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第8章:悪魔を浄化する方法


最初に人を見かけた瞬間、すぐに近くに医者がいないか尋ねた。

だが、目につくのは観光客ばかりで、この村の医療施設について知っている様子もない。

仕方なく、近くの店に入ってみた。


予想通り、地元で働く人はこの村に詳しいらしく、「忍野」の小さな診療所の場所をすぐに教えてくれた。


「この村…完全に江戸時代で時が止まってる感じだな…」

診療所の外観は古びていてモダンとは言いがたいが、中に入れば、まあ普通の診療所と変わらない。

もちろん規模は小さいが。

「すみません、医者を呼んでほしいんですが…」

落ち着いた声を装ってそう言ったが、内心は焦りでいっぱいだった。

…しかし、受付には誰もいない。


「ずいぶん切羽詰まってるみたいね」

突然、横から女性の声が聞こえた。振り返ると、診療所の看護師らしき女性が立っていた。

特に美人というわけではないけど、メイクが濃い…というか、下手なのか?うん、多分後者だな。


「……」

入口の鏡に映った自分を見て思わず言葉を失った。

やばいな…この結界、思った以上にダメージが来てる。


「そ、そうだ…でも、俺だけじゃない。村の外にある小さな集落で、もっとひどい状態の少女がいるんだ…」


「集落?」

看護師は少し黙り込み、何かを考えている様子だった。

「ちょっと待ってて」

そう言って、奥の短い廊下の先へ消えていった。

どうやら誰かと話しているようで、何度かこちらを指差していた。


頭がガンガンする。まるでハンマーで殴られ続けてるみたいだ。

よくここまで歩いて来れたな…と自分で驚く。

しばらくして看護師が戻ってきた。その後ろには、長髪でサングラスをかけた中年の男が続いていた。


「この人か?」

男は低い声で尋ね、看護師がうなずいた。

俺はただ呆然と立ち尽くしていた。


「ずいぶん顔色が悪いな。中で横になったほうがいいぞ」


「待ってくれ、少女はどうなるんだ!?」

そう言って、無理やり立ち上がった瞬間――

視界がぐるりと回り、俺はそのまま床に倒れ込んだ。


「本当に限界だな。信じてないわけじゃないが、その少女がどこにいるのかを正確に教えてくれ」


――え?看護師、彼に説明してなかったのか?


「さっきも言っただろ、小さな集落だ。ここから20分ほどの場所にある」


「……」

男は無言で看護師と目を合わせる。

まるで言葉を使わずに意思疎通しているかのような仕草だった。


「ロキソニンとビタミンBの錠剤を。疲労による幻覚だろう」


「……」

――幻覚だと?

俺は歯を食いしばり、拳を握った。


「なぜそんなことを言う? 俺は本当のことを言ってるんだ!」


「君、相当疲れてるみたいだ。もっと休まないと――」


「答えになってねぇって言ってんだよ!!」

我慢できずに怒鳴り返し、そのまま立ち上がった。


「少年…」

男がゆっくりと口を開く。

「この辺りに“集落”なんて存在しない。あるのはこの村と湧水群だけだ」


「……は?」

集落なんて存在しない? どういうことだ…?


「とにかく薬を飲んで、落ち着いたら代金を払ってくれればいい」


「……」

これ以上、話しても意味がない。

「いりません」


「待て、少年、本当に必要だぞ――」


「ちっ…」

最後まで聞かずに、俺はその場から駆け出した。

ふらつきながらも、少女のために食料を探しに行くしかなかった。


彼女のシャツを脱がせて、まずは汗を拭いた。

…まあ、ただ汗を拭いて、服を着替えさせただけだ。たぶん。



---


「……」

二日が経ったが、彼女はいまだに目を覚まさない。

水は普通に飲むし、ときどきはゼリーやおかゆを咀嚼しているようにも見える。

それでも、この状態が続くのはおかしい。


何か大事なことを見落としている気がする。

だが、魂はちゃんと彼女の中にある。ただの抜け殻を相手にしてるわけじゃない。

それなのに、なぜ彼女は起きないのか…。


昨日、小さな“事故”があって、彼女のベッドを全部掃除する羽目になった。

それで彼女を別の家のベッドに移したんだ。

それに合わせて、彼女のサイズに合ったおむつも買ってきた。


「行ってくるよ、また食料を買いに…」

そう言ったが、もう財布の中はかなり厳しい。

このまま彼女が目を覚まさなければ、俺はどうすればいいのか分からない。

いや、逆に目を覚ましたらどうするかも分からない。


数分後、また忍野へ戻った。

そして、それと同時に――あの不快感がまた俺を襲う。


この辺りは何度も通っているが、ひとつ気づいたことがある。

村の寺に近づくほど、体調がどんどん悪くなるんだ。

とはいえ、どうするべきか分からない。

神主に相談すべきかもしれないが、結界が邪魔で近づけない。

もし神主がこの結界の存在を知っていたら、きっと俺の正体を――え?


