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第12章: 根付いた人生


「大きくなったらお医者さんになりたい。そうすれば人を助けて、元気にしてあげられるから」

あの狩人たちと異世界の存在との事件から数ヶ月が経った。私はどうにか生き延びた。湖の岸辺に流れ着き、ただ咳き込みながら飲み込んだ水を吐き出したのだ。


「Here is your order, come back soon」

今はハンバーガーやファストフードだけを売るレストランで働いている。それがここ数週間の日常だ。


目を覚まして分かったことが二つある。

ひとつは、ここがアメリカという大国であること。

もうひとつは、あの異世界のバカが私の悪魔の力を封印したままにしていったことだ。だから日本までひとっ飛び、なんてことはできない。


現地の言語を早急に学ぶ必要があった。才能と言うべきか、それとも子どもの脳の柔軟さのおかげか、とにかく短期間で英語を身につけることができた。


「An order with a mixed burger without bacon, and um... no pink sauce, just ketchup please...」

「At once...」

――どうしてこんな所で働くことになったのか?理由は単純だ。


目覚めた後、私はマンハッタンをさまよっていた。警官に見つかり、未成年(実際には子どもだが)が一人で歩いているのを不審に思われて署に連れて行かれた。もちろん当時は英語が分からなかった。日本大使館もなく、仕方なく嘘を交えて、彼らが「もっともらしい」と思えるように話を作ったのだ。


私の“証言”はこうだ。人身売買に巻き込まれてここに来たが、どうにか逃げ延びた、と。家族について聞かれたときは正直に「もういない」と答えた。その瞬間、涙がこぼれそうになった。悪魔の本質を封じられているせいで、感情が抑えられなくなるときがあるのだ。だが頭脳は健在。そのおかげで語学を短期間で身につけられたのかもしれない。


「疲れた……」

私の住まいはまるで豚小屋だ。家賃は安いが、ネズミが巣食っている。ときどき術士の力で捕まえて食料代わりにすることもある。救いは、食事をしなくても生きていけることだ。それでもたまには嗜好品を買ってしまうが。


「ちくしょう、今月もう五匹目か…」

壁の穴は塞いだはずなのに、奴らは必ず新しい穴を開けて侵入してくる。私は大工ではないのに。


ネズミ以外にも問題は多い。蛇口は水漏れし、窓は閉まらず、隣人はいつも爆音で音楽をかける。うるさくて仕方ない。


「クソッ…」

寒さや雨や雪がなければ、こんな生活はしていなかっただろう。これが大人の世界だというのなら、なんてくだらない世界だろう。成長なんてしたくない――そう思う。だがそれでも。


「……」

ときどき幻を見る。リョウやサヨリがこの安アパートのドアを開けて入ってきて、私を抱きしめて「一緒に日本に帰ろう」と言ってくれる夢を。


ここには悪魔も、神も、妖怪の気配もない。この封印を解けるのは、少なくとも三百年後だ。もし日本にいれば、数ヶ月で済むのに。


私の計画?簡単だ。金を貯めてロシア経由で日本行きのチケットを買うこと。そのために三年はかかるだろう。インフレが進めばもっと延びるかもしれない。


だから耐えるしかない。だが……あの二人はもう私を忘れてしまっただろう。たった一ヶ月しか一緒に過ごしていないのだから。

それでも日本に戻れば力を取り戻せる。そして狩人どもを狩り歩き、必ずあのセバスチャンの魂を喰らってやる。


「ふふ…ははは…」

――おかしい。私は少し狂い始めているのかもしれない。


「*コン、コン*」

扉を叩く音がした。だがこんな時間に訪ねてくる人間はいない。この国で私を知るのは、あの異世界の存在か、狩人くらいのものだ。


「……」

私は生命力の刀を顕現させ、ゆっくりと扉に近づいた。直感で横に飛び、机を倒して身を隠す。次の瞬間、銃弾が部屋を貫いた。もし机がなければ蜂の巣になっていただろう。


「出てこい、この悪魔め!」

――その声はクララ。ということは、セバスチャンは彼女を生かしていたのか。あるいは彼が死んで彼女だけが残ったのか。前者の方がありえるだろう。


「……」

周囲の住民たちが悲鳴を上げ、家を飛び出して逃げていく。銃撃戦の標的は、私。


「どうした?逃げ回ってばかりでいいのか!」

クララの叫びは私を誘い出そうとしているのだろうが、その騒がしさはむしろ好都合だ。私は小さな生命力のクナイを生み出し、彼女の声がした方向へ投げつけた。


「ボス!」

「ビンゴ……」

――当たった。顔面直撃であれば最高だ。


銃撃が再び激しくなる。この机では長く持たない。急いで策を練らなければ。


催涙スプレー、ライター、縄……。

この三つで何ができる?考えるより先に、本能が私を動かした。生命力の三重バリアを張り、隣で爆発が起こるのをかろうじて防ぐ。おそらく隣人が買い置きしていたガスボンベに弾丸が当たったのだ。


私はかろうじて無傷で済んだが、体中に打撲と擦り傷が残った。すぐに立ち上がり、爆発で空いた壁の穴を通って炎の中を駆け抜けた。


「止まれ、小娘…」

出口には一人の男が待ち構えていた。両手で二連式の散弾銃を構え、私に狙いを定めていた。


「……」

――仕方ない。日本で三人を殺したのは事実だ。普通の人生を望んでも、そんなものは手に入らない。私は悪魔。中立の立場にいても何の得にもならない。狩るか、狩られるか――私は決して狩られる側にはならない。


