学園祭への営業
俺はピン芸人。「近いのよ魚」という芸名でやっている。まだTVには多く出れていないが、ほぼ毎日舞台に立ち経験を積んでいる。ネタ作りも毎日時間を決めて行っておりR-〇グランプリで使う会心のネタができた。会社が所有する舞台ではかなりウケを取れている。芸人仲間の中でも、あのネタは面白いと聞くことができ地方営業でも手ごたえがある。過去にコンテストで上位に入っている芸人には共通点がある。何度も何度もネタを人前で行ない、セリフっぽさを消す事。さらにそれが芸人間で面白いと話題になる事だ。スポーツや勉強などではハードルを上げて自身が過剰に緊張する事にメリットは少ないが、お笑いでハードルを上げることはメリットが大きい。ネタの前に「このネタ面白い」と聞いていれば笑ってくれやすくなるのだ。逆に「このネタ面白くない」と事前に聞いていれば笑いづらくなる。
年末のR-〇の1回戦予選までにネタを更にいくつか作り、この夏の間に慣らしておきたい。特に学園祭の営業はかっこうの腕試しの場である。学生にはやや申し訳無いが叩き台の試金石としてウケ具合を確認させてもらう。学園祭の高校生・大学生はややゲラではあるので大爆笑をとれていてもやや信憑性にかける。しかし客の人数はR-〇本番よりも多いぐらいなので場慣れの練習にもなり、SNSの拡散による知名度UPが狙えるので確実にウケるネタを行ないたい。
8月の中旬に大学への営業の仕事が入る。8~10月は学祭が多い。俺自身は大学には行っていたが中退している。行っていた大学では確か学祭は9月だった。だが営業に訪れる大学はお盆の時期に学祭を行なうらしく珍しい。最近できた新しい大学という訳では無いらしいのだが失礼ながら聞いたことが無い大学名であった。
1人で持ち時間が45分もあるのでR-〇で行なおうとしているネタはすべて試せる。ウケ具合を見て決勝に使うネタを決めていきたい。まずはその練習だ。移動中の電車の車内でも台本を読み込む。自宅で、舞台でネタが体に染み込むまで行なう。ネタのウケる処、ウケない処を確認し少しずつ改良し憶える。ネタを取捨選択し自称最高の45分に仕上げたつもりだ。8月13日に行なわれた小規模だが事務所内のコンテストでは優勝する事ができ、審査員からも同じ芸人仲間からも好評を得た。準備は万全だ。
そして数日後、お盆の時期、都内から新幹線に乗り営業先の大学に向かう。まだ言っても売れていないピン芸人なのでマネージャーはついていない。一人でバスを乗り継ぎ割と郊外の緑の多い場所の大学に着く。大学は敷地が広大であるので割と郊外にある事が多い。正門を進むとちょっとした広場でなぜかキャンプファイヤーのように火が焚かれている。お盆だからなのか、この学祭の恒例の行事だからなのか。さらに進んで気づくがこの大学は敷地内であっても背の高い木が多く植えられており、真夏ではあるがひんやりしている。地図を見ながら指示された棟の部屋に向かうと、
「初めまして!本日、ネタをしていただける魚さんですか?私、舞台にも見に行ったことがあるぐらいファンなんです。実行委員会の玲です。玲ちゃんって呼んでください。」
ピンク色で玲ちゃんと書かれた手書きの名札を胸元に着けている女の子の実行委員さんが出迎えてくれる。
「はい、よろしくお願いします。玲ちゃん。ネタ見せは13時からって聞いているけどそれまで2時間ぐらいは外に出て居ても良いんですか?」
「はい。構いませんよ。12時45分ぐらいにこの楽屋の部屋に戻ってきていただければ。私は魚さん担当ですので、大学内を案内しても良いですが。お一人で回りたいならそちらでも構いせん。」
これは当たりの学園祭である。やけに集まる時間が早い上に、楽屋から出てはいけない場合もある。ダメならダメでネタ作りでもして時間を潰せば良いが、大学内を回りながら面白い人間やハプニングに遭った方が色々と捗る。
「ありがとう。でも一人の方が気楽だし、電話番号置いておくから、玲ちゃんも学祭を楽しんできなよ。12時40分にはここに戻るようにするから。」
「はい。了解しました。案内したかったからちょっと残念ですけど、是非ウチの大学の学園祭を楽しんで来て下さい。」
ネタに大がかりな装置は用いないが、リュックの中にフリップや小物が入っている。楽屋に置いたままで盗難されると困るので楽屋には置かずに持って外に出る。あちこちで大学生が店舗を出し、呼び込みをしており、その客にあたるのも大学生である。大がかりな装置みたいなのを運んでいたり、電話で何かの予約を取り付けている学生もいて学祭当日であってもまだ準備が終わっていないイベントが控えているらしい。朝は何も食べずに出てきており、お昼前の時間なので少し出店で食べることにする。
「おわっ!焼き鳥1本30円って、採算度外視か!」
焼き鳥を4本程購入しようとするが、
「あ!魚さんですよね?お昼からのライブ楽しみにしてます。え、やだなー。焼き鳥はタダで良いですよ!」
