぐに攻撃を始めた。
「この怪物を倒せ!」——指揮官が叫ぶ。
驚くべきことに、怪物は手を伸ばして弾丸を止めた。空中で弾が静止し、数秒後に地面へ落ちた。
「少し威力は上がったようだが、遠距離攻撃は意味がない。」——そう言うと、怪物は跳躍し、一撃で盾を破壊した。さらに振るった爪で、兵士たちはただ立ち尽くし、血を噴き出して首が飛んだ。
僕はマリーを探した。彼女は地面に倒れていて、目が真っ白だった。脈を確認したが、彼女はもう…死んでいた。
僕はその場に崩れ落ちた。僕のせいだ。彼女も、警官たちも。
その時、鞄の中で何かが光った。彼女の体が塵となって鞄へと吸い込まれていく。中を見ると、あの小さなピラミッド型の物体が光っていた。
塵はそのピラミッドから光となって、僕の口から体内に入ってきた。
体が焼けるように熱い。
何が起こっているんだ?と混乱しているうちに、怪物が再び現れ、僕の腹を殴ってきた。その衝撃で吹き飛ばされ、2階の残骸にぶつかった。手からその物体が落ちて、どこかへ消えた。
必死に立ち上がると、奴はもう目の前にいた。
「な、何が目的なんだ?なぜこんなことを…!」——僕は血を吐きながら言った。
奴は地面にしゃがみ、静かに景色を見つめていた。そして立ち上がり、歩き出した。
「俺たちは悪魔だ。邪魔者を排除するのは当然のこと。」——悪魔?
「もう語ることはない。」——奴は僕を掴み、壁に投げつけた。僕の体は跳ね返り、1階へ落ちた。
耳がキーンと鳴り響き、視界が揺れる。僕の上には、大きなナイフを持ったシルエットが立っていた。
あの日記をちゃんと読んでいれば。あれをただの子供の妄想だと思っていたけど、これは現実だ。
もう一つのシルエットが現れ、怪物を吹き飛ばした。2人は何か言い合っているようだった。
その後すぐ、怪物が再び襲いかかり、激しい戦いが始まった。速すぎて目で追えない。
意識が朦朧とし、音も景色も揺れていた。まるでフィクションのようだ。まるで、守られ続ける主人公みたいに。
どれくらい経ったのか、第二の男が僕に近づき、手のひらを僕に向けた。その瞬間、内臓の傷が癒えた。しかし、身体の焼けるような痛みはまだ続いていた。
「死ぬなよ、バカ。」——それが彼の最後の言葉だった。振り向いたとき、彼の姿はもうなかった。
すべてが理解不能だった。マリーが消え、警官たちがまるで紙人形のように殺され、銃弾を止める怪物、驚異的な治癒能力、そして…僕を助けてくれた誰か。
体の痛みは続き、立ち上がろうとしたが、すぐに倒れた。吐き気が襲い、昼休みに食べたものを全部吐いてしまった。
僕はまだ信じられない。あれが“悪魔”だと?あれだけの光景を目の当たりにしても、まだ疑うのか?武器すら持っていなかったのに…。
すべてが急展開すぎる。
思考がぐるぐるしていると、軍の足音が聞こえた。命令を叫ぶ声も。
誰かが僕を抱きかかえた。その瞬間、白い光が見えた。
僕は動いていた。サイレンの音も聞こえる。
そうか…救急車の中だ。
救急隊員が慌ただしく動いている。たぶん…もうダメかもしれない。
そのまま、僕は意識を失った。