「……」

気づけば周囲は銃を構えた男たちに取り囲まれていた。

「どうした?お前たちのリーダーはどうしたんだ?」私は笑みを浮かべて言った。どうせ死ぬなら、あの女狐を殺した満足感ぐらいは持って逝きたい。


「笑える余裕があるのか?」

男のひとりがそう言った。その目は怒りに燃え、涙さえ浮かんでいた。復讐を誓う者の目だ。


「はははっ……狙い通りだ。いいね、最高だよ……はははっ!」

「撃てッ!」


「…!」

私は次々とバリアを展開する。しかし次々と撃ち抜かれ、破壊される。ひとつ、三つ、七つ……もう数え切れないほどの銃弾が私を貫いた。

「くくく……」


「……?」

銃声が止んだ。弾切れか。だが、マリーから得た再生能力はここでは役に立たない。内臓をいくつも撃ち抜かれてしまった。だが――


「まだ立っているのか…?」

私は傷口に触れた。掌が赤く染まる。その一瞬、封じられていた力が蘇った。ほんの刹那だが、私はクララの魂を喰らい、彼女の肉体に自らの傷を転写した。


「最悪の魂だな……濁っていて、どうして人間がこんなに狂えるんだ?そうだろう、アンドレス?」

「……!」

復讐の眼差しを向けていた男――アンドレスが恐怖に崩れ落ちた。この場で何が起こったのか、知っているのは彼と私だけ。震える手で引き金を引こうとするが、指は動かない。きっと今、彼の脳裏には走馬灯が流れているのだろう。


私は二本目の生命力のクナイを投げた。それは彼の喉を正確に貫いた。血が噴き出し、私は再び魂を喰らう。

――アンドレス。その魂は静かで、信念に満ちていた。しかし自分自身を貫く意志はなかった。クララよりはずっと美味だ。彼の肉体もまた、私の傷を受け継いで崩れていく。


他の者たちはその異様さに気づき、動揺した。私は三本目のクナイを生み出し、全員を見渡す。誰も引き金を引こうとはしない。すでに大量の弾薬を使い切り、なおも立っている私を前にして。


「どうした?まだ宴を続ける気はないのか?」

振り返ると、アンドレスの頭部は砕けていた。――彼らの射撃の腕前は確かだ。私は三本目のクナイを投げた。標的が身をかわしたため、後ろにいた別の男に直撃した。


「残念だったな、オリバー。家族を支えようとするだけの魂……そこには愛と絶望の味しかなかった。はははっ!次は誰だ?」

私は血に濡れた指を舐める。誰も撃たない。


「……」

なんと哀れな。人間とはこういうものだ。勝てると思えば侮り、状況が不利になれば尻尾を巻いて逃げ出す。

結局、残りは全員逃げていった。私はアンドレスとオリバーの亡骸を見下ろし、背後を振り返った。炎はすでにアパート全体を飲み込み、住人たちの部屋も焼き尽くしていた。


瓦礫の中にクララの死体も横たわっていた。無残だが、確かに死んでいる。


――分かったことがある。あの異世界の男は私の力を完全に封じたわけではない。封じられたのは表層の力であって、本質ではない。つまり、魂を喰らえば力を引き出せるということ。


「ざまぁみろ、クララ……結局狩られたのはお前だ。はははは!」

後はセバスチャンだけだ。必ず殺せる。奴は私の力の本質を理解していないのだから。


魂を喰らえば力になる。だが無差別に狩るわけにはいかない。ならば――犯罪者だけを狩る。そうだ、私は“幻の狩人”になる。悪人だけを裁き、その魂を喰らう。


かつて憧れた“ヒーロー”の姿に似ている。私は悪いことをしていない。ただ裁きを下すだけだ。世界から悪が消えることはない。ならば私は永遠に裁き続けられる――。


「ふっ……くく……」

想像しただけで口元が緩む。これから食える魂の数を思えば。


***


「――続報です。ここ数週間に起きた連続怪死事件。犠牲者は全員、指名手配中の者か、犯罪歴を持つ人物だということです」

隣人のテレビからニュースが流れてくる。いつも音量を最大にして、そのまま眠ってしまうのだ。


マンハッタンでの生活も、もうすぐ終わりだ。仕事は見つからず、結局は盗賊を殺し、奪って生き延びた。十分に“稼いだ”今、ここを離れるときが来た。飛行機代を貯める余裕もある。


私は古いスーツケースに少しばかりの荷物を詰め込んだ。黒市で手に入れたものだ。


「どこへ行くつもりだ、お嬢ちゃん?」

「一晩いくらだ?」

――酔っ払いはどこでも鬱陶しい。だが騒ぎを起こす気はない。

「ははは、お前の魂は安すぎて喰う気にもならないよ、じいさん」

私は遠くから投げキッスを返した。酔漢は馬鹿みたいに笑った。


港へ向かうタクシーに乗り込み、船のチケットを買う。


その船は大きいが、豪華さはない。貨物船のようなものだ。乗客はほとんどいない。

――行き先がどこであれ、構わない。重要なのは、この街から離れることだけだ。

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