どうも、俺の事を知っているようで無料で4本渡そうとしてくる。払うと言っても聞いてくれなかったのでお礼を言って焼き鳥をもらう。SNSで悪く書かれなければ良いが…。次の店でも焼きそばが100円と激安。しかも先ほどの店と同様にタダでもらえた。通常であれば芸人が来ると言っても知っている学生は4人か5人に1人程度だろうが、構内を歩いている最中に結構指を指され、話かけられたのでライブにかなりの人数が集まると思われた。今はまだ周囲に好意的な学生ばかりだが、もし変なやからに絡まれると困るので早めに楽屋とされる部屋に戻ることにした。
部屋に戻ると玲ちゃんは楽屋とする部屋で何か名前の分からないお昼ご飯を食べていた。
「戻りました。大学でのライブ、結構宣伝をしてくれてたんですね。結構話しかけられました。」
「うぐっ。…あ、すみません。ちょっとお昼食べてました。早かったですね。はい。私個人的な気持ちもあって凄い宣伝しちゃいました。野外でのライブで入場制限も無いので全員来ると思いますよ。」
「え”っ!!全員!?それはあり得ないでしょ?玲ちゃん冗談うまいなー。」
「えへへ。でも本当に凄い人数来ると思いますよー。」
その後は大学の学部の話やこの周辺のおいしい店など雑談しながら出番10分前の12時50分になる。心なしか外で人が集まってザワザワしている音が大きくなっているように聞こえる。リュックからフリップや小物を出し袖まで移動する。
「魚さん、出番でーす。」
玲ちゃんの合図で袖から舞台上に移動する
うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!
物凄い歓声と人、人、人の海。ここまで集まっているライブは経験したことが無い。ざっと5千人はいるのではないか。最初からネタ披露ではなく玲ちゃん主導でのフリートークで助かった。最初からネタだったら飛んでいた可能性がある。楽屋で話していたような感覚で玲ちゃんからいくつか質問をもらいできるだけ面白おかしく答える。その度に
おぉぉぉ!!わぁぁぁぁ!!!あははははは!!!
と何故か盛り上がる。そこまで面白い事は言えていないが。
「では魚さんにネタを披露してもらいましょう!どうぞ!!」
結果から言うと大大大成功である。どのネタであっても皆が大爆笑をしてくれる。というか、一挙手一投足のすべてに笑ってくれる。R-〇に向けてのネタの選別ができないくらいどのネタも爆笑の渦になるほどウケた。
「どのネタをどういう風な順番で持っていくか分からないな。困った。」
と言いつつ俺は笑顔。お金をもらっての営業だったが、お金を払いたいような上機嫌であった。
「魚さん!ありがとうございました!皆は娯楽に餓えているのでこういう…学祭で発散ができて良かったです。また機会がありましたら是非是非よろしくお願いします!」
実行委員の玲ちゃんも気持ちの良い子で俺はご機嫌で帰る。駅前でおすすめされたグルメを食べようとしたが、その店がすでに半年前に潰れていたのはご愛嬌である。
~後日~
「魚先輩、学祭はどうだったんですか?お盆の時にピン仕事であったんですよね?」
「そうそう。大盛況でさー。みんなノリが良くて芸人になって良かったーとさえ思ったよ。」
「〇〇県のですよね?実は俺も〇〇県出身なんですよ。何大学ですか?」
「そうそう。〇〇県ね。大学は××大学っていうところ。」
「いや、そんな大学無いっすよ。俺大学探してる時に県内はおろか近県の大学は全部調べましたもん。」
「まぁそう言われてもなぁ。△△駅からバスで20分くらい行ったところにあったぞ。」
「いやいや、△△駅は俺の高校の最寄りですから余計分かりますって。絶対無いですよ。」
さすがにそこまで言われてはと、しっかり調べてみることに。G〇〇GLEマップで航空写真を見てみるが、その地域に木が生い茂っていて確認ができなかった。それにしても少しは構内が確認できても良いはずなのだが。何か気持ち悪いものを感じたので休みの日にもう一度その大学に向かってみることにした。
何も無かった。ただの森である。
大学があった場所に、施設らしいものすら無かった。場所を間違えているとかそういうレベルではなく、一帯が何も建物が無い。さて、あの大観衆と喧噪は何だったのか。帰りのバスの中で考える。
陰暦10月は神無月と呼ばれるが、それは島根県出雲を除く地域である。なぜなら全国からいなくなった神は出雲に集まるからだ。島根県出雲市では神在月と呼ばれる。これと同様の事が霊においても言えるのではないか。お盆の時期に全国の霊が集まって、一つの地域に集まり何かをする。学祭という形で芸人のネタを聞くために。と言う事は、玲ちゃんをはじめ、構内で出会った人や話した人、ネタを見ていた人はすべて霊という事になる。玲ちゃんが半年前に潰れたお店を知らなかったのは1年振りの来訪だったからなのか。良かった思い出に後から不思議なものが乗っかり、何だか感情が綯い交ぜとなった。
さらに数日後、先輩の霊が見えます芸人と連絡して会うことに。待ち合わせ場所に先輩は来なかった。