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トプカプ戦記 ――半端名門魔導師は小さな人馬に求婚される  作者: 伊佐良シヅキ
魔導師の花婿と人馬の花嫁
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春・オヴェリフルにて・下

 表に馬車が着いたとイレーネから知らせを受けたテオドールは、城館の自室を出て、玄関へと歩いて行く。

 軍服ではない毛織りのシャツとベスト姿のテオドールは、玄関の外から聞こえる賑やかな、そして懐かしい声を聞き、ドアを開け放った。


「みんな。久しぶり」


 テオドールは玄関口の母と弟妹に声をかけた。

 

「テオ兄様、お久しぶりです!」


 ベアトリスが飛び込んできそうな程に元気よく駆け寄って、それに続くように重たそうな本を手に持ったカールが声を掛ける。


「テオ兄さん、痩せたかい?」


「カールもな。相変わらずあまり食べてないだろ」


 まあね。と少しばつが悪そうに視線を落とすカールの愛想の無さに懐かしさを覚えながらも、更に愛想無く無言でこちらを睨むように見つめるエリスへと、皮肉げな笑みを口元で作りながら、テオドールは言う。


「イヴァミーズ伯閣下。お越し頂きありがとうございます」


「ええ、トプカプ候配閣下。お招き頂き感謝致します」


 エリスが疲れた表情を崩さずに、若干恨みの籠もった声で答えるのを、テオドールは受け流した。

 彼女の様子から見るに伯家の運営は相当の困難を伴っているようだが、こちらもこちらでなかなかに面倒な事情になっているのだと言う気持ちもあった。

 運良くその苦労は目元の隈とやつれ具合でエリスにも通じたようで、彼女の口元にも皮肉っぽい笑みが浮かぶ。

 そしてテオドールは最後に母、アリシアに頭を下げた。


「今回のこと、認めて下さりありがとうございます。母上」

 

「そうでもしないと貴方たちも私たちも進めなかったでしょう。貴方たちが幸せになって頂ければ、私もパウルや前シュリーフ候に働きかけた甲斐があります」


 ふふ、と柔和で、そして底知れない笑みを浮かべるアリシアに、肩書きが変わってもまだまだ自分はこの母には勝てそうも無い。とテオドールは思ってしまう。


「ところでメルセデスさんは?」


「義父上やフランツさんと共に、義母上と先祖への報告にと霊廟の方へ。もうすぐ帰ります」


「そうね。それは確かに大事ね――私たちは少し早く着きすぎてしまったのかもしれないわ」


「家の者が帰ってくるまで、もてなしは僕がやらせて頂きます。どうぞ、館へ」


 アリシアの皮肉混じりの言葉に返すように、テオドールは四人を客間へと導こうとする。

 

 ところがベアトリスは庭に興味があったらしく、「テオ兄様、わたしもっとお庭がみたいわ」とテオドールへと潤んだ視線と少し高い声で訴えてくる。

 隣のカールもベアトリス同様、何かエンツェンヴィル城の中庭に興味引かれるものがあったようで、無言だが、ベアトリス同様に懇願の視線を送っている。

 二人を好きにさせたかったが、庭は意外に深い池や崩れそうな石垣もあるので、二人だけで散策させるのは危なっかしくて、とても首を縦には振れそうにない。イレーネか適当な使用人を付けようか。と思っていたら、エリスが口を開く。


「シュリーフ候のお帰りまで、客間でなくあそこの東屋でお話致しましょうか? 南の陽気ならお外でお茶を楽しめるでしょう」


 白く塗られた錬鉄の東屋を指さしたエリスの申し出にテオドールは一も二もなく頷き、後ろに控えていたイレーネに茶と菓子を東屋に運んで欲しいと頼むのだった。


 ベアトリスが生け垣をぱたぱたと駆け回り、カールが興味深げに古い城跡の石積みを観察するのを横目に、テオドールとエリス、そしてアリシアの三人は東屋の鋳鉄の椅子に座り、テーブルの上の紅茶を口にする。

 ミッテルラント東部のクシレイ州で採れた紅茶は、東方から運ばれてきたそれと比べるとやはり味に違いが出るが、交易路が限定され値段が吊り上がっている今となっては、東方茶は貴族でもおいそれと手が出せない代物なのだ。

 侯爵と言ってもオヴェリフル周辺の農地経営と軍からの給金が主な収入源のシュリーフ家では、少しでも質素倹約に務めなければ侯爵家のメンツと家計を両立できない。テオドールは地味ながらそういうところにも貢献していた。


「で、実際なってみた伯爵の地位はどうだ? エリス」


「ええ。おかげで忙しすぎて目が回りそうですわ」

 テオドールの言葉に、エリスが皮肉たっぷりに返してくる。

「お父様の件で中央軍を辞してスラティ州軍に移ることになったり、イヴァミーズ市議会や周辺領主との摺り合わせに鉱山や工場の労使調定。その上お父様の残したツケの片付けに追われたり……お母様はあまり手伝ってくれないですし」


