特別編2:もしも…
あの忍野の寺へと続く階段を登れば、きっといくつかの答えが見つかるはずだ…
いや、やっぱりあの子の様子を見に戻ろう。そう思った瞬間、頭に鋭い痛みが走った。
だがいつものように、忍野の結界を出るとすぐに体は楽になった。
小道を歩き、小さな集落へと戻った。だがあの子を寝かせた家に入ると、布団の上には誰もいなかった。
「……おい?」 ― 返事はない。
目を覚ましたのかもしれない…だが、家には誰もいない。胸に嫌な予感が走った。
まさかあの怪物たちが戻ってきたのか? いや、痕跡はない。だがあの子の痕跡もない。
あるのは…足跡? いや、これは子供のものじゃない。大人の足跡だ。
くそっ、走り出した。足跡は新しい、まだ遠くへは行っていないはずだ。
だが道へ出た途端、跡は途切れた。まるでここから跳び上がったかのように…見上げても何もない。
「ん?」 ― 何故か藪の方へと足が向いた。数分歩くと、小さな空き地に“誰か”が立っていた。
見た目は16歳くらい、いやもう少し上かもしれない少女だった。
「へえ、夢の中で人と会うのはあなたが初めてだよ」 ― 無邪気に笑う少女。だが…
「……」 ― 背筋が凍った。本能が逃げろと叫ぶ。思わず数歩下がると、少女も動きを止めた。
全身に鳥肌が立ち、冷や汗が止まらない。
「もう、そんな目で見ないでよ。まるで私が怪物みたいじゃない」
脚が震える。息苦しい。これが“怪物”というものなのか…その圧倒的な気配に心が潰されそうだ。
「おまえ…あの子に…何をした…?」 ― 声が震える。ただ、確かめたかった。
あの子がこの悪魔のような存在から逃げ延びているのかどうか。
見た目はただの少女だが…着ている服は、あの家のタンスにあったものだ。
「子供? 私、あなたが初めて出会った人なんだけど。何の話?」
…知らない? いや、そんなはずはない。少女の体には確かに“あの子の魂の光”がある。
気づかなかった。彼女の力に圧倒されすぎて、見落としていた。
まさか…食われたのか?
「……」 ― どう考えても分からない。ただ、この少女は笑顔を浮かべながら、いつでも私を殺せそうな気配を放っていた。
必死に背を向けて走る。何者か分からないが、このままでは確実に死ぬ。
十分に距離を取ったと思った瞬間、背中に柔らかい感触。振り返ると、そこに“彼女”がいた。顔が青ざめる。
「……」 ― 少女は自分の体をじっと見つめた。
「ふぇぇぇぇぇぇぇぇっ?! なんで急にこんなに大きくなってるのっ?!」 ― 耳をつんざく悲鳴。
……な、何を言ってる? まさか、この少女は――
「お、おまえ…俺が世話していた子供か?」
「そうだ、思い出した。誰かが私を看病してくれてた。でも顔は覚えてないなぁ。ああ、だから懐かしく感じたんだ」
少女は私をじっと観察してくる。だがその眼差しは、まるで兎を狙う狼のようだった。
「ま、まさか…」 ― 声が裏返る。
「……」 ― 少女の表情が変わった。真剣な目でこちらを見据える。
思わず身を引いた私に、彼女は言った。
「理由は分からないけど…あなたを殺したくなる」
その言葉を聞いた瞬間、全力で走り出した。
「悪いことだって分かってるよ。でも、まあいいや。これは夢だから」
直後、突風が下から吹き上げ、体が宙に舞った。
必死に生命力の障壁を展開する。何重にも重ね、落下の衝撃を和らげた。
「ふーん、頭から落ちて死ぬと思ったのに」
「……!」 ― いつの間にか、目の前で浮かんでいる。数メートル離れた宙から、手をかざし、空気の弾丸を放ってきた。
障壁を張ったが、紙のように砕け散る。
「ぐああっ!」 ― 吹き飛ばされ、木々を数本巻き込んで倒れ込んだ。
「ごほっ…これが…大砲の弾ってやつか…」
骨が砕け、内臓が焼けるように痛む。
「ははは、最高だね。さあ、終わらせよう」
――その後、私の魂は彼女に喰われた。
だが、そこからの展開は同じだった。
彼女は記憶を取り込み、色々と理解し、私を蘇らせた。
そして普通の生活を送ろうとし…残りはもう、語るまでもない。