「本当にしつこいな、でもまあ…もう無視するわけにもいかないか」


「……?」

状況が一変した。

まるでテレポートしたかのように、俺は寺の中にいた。

だが、この空間の空には“空”が存在しない。

何と表現すればいいのか分からない――虚無ではないが、何もない。

不思議と不快感は一切なく、むしろ心が落ち着いている。


「お前が異質だからこそ、せめて苦しまずに死なせてやろう」


――この声は…


「…山の神か?」

夢で見たあの存在が現れると思ったが、目の前にいるのはただの坊主。

髪はなく、年齢は四十代か五十代といったところ。

見た目は普通の神主だが、目だけが違う。

その深くて黒い瞳は、白山神とまったく同じだった。


つまり、この神主は“神に憑依されている”のだろう。


「殺さないでくれるとありがたいが…」



---


「だから言ってるでしょ! 友達なんて作っちゃダメ! そんなの弱さのもとよ!」

…強烈なシーンだ。いや、待て…これは…


――落ちながらこの記憶を見ている?フラッシュバックか?


これはマリーの記憶だ。

彼女は女の人にムチで打たれているが、抵抗しない。

なぜ?


「だって…リョウは全部知ってるのに、気にしなかったんだよ!」


――俺?

これは…そうか。彼女の記憶の中にいるんだ。


「黙りなさい! わからせてあげる、体で!」


目を閉じたくても、この光景から目を逸らせない。

…それでも彼女はずっと――

俺は思い出してきた。

彼女は幼なじみだった。

ずっとそう思ってた。ずっと友達だった。


けど、それも俺の記憶じゃない。

それは“リョウ”の記憶だ。

本物の、リョウの――



---


俺は…リョウ…? いや、誰だ?

俺は…ああ、もうわかった。


――俺は死んでるんだ。



---


「……」

…え?ここって、ナオヤの家?

最後の記憶は、あの気持ち悪い化け物たちが現れて、近所の人や両親まで喰われた場面だったはずだ。

でも、そのときの恐怖や悲しみは、今では何も感じない。


「ん?」

なぜか、自然と茂みの奥の道に視線が向いた。

昔、父さんがあの道を絶対に通るなって言ってた。

その先には野生の獣が出るとか。


「……?」

スマホ、少し使われた感じのジャージ、ゴミ袋いっぱいの食料パック、干された俺の服…

一番変なのは――おむつを履いてることだ。


どうやら、俺はしばらくの間意識を失っていたようだ。

誰かに世話されてたってことか?

でも、ここにいるのは俺一人…ってことは、他の人は皆…もう…。


とにかく、おむつを外して自分の家に戻り、着替えた。

なぜかスマホをポケットに入れて、そのまま茂みの道へ歩き出した。


昔は遠くから見るだけでも怖かった道を、今では平気で歩いてる。

あの頃の恐怖がまるで嘘のようだ。

…ただ、歩くのはなんだか非効率に感じる。

飛べるわけでもないし――


「……へぇ」

驚いたことに、俺は浮いていた。

けど、なぜかそれを不思議に思わない。


ああ、そうか。これは夢だな。

現実じゃこんなことありえないし、ははは。


「夢ってことは、もっと自由に動けるかもな」

――そう思って空へ舞い上がる。


久しぶりに見る“明晰夢”の世界だった。

俺は手を上げて、大きな木々が生い茂る方向を指さした。

すると手から何かのエネルギーが放たれたような感覚があり――

見えはしなかったが、指を向けた場所に突然風の渦が発生し、螺旋を描きながらそのエリアを一気に吹き飛ばした。


「すげー! 螺旋手裏剣みたいじゃん!」

…らせん…なに? なんだそれ、知らないけどめっちゃカッコよかった。

村とかでやったらどう見えるんだろう?

