夏目翔太。
フローライト第八話。
お正月が済んで専門学校がまた始まった。プログラムはなかなか大変だった。試験もあったし、資格を取るための勉強もあり、頭がごちゃごちゃだ。
そんな中での二月末、利成のバンドのライブに招待されて一人で出かけた。ライブ会場は狭かったけど、人がびっしりだった。利成はギターを持って歌を歌っていた。明希は一番後ろの方で皆と一緒に手を叩いた。
ライブが終わると会場を出ようとして知らない人に呼び止められた。
「天城が呼んでるから」と言う。その男性にバンドの人たちがいる部屋の通された。中に入るとバンドのメンバーの人たちに一斉に注目されたので、ドギマギしてうつむいてしまった。
「明希」と一番奥にいた利成が呼んだのでホッとして利成のところまで行った。
「天城の彼女?」と他のメンバーの男性から聞かれる。
「そう」と利成が答えている。
「へぇ・・・ここ入れるなんて珍しいな。俺高橋、よろしくね」と言われて頭を下げた。皆もそれぞれ名乗ってきたので明希も「咲坂です」と頭を下げた。
利成が「じゃあ、行こう」と言ったのでホッとして利成と一緒にその部屋を出ようとした時にドアが急に開いてぶつかってしまった。
「あ、すみません。大丈夫」と言われて顔を上げた。
(あ・・・)
「あ・・・」とその男性が言った。それから目を見開いて「明希?」と言った。
「翔太・・・・?」
(何で・・・?)
その場に茫然とたちすくんでいると、後ろから「おお、夏目。ちょっと待ってな」と言う声が聞こえた。
(何で?何で翔太が???)
まだ動けずにいると、利成が肩を抱いて明希の身体を前へ押した。そしてそのまま翔太の横を通り抜けた。身体が何だかガタガタ震えた。翔太も自分にとってトラウマなのだ。
後ろでドアが閉まる気配がする。利成に肩を抱かれたまま表に出るための階段を上った。
「車、ちょっと遠いんだ」と利成が言った。
「うん・・・」
明希はまだショックから立ち直れずにいた。
車に乗ると利成が「さっきの・・・もしかして元カレ?」と聞いてきた。
「うん・・・」と自分の手を組み合わせるように握りしめた。
「そう」
利成はそれだけ言うと何も聞かなかった。
その日は金曜日だったので、そのまま利成のアトリエに泊ることにした。父にはもう本当のことを言ってあった。父も利成だと黙認している。
「今日はどうだった?」と利成に聞かれたので「すごく良かった。楽しかった」と答えた。もちろんお世辞でもなんでもなくすごく良かった。そういうと利成は嬉しそうに笑顔を作った。明希も笑顔を返すと利成にキスされた。最近はキスはまったく平気になっていた。以前はキスでも若干の緊張を感じてたのだからだいぶ良くなってきたんだと感じる。
同じベッドに入っても利成はキス以上はしてこなかった。でも利成だと否定を感じないのだから不思議だ。なので回を重ねるたびに明希はだんだんリラックスするようになっていた。
「じゃあ、お休み」と利成が言った時、明希のスマホが鳴った。利成がベッドのサイドテーブルに目線を送る。明希がスマホを取って画面を見た時、一瞬凍り付いた。
<元気だった?今日はびっくりしたよ>
(翔太・・・)
翔太のラインはそのままになっていたが、翔太の方は明希をブロックしていたはずだ。あれから何度ラインを送っても既読がつかなかったのだから。
「利成、これどうしよう・・・」
どうしていいかわからず利成にラインを見せた。利成が翔太からのラインを見ている。
「明希はどうしたいの?」
「・・・わかんない・・・」
心が揺れていた。やっと忘れかけていたのに・・・。
「じゃあ、そのままにしときなよ」
「うん・・・」
利成にそう言われて明希は翔太にラインの返事をしなかった。心が揺れていて怖かった。今度は自分が翔太をブロックすればいい。なのにできなかった。だけどこの時ブロックして翔太からの連絡を絶ってしまえば良かったのだと後々後悔することになった。




