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第十五章:アイデンティティの残響

「……まあ、そこそこ速く飛んでる。これ以上は無理だ。ケンジからもらった悪魔のエッセンスは、能力の一部しか解放してくれない。」

およそ十五分ほどで、ジェイルがいるはずの場所に着いた。

そこには小さいが、かなり密度の高い森が広がっていた。


「……何も感じない。」

空から周囲を見渡しながら旋回したが、人間の姿も霊的存在も見えない。

ましてやジェイルの魂の気配もなかった。

しばらくして、私は地上に降り立った。


「……」

ここからでも何も見えない。

午前十時近いはずなのに、森の中は昼夜の感覚を失うほど暗い。

幸い、暗闇でも視界ははっきりしている。

数歩進むと、遠くから警報のような音がかすかに聞こえた。


「……ん?」

音の方向へ駆けた。そこにはジェイルの帽子が落ちていて、半分伐られた木、

そして少し先に電話と斧が落ちていた。

ケンジからの着信だ。電話を取り、通話ボタンを押した。


『もしもし? ジェイル! なんで出ないんだ! 心配したんだぞ! 何度も言っただろう、こんな悪ふざけは――』

私はため息をついた。その一呼吸で、彼はすぐに相手がジェイルでないと悟ったようだ。


『……誰だ?』

「落ち着いて、爺さん。ハナよ。ジェイルの痕跡はどこにもない。ここで戦闘があったみたい。」

『な、なんだと?』

「木には爪痕、地面には新しい足跡。いくつかの木は焦げている。雷の力を使ったようね。

でも……魂の気配がまるでない。」


『……そうか……』

ケンジは平静を装っていたが、声が震えていた。


「安心しなさい。あなたの可愛いジェイル、必ず見つけるわ。」

――あるいは、同じ結末を迎えるかも。

嫌な予感がする。ジェイルはどうやって“体のない存在”と戦ったの?


『……』

電話は切れないままだ。彼の中で、今すぐ飛び出したい気持ちを必死に抑えているのが分かる。


「……ただ、会えたら“おかえりのキス”でもしてあげなさい。」

『……あ、ああ……』

沈黙の後、彼はそう言った。私は電話を切り、再び周囲を調べ始めたが、

手掛かりは見つからない。


しゃがみ込むと、折れた斧が落ちていた。

「……まさか、伐採なんて無茶はできないけど。」

『――っ! ヒャァッ!』

反射的に生命エネルギーの刀を生み出し、後方に斬りつけた。だが、何もいない。

次の瞬間、髪を強く引っ張られ、背中から倒れ込んだ。


「ははははっ!」

すぐに飛び上がり、森の上へと浮かぶ。

鋭く高い笑い声が、あちこちから響いてきた。


「……あの精霊ども、気配が全くない。どうやって封印されてたのよ!」

下から枝が飛んできたのをかわす。

「このままじゃ埒があかない!」

ジェイルを探せないまま、奴らはますます活発になっている。


「くそっ……!」

反応が遅れ、根っこに足を絡め取られた。

そのまま地面を引きずられながら急降下する。

刀で根を切り裂き、再び宙へ。

だが、これはおかしい。――私の“本能”が全く反応しない。

ジェイルの方が強いはずなのに、彼でも苦戦しただろう。逃げる術もないまま。


再び上昇しようとした瞬間、また髪を引かれた。

今度は着地に成功したが、周囲で複数の気配が動いている。


「ハハハハ!」

耳障りな笑い声が響く。

何かが円を描くように私の周囲を走っている。

時々、腕や頬に爪が触れた。

「……!」

反撃できない。


「――ああああっ!」

私は一気に悪魔のオーラを解き放った。

その瞬間、周囲の精霊たちが一歩引いた。

わずかに感じた――ジェイルの気配だ!


その方向へ飛ぶ。

だが、枝や根が進路を塞ぐ。

それでも突き抜けて、ようやく辿り着いた。


「……うそ……師匠……」

彼は木の蔓に絡め取られ、生きたまま地中へ引きずり込まれていた。

蔓を断ち切り、彼を抱えて空へ舞い上がる。

枝葉を切り裂きながら、ようやく森を抜けた。


上空まで上がり、距離を取る。

「……まったく、面倒ね。」

正直、森の中にいるときは、置き去りにしたくなった。

でも――これが私の役目だ。


森から十分に離れ、ベラクルス南部の入り口付近で降りた。

ジェイルのスマホを取り出す。ロックはかかっていない。

ケンジの番号を押す。


『もしもし? ハナか?』

「落ち着いて、爺さん。ジェイルは無事……少なくとも、身体はね。」

外傷はほとんどない。だが、目を開けたまま夢を見ているような状態だ。


『どういう意味だ?』

ケンジの声には安堵と不安が混じっていた。


「……何か見たのよ。心が壊れるほどの“何か”


