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トプカプ戦記 ――半端名門魔導師は小さな人馬に求婚される  作者: 伊佐良シヅキ
魔導師の花婿と人馬の花嫁
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魔導師の花婿と人馬の花嫁・上

 テオドールとメルセデスの正式な結婚と結婚式がこの春までずれ込んだのは、言うまでも無くクルト=フォン=ミュッケ中将の叛乱に伴う爵位剥奪と、オスカー=フォン=シュリーフ大将の帝国参議官就任による家督相続の二つだった。

 もともとシュリーフ侯家とミュッケ伯家の長子同士の結婚とただでさえ両家の後継者問題になるものだったのに、両家の当主が爵位を失ったことで更に事態が悪化した。

 そして冬のイヴァミーズ城で獄に入ったクルト以外の両家の面々と、帝室から派遣されたジークハルト=ヴィンテル卿が顔を合わせて話し合った結果、爵位の序列やクルトの一件のおかげで謹慎中に近い処分のミュッケ伯家にメルセデスを迎えることは無理とされ、逆――シュリーフ侯爵家にテオドールが婿入りすることが決まったのだ。

 そのおかげで次子であったエリスがテオドールの代わりにミュッケ伯家の当主となったのである。

 冬の間はお互いにシュリーフ侯家・ミュッケ伯家の爵位引き継ぎの手続きと後始末に忙殺されたり、列車杖事件の後の市民感情を考えてあえて正式な結婚や挙式については触れなかったが、雪解けと春の麦蒔きの季節を迎え、やっと結婚と挙式に至ったのだ。


 エンツェンヴィル城からオヴェリフルの中央教会へ向かう道を、メルセデスの鞍上に乗ったテオドールは駆け抜けて行く。

 テオドールは通常より濃い洋酒色に金モールの多く入った参謀飾緒付きのトプカプ州軍少佐の礼服と、いつもの赤いリボンタイと違うボウタイ。

 メルセデスも同じ中佐の州軍礼服とボウタイ姿で、ベルトにはサーベルを掛けている。


「ウェディングケーキはあのイヴァミーズのマイスターに頼んだのでしょう?」


「そうだよ。マイスター=コッフィーだ。一昨日にはこっちに入ったらしい」


「ケーキはテオドールが頼まれたのでしょうか? それともアリシア様?」


「母上だよ」


「成程、洗濯屋のベルタおばさまが」

  

 メルセデスの不可解な言葉にテオドールの頭の上に一瞬疑問符が浮かんだが、メルセデスの「なんでもありませんよ」と言う言葉に、ああ、と答える。


「でも君も礼服を着ることは無かったのに。式場でウェディングドレスに着替えるなら普段着かいつもの軍服で良かったと思うんだけどな」


「一応シュリーフ侯ですから、威厳を整えないといけません」


 少しだけ速度を緩めて、メルセデスはちらと後を振り返る。

 

「テオもそれが腰に戻ってから、威厳が戻りましたもの」


「……そうかも。僕もなんだか重みで調子が戻ってきた気がする」

 

 テオドールは手綱から手を離し、左腰に吊られている灰銀の騎杖――『灰銀の光輪(アッシャー・ヘイロー)』を撫でる。

 結婚式を控えてスラティの兵器廠で打ち直され、数日前に送られてきたそれは、柄と魔素管機関部の精巧な彫刻、そして鍛冶の素人が見ただけでも相当に鍛え上げられたとわかる刃を持つ剣に生まれ変わっていた。

 スラティ兵器廠が木箱に共に入れた手紙には、次期軍用灰銀鋼の試作製品として東方の鍛造技術や合金製法を参考にして配合した灰銀鋼を鍛造と焼き入れを繰り返した特注品とも、例え『ヘイロー・ダウン』を銀竜の鱗に見舞っても折れることは無い。とも、自信満々に書かれていた。

 ある意味でシュリーフ侯配に相応しい姿に生まれ変わった剣は、魔法ダイナモの魔素管を抜かれた状態で彼の腰の剣帯で揺れている。

 かちゃかちゃと揺れる剣の久々の重さを感じて、確かにテオドールも安心する。


 

 田舎道からオヴェリフル市街に入っていくと、道すがらすれ違う農夫達や街の人々は二人の姿を見るや否や、皆「おめでとう!」と手を振って迎えてくれる。

 その中にはきっと、ニニエル高地やヴィサンの森で自分たちが死なせてしまった兵の縁者も居るだろう。

 怨嗟の声をぶつけても良いだろうところを、なんで祝ってくれるのだろう。

 テオドールは最初そう思ってしまったが、街を進んで行くにつれて、きっとそう考えてしまうのは自分の思い上がりなのかもしれないと思ってしまった。

 

 合同葬儀の頃は無茶な作戦を立てた指揮官や主任参謀のような人間にそのやり場の無い怨嗟をぶつけるしかないが、時間が経ってしまえばやがては怨嗟も薄れていってしまう。

 そうして時が経ってゆくうちに、死んだ者に向ける未練も、やがて生きている者へ向けるプラスの感情に変わってゆく。

 テオドール達をずっと恨んでいるような人間なんて、きっとそうそう居ないのだ。

 

 そして新しいトプカプ侯爵・メルセデス=フォン=シュリーフは、部下の死をその先の希望と栄誉に変えるには相応しい人物――太陽のような領主だからこそ、皆が祝福するのだろう。

 そのことを彼女に言おうかと思ったが、テオドールはそんな野暮なことを結婚式という晴れの場の前に言うものではないか。と心に留め置いた。

 言う機会はそのうち、嫌でも来るはずだ。

 今はただ、テオドール自身も「おめでとう」の雨を素直に受け止めようと思ったのだった。

 街頭から降り注ぐ「おめでとう」の雨を一身に受けながらメルセデスの脚はオヴェリフルの古い城門をくぐり、旧市街の中央・オヴェリフル大聖堂の裏手へと入っていった。

 


