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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
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「勇者よ、目覚めなさい……」

作者: 長埜 恵

「勇者よ、目覚めなさい……」


「あなたは勇者ダオロドンの血を引く者……。この世界で魔王ゲベールに立ち向かえる唯一の者なのです……」


「今、悪臣モモヒキタスの手により魔王ゲベールが再び目覚めました……。あなたも目覚める時が来たのです……。目覚めなさい……目覚めなさい……」


「……」


「勇者よ……聞こえていますか……? 目覚めなさい……」


「魔王ゲベールの動きがことのほか早いです……。悪臣モモヒキタスの段取りが異常に良いせいでしょう……。各地のモンスターと協力して凄まじい勢いで王国に迫っています……」


「勇者よ、急ぐのです……。目覚めなさい……目覚めなさい……」


「……」


「勇者よ……? 目覚めなさい……?」


「確かに、魔王ゲベールと言われてもすぐにはピンとこないかもしれません……。なにせ魔王がこの世界を支配していたのは500年も前……。人間の記憶からは薄れ、今では御伽話のひとつとして語られるだけの存在でしょう……」


「ですが今、魔王ゲベールは蘇ったのです……。この世界は再び長い闇と恐怖に包まれるでしょう……。その闇を唯一の光となって照らすことができるのは、勇者ダオロドンの血を引き星の剣を操れるあなたしかいないのです……」


「さあ、目覚めるのです……。さすがにそろそろ目覚めるのです……」


「……」


「勇者……?」


「勇者よ、目覚めるのです……。夢の中でも侵略の音が聞こえているはずです……。悪臣モモヒキタスがあらかじめ根回しという根回しを完了させているせいで非常に手際良く無血開城が進む侵略の音が……」


「あ……たった今、王が魔王ゲベールの提案を受け入れました。何をしているのでしょう……」


「魔王ゲベールは、悪魔のごとき囁きで良心ある人々を誘惑します……。彼はこう言いました……自分が王の仕事を引き受けるから、代わりに王は夢に向かって突き進めと……」


「なんということでしょう……。その言葉を聞くや否や、王は家臣数名を引き連れて伝説バンド『スパーキーキングダム』を再結成し大陸ツアーへと旅立ちました……」


「瞬く間に王国は魔王ゲベールの手に落ちました……。最早一刻の猶予もありません……。勇者よ、目覚めるのです……」


「……」


「勇者よ……正気ですか……?」


「日中どれだけ過酷に働いたらここまで寝ぎたなくなれるのです……? 睡眠負債で言い訳できる範囲はとうに超えていますよ……?」


「王には一人娘の王女ヴァルーシャ様がおられます……。しかし彼女は今、魔王ゲベールという鳥籠に閉じ込められた哀れな小鳥……」


「ヴァルーシャ王女は部屋で一人震えています……。勇者よ、目覚めなさい……。そして王女を救い出すのです……」


「……」


「勇者……???」


「いい加減にしなさい勇者……? 思念体である私にはないはずの胃から煮えたぎるような感情が湧き上がっています……。これが、怒り……?」


「ヴァルーシャ王女をご覧なさい……。王に出奔され、勇者にも見捨てられ、誰の助けも得られない彼女は絶望し、ついに剣を手に取りました……」


「部屋の真ん中に突き刺してあった刃渡り1メートルのブロードソードを引き抜いて……」


「え? 何? 刃渡り1メートルのブロードソード?」


「剣を肩に乗せた王女は悠々と部屋を出ていき……見張りのモンスターと目が合うなり、軽く一振り……凶悪な刃は、いとも容易くモンスターの身を一刀両断にしました……」


「返す刀で反対側のモンスターの息の根も止め……ああ、騒ぎを聞きつけた他のモンスターたちもやってきましたね……。ですが誰がヴァルーシャ王女を止められるというのでしょう……。王女は跳躍すると、躊躇いなくその場で最も強いモンスターの脳天をかち割りました……。この光景に怯まない者がおりましょうか……。モンスターは悲鳴を上げて散り散りに逃げ出しました……。そんなモンスター達の背を高笑いと共に切り裂く王女……これではどちらがモンスターかわかりません……」


「そして、ついに魔王ゲベールがヴァルーシャ王女の前に姿を現しました……。血溜まりの中、ゆっくりと王女が魔王を振り返ります……。その手には、悪臣モモヒキタスの首が……」


「一瞬の沈黙のあと……同胞を殺された魔王ゲベールの咆哮が王国中に響き渡りました……。それを戦いの合図とし、両者の剣がぶつかります……。激しい火花が散るのは剣か、視線か……あ、何今更起きようとしてるんです、寝てていいですよもうここまできたら」


「決着もまた一瞬でした……。ですが考えてみれば当然でしょう……。かたや500年も眠っていた魔王……かたや生まれた時に産声よりも早く剣を握ったという不正出の剣豪……ヴァルーシャ王女の剣は、魔王の三つの心臓をまとめて貫きその息の根を止めたのです……」


「世界の平和は保たれました……。ヴァルーシャ王女は、王の帰還まで城と王国を守り続けるでしょう……」


「……」


「勇者よ……」


「その、私はそろそろ行きますね……? 他にもまだ呼びかけなくてはならない選ばれし者がいるので……」


「……」


「まったく聞いてませんね……?」


「さっき少し起きそうになっていましたが、止めたらまた寝ましたね……? あなたといい王といい王女といい、どうなっているのですかこの国は……図太さが支柱なのですか……?」


「まあ、いいでしょう……今こそ、誰にも妨げられず夢を見るがいいです……」


「勇者よ、おやすみなさい……」

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― 新着の感想 ―
 ヴァルーシャ王女様が、自分の脳内を、ものすっごく凛々しくかっこ良い、ヅカ系男役スター風ヴィジュアルで駆け抜けていきました。  きっと勇者、王女様がいるからだいじょうぶさー、と、女神さまに内心では返し…
なんだコレ・・・(白目 王様、再結成ってことは過去にも大陸横断ツアーやってたんすね? モモヒキタス、あんためっさ有能やん・・・? 王女様、はもう何も言うまい(女神様に凶悪な刃とか言われた 勇者…
[一言] 落ちまでつけて頑張る女神様(?)の律儀さに感動! ええ人や~。(笑) 39度って……ご自愛下さいませ。
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