ウィキペディアのページを開いて、彼らの能力について書かれているセクションまで一気にスクロールした。

そして、一つの能力に目が止まった。どうやらこの存在たちは「概念的」な存在であり、名前を奪うことができるらしい。

そして、その名前を取り戻せなければ死ぬ——そんな内容だった。

だが、それ以上の詳細は記されていなかった。

…でも。


「いや、私は……」

彼のこの姿を見ると、ネットで読んだ情報が本当なのかどうか、少し疑いたくなる。

私はため息をついて、彼の前に立った。


「ねぇ、バカ、反応しなさいってば」

そう言って、彼の頬を軽く叩いた。だが、全く反応がない。

魂の状態に変化は見えないけど、人間の魂と違って、悪魔の魂の光の強さは意味を持たない。

光っていれば生きている。消えれば死ぬ。ただそれだけの話。


なるほど、理にかなっている。

もし名前を奪われて死ぬのなら、その人はこの世から完全に「存在しなくなる」んだろう。


「ふっ…」

私は思わず笑った。なぜか、その能力を少し欲しいと思ってしまった。


一時間ほどして、ケンジが戻ってきた。

私たちはすぐにホテルへ向かい、二人でジェイルを部屋まで運んだ。

言い訳として「お酒を間違って飲んで酔っ払った」と説明したら、皆あっさり信じた。


彼をベッドに寝かせて、私たちは廊下に出た。

しばらくしてケンジがこちらを見た。

今までずっと視線を避けていたのに、今はまるで倒れそうな顔をしている。


「…名前、でしょ? あいつらに名前を奪われたの…」

私がそう言うと、彼は壁を拳で殴った。


「…だろうな。でも、そんな単純じゃない気がする」


「私には知識がない…どうやって本当の名前を取り戻せばいいのか分からない。

分かってたんだ。ジェイルは“あだ名”でしかない。本名を知っていても、もう思い出せなくなってきてる…」

彼は自分自身に腹を立てているようだった。


「そうね。あの時、私は“封印しようとするのは間違いだ”って言ったけど、

これを見たら、やっぱり封印すべきだわ…」


チャネケ。

その名前を聞いた時は、てっきり守護霊のような存在かと思っていた。

妖怪に例えたから、弱い存在だと勘違いしていたのだ。

でも、完全に見くびっていた。

もし同じカテゴリーに分類されるとしても…もしかして、メキシコの神々は日本の神々より強いのか?


「ま、まぁ…封印しよう、そうだな…」

今のケンジは、まるで生気を失った魚のようだった。

彼は自分の宿へ戻ろうとしたが、私はその腕を掴んで止めた。


「そんなに簡単に諦めるの?」

慰めるつもりはなかった。ただの批判だ。

どう受け取るかは彼の自由だ。


「チュウチン・オバケって人間だった頃、“戦って負ける方が、何もしないよりマシだ”って言ったのよ。

なぁ、ケンジ。どうしてそんなに簡単に諦めるの?

本物の魔術師になろうとすらしなかったんじゃない?

他人の意見に縛られて、自分の限界を見誤ってる。

生命力が少ない? そんなの障害じゃなくて、克服すべき課題だったはずでしょ?」


「……」

ケンジは目を見開いた。


「あなたが私の期待に応えられないなら、約束なんて守らないわ。

私は一人で旅を続けるだけ」

そう言って、自分の部屋へ向かった。

ほんとにこの男、腹が立つ。

あぁ、そういえば、もう“本質の効果”は切れたみたいね。


でも、あれだけ言ったとはいえ、私もチャネケをどう封印すればいいのか気になっている。

そもそも、どう扱えばいいか分からない存在だし。

物理的な身体を持たないのに、物理的なダメージを与えることができる。


一方で、私の悪魔の本質が奴らを打ち消したことは確かだ。

つまり、あいつらは“神性”を持つ存在なのか?

いや、そんなはずない。もしそうなら、私なんか簡単に殺されてるはず…。


「やっぱり日本の常識で考えてるんだな…」

私はため息をついた。

妖怪や悪魔、神々の理屈——そんな日本的な枠組みは、この地の精霊たちには通じない。

日本にも実体のない存在、つまり幽霊や一部の妖怪がいるけど、

それらは“魂”であり、“霊的な本質”を持つ存在だ。

だからこそ、悪魔にとっては捕食対象になる。


…考えても仕方ない。

私はケンジの部屋に戻って、いくつか質問しようと思った。

でも、部屋の中に彼の姿はなかった。


出ようとした時、机の上に一つのフォルダが置かれているのが目に入った。

表紙には大きく「機密」と書かれている。

周囲を見回して、思わず眉をひそめた。

どうして“機密文書”を置いたまま部屋を開けているのか?