 石灰岩造りの高い尖塔と壁を覆う複雑な飾り、そして大きな薔薇ばら窓を有する荘厳な風貌の聖ジャンニ教会は、領主夫妻の結婚式を見ようと、今やオヴェリフルの市民が殆ど来ているのではないかと言う程にその周囲は多くの人で溢れていた。

 リヒトや一〇九独立大隊の人々も軍服姿でやって来たものの、特別扱いを受けることも無く当然のように人の波に押され、オヴェリフル大聖堂の前の人混みの中で彷徨う羽目になった。


「前見えなーい! 中佐たち入っていったのー!?」


 前の紳士の帽子と後頭部に遮られ、ぴょんぴょんと鉤爪の脚で跳びはねるアルマに、前に居る人々の声を辛うじて聞き分けたリヒトが言う。

 

「今裏から入っていったって! そのうち表に来るはず!」


「だから行かなくて良いって言ったでしょ! 絶対こうなるから後で部隊で祝えば良いって!」

 

「でも行かなきゃ失礼じゃん! 中佐のウェディングドレスも見たいじゃん!」


 人混みのどよめきの中にゲルダの悲鳴のようなぼやきと、アルマのかしましい返答が混じる。

 テオドールの結婚式に出席しないのは従兵である自分の沽券にも関わるので、リヒトにはアルマの気持ちもわかった。

 だがそれでもこの人混みにはゲルダの肩を持ちたくもなった。

 ホイスやヨハンは最初から教会では無くてテオドールらが最初に通るであろう道の方に陣取って、リヒトもそちらに誘われたのだが、教会で二人を見ると聞かないアルマと、それに無理矢理付き合わされたゲルダを放っておくことが出来ず、こちらに来たのだ。


 アルマは教会で見届けないと失礼だから、とここに来るときには真面目ぶっていたが、ゲルダもリヒトも先夜に隊舎の食堂で設けた祝いの席で、早々に蜂蜜酒ミードで酔っ払った彼女が「わたしがブーケ取るんだぁ」と蕩けた顔で語っていたのを知っているから、実際のところその真意は知っていた。

 だからこそ二人ともどうしようもないと思ってはいるが、彼女の我儘を許してしまう。

 これもアルマ=ファイトの人懐っこさのなせる技なのかと、二人はそれでもメルセデスを見ようと飛び跳ねるアルマに苦笑する。


「しっかし、リヒトもいつの間にか古参兵みたいになったよね」


「そんなこと無いよ。多分これのせいだって」


 リヒトはゲルダの言葉に、右頬の火傷痕を指さす。

『クレスタⅨ』制圧戦で中央軍の魔導参謀が唱えた高位雷撃魔法によって付いた火傷は、結局数ヶ月で少しは良くなったものの完全に痕が消えることは無く、今も右頬だけで無く彼の身体のあちこちに残っている。

 外観こそ傷や弾痕の残る歴戦の古参兵のようだと言われたら確かにそうだが、実際は入営してまだ二年ほどしか経ってないのがリヒト=ヴァッサー一等兵だ。


「いやぁ? 雰囲気も頼りがいが出てきたし、背もちょっと伸びてるっぽいし。最初テオドール少佐のワンコみたいだったのが嘘みたいで、もう下士官で通じるくらい風格出てきたよ」


「それ言ったらゲルダだって下士官で十分通じるよ」


「そうなると、やっぱお互いくぐった修羅場の数の違いかな」

 ゲルダが古参兵がよくやるような含みと凄みのある笑みで返す。

「あたしたちは秋の戦いで一番活躍したし、特にリヒトはマンティコアの時もヴィサンの森の時も一番危ない所に居たからね。その分いい男になってるんだよ」


「いい男って、そんな」


「どっかのやかましい雛鳥が居なけりゃあたしも惚れるぐらいにはいい男になるよ、リヒトは。あと20年もすればギルマン准尉ぐらい風格ある下士官になってるって」


 記憶に残る猪人の壁のような背中を思い出しながら、リヒトはそうかなあ、と困った声で返す。

 あの背中に追いつく日が来るとはリヒト本人には思えないのだが、ゲルダの言葉を少し信じてみたくもある気持ちも確かだった。

 将となったテオドールの近くで、ギルマンのような風格ある背中と准尉の階級章を付けて立つ少し遠い未来の自分の姿を想像して、リヒトはその似合わなさに思わず笑ってしまう。

 ゲルダの言うような未来がそのうち来るにしても、リヒトがそれをちゃんと思い描けるようになるのはもう少し――たぶん十年は先の話だろう。


「あーっ! 二人して何面白そうに話してるの!」


 石畳を爪で蹴ってぴょんぴょん跳びはねていたはずのアルマがいつの間にか振り返って、二人に抗議の声を上げる。


「別に? リヒトがあと二〇年もしたら男前な下士官になるって話してただけだよ」


 眼鏡の奥の眼を意地の悪い細め方をして、わざと挑発的な口調で言うゲルダ。

 わざわざ人混みの中に連れてこられた腹いせ混じりの揶揄いを、アルマはかなり本気で受け止めたのか、どよめきの中でも一際通る高い声で「あげないからっ!」と叫んで、黄色い羽根を何枚か散らしながら翼で思い切りリヒトを手繰り寄せた。


 別にブーケなんか拾えなくても良いと思うんだけど。

 温かい羽根に強く抱かれながらリヒトがそう思ったのは、当然と言えば当然だった。

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