俺の家の近くはあまり建物ないし、あんま映えないかもな…


「おっ…」

――あれは村? けっこう大きい、寺も見えるな。

まぁ夢なんだし、なんでもアリだよな。めったにないリアルな夢だし、楽しもうっと。


でも、気になることが一つある。

さっきから“あの村”に――いや、正確には“寺”に行かなきゃって感覚がずっとある。

でもなあ… 目が覚める前に、もっと能力を試したいし。

ま、どうせ行くんだから、そのうちでいいや。面白いものがなかったら真っ先に寺に行こう。


ただ、一つイライラすることがある。

村の周りにある“アレ”、邪魔すぎる。

よし、まずはそれを吹き飛ばすか。


「ひゃあああああ!!」

叫びながらその障壁に向けて能力を放った。…でも、何も起きなかった。


「え?」

消したいのに消えない…なんで?

腕を組んで、ほっぺたを膨らませた。

夢のはずだろ? なんでイライラしてんだよ、俺…。


もう一度手を上げて、さっきより強く力を込めた。

地面が揺れ、雲が巨大な渦を描いて降りてくる。

…が、その渦が障壁に触れた瞬間、跡形もなく消えた。


「はあ、夢なのに思い通りにいかないってどういうことだよ…」

腹いせに隣人の家に能力を撃ってみた。

結果、あたり一帯が吹き飛び、大きなクレーターができた。


「ははっ、パンケーキの型みたい…でもなあ…」

やっぱり“アレ”には通用しない。


「ふふっ、いいじゃんいいじゃん。だったら無視しよっか」

そう思って、“アレ”を触らないようにテレポートで中へ入った。

触れずに済めば問題なし。楽勝♪


中に入ってみると、なぜか少し疲れたけど…まあいいや。

とりあえず、ここでもう一回あの渦巻き技を――


「はいはい、わかったよ! 今行くってば!」

…この“寺に行け”って感覚、どんどん強くなってきてる。

無視したいけど、行けばスッキリするかもだし、行くか…


空を飛んでいたのに、突然周囲が一変した。

空すら消えたようなこの異空間――寺には着いたが、何もかも不気味だ。


「……」

これ、本当に明晰夢なのか?

確かに自由に動けるけど、“アレ”が無効だったのも変だし…


一人の男が倒れている。首が身体から離れて、横に転がってる。

でも――どこかで見たことがある。

その身体から黒い煙が立ち上り、俺の口の中へと吸い込まれていった。


「……」

うわ、俺、今にも村ひとつ消し飛ばすとこだった。

…でも、別に気にしてなかった?

いや…なんで気にしなかったんだ…?


「そうだ…! あの人だ! 俺のことを世話してくれた人!」

そう思った瞬間、記憶があふれ出してきた。

でも――体が勝手に動いてる?


「よくもその攻撃を避けたな、魔性の女よ…!」

現れたのは神主。目が異様に黒くて深い――まるであの神のようだ。


「女? 俺、ただの子供だけど……あれ?」

胸に触れた瞬間、何か違和感が――


「えぇぇぇ!? なんで胸があるの!?」

まあ、“ある”ってほどじゃないけど…普段のまな板と比べたらかなりの成長っぷりだ。


「おいジジイ、何しやがった!」

返事はない。神主は驚愕と恐怖で固まってる。

「さてと、こいつどうする?」

うん、やっぱ夢だよね。こんなに長く続くのは初めてだけど。


「ふふっ、これなら楽しいじゃん…」


「ど、どうして…?」

神主は呆然とつぶやく。

さっき倒れてた男――あの人も目を覚まし、自分の身体を触って確認している。


「お、俺…生きてる? ははっ…君は俺の中に悪意がないって判断してくれたんだな? だから生かしてくれたんだよね?」

彼の笑いは震えていた。恐怖の匂いが漂ってくる。

でも、それより神主の匂いの方が…うまそう?


「違うよ」

そう言った俺に、彼は顔を向けた。


そして――青ざめた。


「もう君は悪魔じゃない。二年間の空白を埋めるために、君の魂にその悪魔の記憶を残した…みたい。

――まあ、なんでそんなこと知ってるのかは自分でもわかんないけど、今のセリフ…ちょっとカッコよくなかった?ふふっ」

彼は言葉を失っていた。


「私はハナ。世話してくれてありがとね」


「リ、リョウ…」

とだけ答えた。そりゃそうだよね、会話中に雷とか飛ばしてる奴がいたら驚くって。


「じゃ、行こっか。君の叔母さん、心配してると思うよ。三日も帰ってないし」

また青ざめた。

叔母さんの方が俺より怖いらしい。ははっ、変なの。


「ははは、どれだけ強い悪魔だとしても、この場所からは出られんぞ…!」


「黙れ、ジジイ」

返してやった。

「年金でも探しとけ、ったく…」

そう言ってリョウを抱きかかえ、「ポンッ」と音を立てて、俺は外の世界へと戻った。

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