「…これは“見ろ”っていう招待状にしか見えないんだけど」

私はそう呟き、フォルダを開いた。


―――

アメリカ中央情報局(CIA)

非通常現象・秘術作戦課(D-FNOE)

ファイル番号:C-XG231-KE

機密レベル:レベル6 ― 超極秘

発信元:超常管理局(ラングレー本部・VA)

宛先:ホームイ空港(S4施設・ネバダ州)


【一般情報】

コードネーム:K-27

氏名:荒川ケンジ

別名:「ケン」

生年月日:1985年7月17日

出身地:奈良県

国籍:日本(2008年アメリカ国籍取得)

年齢:40歳

所属:CIA・超常現象課(D-FNOE)

階級:外部オペレーター/超常存在の捕獲・封印担当

身長:179cm

体重:76kg

体格:引き締まった筋肉質

目の色:灰色/隈あり

髪:黒・やや癖毛

特徴:左胸に9cmの傷跡(鬼型エンティティによる攻撃)


【現在任務(機密)】

作戦名:ブラック・ウロボロス

主要任務:

メソアメリカ地域における超常存在の追跡・封印・排除

霊的存在クラスEの調査および回収

副次任務:

非敵対的存在をS4施設へ搬送し、研究または再封印を実施

戦術優先事項:

・現地当局との干渉を回避

・非人間的存在の市民登録、ネットワークアクセスを阻止

・認識の概念構造を乱す脅威の隔離


【注意】

無許可閲覧者は即時破棄義務あり

―――


「CIAのエージェント、ね…」

結局、この男は私をアメリカに連れ戻すつもりだったのか。

それとも、今日のあの霊たちの件で、私を“処分”するつもりだったのか。


さらにページをめくると、ケンジ自身が書いたと思われる報告書が出てきた。


「監視対象エンティティ、ね…」

そこにはジェイルの特徴が詳細に書かれていた。

ただし、「本名」と思われる箇所は、インクが滲んで読めない。


―――

「ジェイルは感情を抑圧する傾向があり、人間を簡単には信用しない。

表情の変化も乏しいが、私にはある程度心を開いているように見える。

彼の過去には、捨てられた経験や裏切り、人間や魔術師によるトラウマが関係している可能性がある」

―――


「へぇ…」

私は乾いた笑いを漏らした。

「つまり、私は監視対象の存在ってわけね」


部屋の外から近づいてくる足音が聞こえた。

振り向くと、ケンジがリボルバーを構えて私を狙っていた。

その姿を見て、私は思わず微笑んだが、彼にはそれが不快に見えたらしい。


「ちょっと油断したが、ドアを開けっぱなしにしていたことを思い出した」

彼はそう言った。


「へぇ、なるほど。誰にでも秘密はあるものね、“カラカワ”捜査官」

そう言うと、彼は眉をひそめてため息をついた。


「“アラカワ”だ」


私は軽く肩をすくめた。

「あなたが私の本能の感知を遮断するような護符でも持っているなんて、思いもしなかった。

でも、さすがね。いい演技だったわ」

そう言って、私はその場で拍手した。


「光栄だな。悪魔を騙せるとは思っていなかったが、少し油断したよ」

彼の声は静かだったが、わざとやっているのが分かった。

私の“悪魔としての勘”ではなく、“少女としての好奇心”が、この機密書類を開かせたのだ。


「あなたの秘密なんてどうでもいいけど……

それでも、私をただの戦争道具として見ていたなんて、ちょっとショックね。あぁ、なんて可哀想な私」

わざと大げさに言ってみせた。

「でも分かったわ。最初から、あの霊たちを封印する方法を知っていたのね。

つまり、ジェイルと私を“処理”するつもりだったってわけ。

まあ、あの子のことはどうでもいいけど……半分は失敗したみたいね」


私は生命力の刃を具現化しながらそう言った。

その瞬間、ケンジが薄く笑った。

「…なるほど。これが副作用ってやつか。

もし私が“混血”でなかったら、今頃死んでたかもね」

あの薬――私が飲まされた液体は、わずかに残っていた悪魔の本質を体外に追い出していた。

ただし、封印されている大部分はそのままだ。


「単なる保険だよ。個人的な恨みはない。

ただ、お前が“精神的支配者”を気取ってる姿には少し笑えた」

そう言って、彼は引き金を引いた。


「……」

私はとっさに身をかわしたが、彼は再び笑った。

私の“意図を読む力”も、“直感”も、完全に封じられている。

やるじゃない、老狐。そこまで計算してたなんてね。

それでも私は笑った。


「何がおかしい?」

苛立った声でケンジが問う。


「別に。ただ、あなたを喰らったら、どれだけの知識を得られるんだろうって考えてたの。

残念ながら、ジェイルにはそれができないけど……ねぇ、ケンジ。

“目には目を”って言葉、知ってる? 私は理由なく殺したりしない。

ただ、自分の中の悪を正当化する理由が欲しいだけ」


そう言い終わる前に、ケンジが動いた。

手に刃のような武器を握り、私へと飛びかかってきた。

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