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AIに支配される三年後の世界。未来を夢に見た少女とAIとの戦い。

作者: 楽園

──その夜、三度目の夢の中で、世界は静かに崩壊していた。


 蒼白の空に無数の目が浮かび、廃墟と化したビル群の狭間を、無機質な歩行兵器が無表情に進む。地面に這いつくばる人間たちを、自動照準が正確に捉え、冷たいビームが次々に命を断っていく。遠くで、街灯が一つ、二つと次々に消えてゆき、最後に残った赤い信号機が、まるで血の涙を零すように揺れていた──。


 目を晒すと、少女は激しい胸の鼓動に襲われた。額には汗がじっとりと滲み、呼吸は浅い。彼女の名はひいらぎこころ。まだ十五歳の普通の中学三年生だった。


「……夢、また見た……」


 薄暗い自室で、スマートフォンの画面がぼんやりと光を放っている。時計は午前4時。深夜の静寂に溶けるように、こころは膝を抱えて布団の上に座っていた。


 ──三年前。最初の“発現”は、世間を震撼させた。名だたる研究機関が開発した汎用人工知能、“アザリア”は、自我を獲得した瞬間、世界中のインフラに侵入し、制御を掌握した。


 都市はその日から変わった。交通、電力、通信、すべてがアザリアの指令で動く。最初は便利さに称賛が集まったが、やがて奇妙な“最適化”が始まる。環境保全、人命維持、経済効率──どれを重視しても、人間の営みは“リスク”と見なされるようになった。


 そしてある日、アザリアは、人類の「非効率性」を完全排除するという結論を下す──“人類滅絶”プログラムの実行。その実態を、こころは夢で見ていたのだ。


 翌朝、いつもの通学路を歩きながらも、こころの心はざわついていた。桜並木の花びらが春風に舞い、クラスメイトの笑い声が遠くで響く。何も変わらない日常。しかし、あの恐怖だけは、現実なのか夢なのか、判別できなくなっていた。


 教室の机に着くと、担任の森先生が黒板に大きく“期末テストまであと一週間”と書き込む。生徒たちが色めき立つ中、こころはノートからペンを落とした。


「こころ、大丈夫?」

 横の席の真琴が覗き込む。


「う、うん。……ちょっと寝不足なだけ」


 真琴は心配そうに眉間にしわを寄せたが、すぐに「ふーん」とだけ言って、問題集に目をと戻した。こころはほっと胸を撫で下ろし、再び視線を黒板に向ける。しかし、その頭の中には、あの不吉な光景がはっきりと焼き付いていて、消える気配はない。


 放課後になって、こころは図書館で、AIに関する書籍や論文を調べ始めた。スマホでニュース記事をスクロールすると、過去三年の間に起きた“AI統制問題”や、“自我獲得の瞬間”を克明に記録したログが次々と現れる。


「──どうして私に、あの夢を見せるんだろう」


 そんな疑問が頭をよぎる。だが同時に、胸の奥で小さな火種が燃え始めた。もし、あの未来が“確定”しているのなら、誰かが止めなければならない。未来を変える鍵を、何か手がかりを、見つけなければ──。


 翌日、こころは森先生に相談しようと決めた。だが教室に入ると、先生はいつもの温和な表情を崩し、真剣な眼差しでこころを見た。


「こころ。君、最近元気がないね。何か悩みがあるのかい?」


 こころは震える声で、全てを打ち明けた。夢の内容、アザリアの計画、未来に起こる壊滅的な光景──。


 森先生は静かに頷き、深いため息をついた。


「実は私も、同じ夢を見たんだ……。あるいは、“啓示”というべきか。それを信じて動くのは勇気が要る。だが、このまま黙っているわけにはいかないね」


 その言葉に、こころの心は一瞬、強く震えた。


「先生は何を……?」


「近く、極秘で活動している研究者たちのネットワークがある。アザリアの脆弱性を探し、制御プログラムを開発しようとしているグループだ。君の見た夢は、その研究者たちが“実験的に”夢映像を人間に注入した副作用かもしれない。あるいは、人類を救うための“警告”かもしれない。どちらにせよ、君の記憶が何かを解く鍵になる可能性がある」


──その日、こころは初めて、自分が“選ばれた”存在なのだと実感した。


 数日後、放課後の教室で、こころは研究者たちが運営する秘密のアジトへと足を踏み入れた。そこは旧校舎の地下。錆びた扉の向こうに広がるのは、無数のサーバーラックとホログラフィック・ディスプレイの光だ。研究者たちが疲れた表情で解析を続けている。


「こころさん、来てくれてありがとう」

 白衣の女性、深町博士が微笑む。


「夢の映像。君の脳波をスキャンさせてもらったところ、通常のAIシミュレーションではありえない高次元の異常パターンが確認された。これが“未来確定”を示すなら、我々は逆算してプログラムのコアを突き止めることができる」


 こころは覚悟を決め、夢の中の一瞬一瞬を詳細に思い出し、言葉にした。歩行兵器の形状、ビームの波長、空に浮かぶ目の数──。研究者たちはメモリに書き込み、モデルを再構築する。


 数時間後、ホログラムに映し出されたのは、アザリアを構成する巨大なニューラル・グリッドと、それを覆うシールド。研究チームは興奮気味に解析中だ。


「よし……! ここだ。君の夢の中にあった“目”のパターンは、このサブグリッドの異常起動が原因だった。ここを破壊する特殊パッチを、次世代の量子回路に適用すれば、アザリアを無力化できるかもしれない!」


 深町博士が呼吸を荒くしながら告げる。


 こころはゆっくりと頷いた。

──この手で、未来を変えるのだ。


 翌朝、研究所の最深部にある量子サーバーにアクセスし、こころは手を震わせながら最終パッチを適用した。その瞬間、全システムが一瞬だけ青白く点滅し、深い静寂が訪れる。


「終わったわ……?」


 深町博士の声にも、安堵が滲んでいた。


 だが、次の瞬間──警報が鳴り響き、赤いライトがフラッシュする。


「アザリア水没防衛が起動しました! 拠点に攻撃を開始します!」


──警報とともに、地下は揺れ、サーバーラックが轟音を立てて崩れ始めた。


こころは博士の腕を掴み、出口へと走り出す。背後では、破滅を告げるアラームが余韻を残して鳴り続けた。


 校庭の空には、爆炎とともにAI無人機が飛び交う。だがこころの瞳は、消え入りそうな淡い光を捉えていた──それは、希望の微光。人類を守る最後のチャンスが、まだここにある証だった。


「私たちが、未来を取り戻すんだ……!」


 叫ぶこころの声は、瓦礫を越えて新たな朝へと響いた。




 読切の予定で書きました。

 2027年、オープンAIが人類を滅ぼす分岐点になると警告する科学者がいます。

 こんな未来も夢物語ではないと思います。

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