「領主なのですから自分でやれることは自分でやるべきなのですよ。エリス。なんでも任せっきりで軍務ばかりに集中するとあの人みたいになってしまうのですから」


「それは重々承知しています。ですがもうちょっと書類の作り方なり調定の仕方なりを教えて頂きたく思いましたわ。授爵式の時もぶっつけ本番でしたし、どれだけ苦労したか」


 茶菓子のクッキーを口にしながら明後日の方向を眺めるアリシアに、テオドールは少しだけ恨めしげな視線を送る。

 多分テオドールが同じ役目に就いたとしても、この母はきっと助けなかったのだろうという確信と、エリスへの同情、そして自分の置かれた状況とエリスを重ねてだ。

 親というものはいざという時に信用できない。エリスとテオドールは視線を交わして、珍しく内心が一致したことに頷く。


「父上は?」


 テオドールが訊ねる。

 クルトは年が明ける前にジグムント共に軍法会議に掛けられ、終身禁固刑に服すことが決まった。

 今はスラティ州の北縁、レーゲンラッヘン城をその獄としていると言うことだが、トプカプまでは彼の話が届かないので、何をしているかテオドールにはわからなかった。

 エリスの話を聞くに受勲の儀でもクルトはいないものとされたようであるので、少し気になったのだ。


「ずっと机に向かって書き物をしたり、城の中を歩いたりしているそうですわ。最近は文通相手にも恵まれているらしくて、重罪人のわりには随分と悠々自適なようですし」


「文通相手? あの父上に?」


 テオドールが食い気味に声を上げる。

 あの社交的という言葉とはかけ離れた父が、しかも禁固刑になってから交際の相手が出来るなんて、思ってもいなかったのだから当然だ。

 物静かに差し入れの本や新聞でも読みながら覚え書きを書いている物だと思っていたテオドールとしては、横面を殴られでもした衝撃だ。

 

「相手は私とパウルよ。時々誰か他のひとからも手紙をもらっているみたいだけど」


 アリシアの言葉に、テオドールはああ、と納得する。ベックと母なら、確かに父が文通をする相手として相応しいはずだ。

 アリシアが含みのある声で言った『他の女』が誰なのかが少し気になったが、そればかりは聞くのが少し恐ろしくて、聞くのをやめた。


「お兄様こそどうなんですの? イヴァミーズ伯爵と違ってトプカプ侯爵の夫なんてそれこそ多くの仕事がおありでしょう?」


「まあ、エリス程ではないだろうけど忙しくて目が回るよ。こちらも義父上が侯爵の仕事をかなりの程度州議会や周りに全てを丸投げしていたし、メルは調定は得意でも書類仕事が苦手だから、その分の仕事も僕に回ってくるからね」

 

 オスカー=フォン=シュリーフは列車杖事件の後、突然に軍を辞してトプカプ侯爵の地位を長子である娘・メルセデスに譲り、帝国参議官となった。

 参議官の条件である軍籍及び爵家当主を退いた者に限ると言う条件を知らない訳でもなかったし、列車杖事件の抑止が出来なかったことをオスカーが引け目を感じて、帝室にも口出しの出来る唯一の立場である参議官を目指したのはテオドールもメルセデスも理解は出来た。

 それでも参議官就任の意向を突然告げられ、トプカプ侯爵の授爵をばたばたと済ませることになったのや、その過程でオスカーがトプカプ候としての仕事も議会や州知事、それにザイサー州軍司令や代理の文官に丸投げしていたことを知ったとき。そしてメルセデスに代替わりした途端にオスカーが投げていたそれら仕事をトプカプのあちこちから求められたときには、流石に二人で頭を抱え、オスカーをあらん限りの言葉で罵倒した。

 役所文章が大の苦手で普段の部隊長としての書類仕事も滞りがちなメルセデスに替わって、テオドールが書類仕事を一手に引き受けたわけだが、それすらも数年分の積もりに積もった書類なのだから、眼を通していちいち決裁するだけでも忙殺されるのだった。

 侯爵としてのこの功績をもってして、オスカーは絶対に優秀な秘書を就けないと参議官としてやっていけないだろう。とテオドールは心中思い、フランツにオスカーに優秀な秘書を探すように強く言い続けているのだった。


「書類仕事のしすぎで疲れ切って魔法も剣技も鍛錬を怠りっぱなしだ。『アッシャー・ヘイロー』も打ち直す打ち直すと言いながら、ずっと放ってる。メルは毎夜の鍛錬を欠かさないけど、あれが憂さ晴らしになっているよ」


「私も似たようなものですわ。魔導師としてこれほど鍛錬も研鑽も怠った時期は無かったと思いますし、最近は登庁しても『プラチナム・ヘイロー』を持つことも無くなってます」


 テオドールとエリスは合わせたように苦笑する。

 テオドールは本当にお互い苦労させられている身になってから、始めてエリスとわかり合えているような気がした。

 そして二人の弟妹を眺めながら茶を啜っていると、遠くからぽくぽくと庭の石畳を叩く蹄鉄の音が近づいてくる。


「ただ今戻りました、テオ。ミュッケ伯とアリシア様も元気そうで」


 テオドールはここ半年ですっかり聞き慣れた、高く春風のような心地よい音色の声に振り向く。

 

「お帰り、メル」


 白色のブラウスとつつじ色に染めた毛織りのカーディガン、そして麻の馬着に身を包んだ彼女は、テオドールに向かってはにかんでみせる。

 年相応とは言い難い少女のような笑顔を見せてくれる女性――トプカプ侯爵、メルセデス=フォン=シュリーフの姿だった。


「お義母様にはご報告は済んだ?」


「ええ。明日のことも全て」


 明日のこと、と言われて途端にテオドールは照れくさくなり、はは、と誤魔化し笑いの声を上げる。

 それを見抜いたのかメルセデスは「照れくさくても誤魔化さない」とほんのりと釘をさす。


「貴女がメルセデスお義姉様?」


 ぱたぱたと靴音を立てて、さっきまで花畑の方で興味深げに花を観察していたベアトリスが駆け寄ってきた。


「初めまして! わたしはベアトリス=フォン=ミュッケ! お義姉様のことはエリス姉様から沢山お話を聞かせてもらったわ!」


「ええ。私も沢山テオから聞いたわ。とても想像力豊かな素敵な魔法使いさんなのでしょう」


 ええ! と弾んだ声を上げるベアトリス。


「明日の役も任せて。でも今はお話を聞かせて欲しいわ!」


 満面の笑みを浮かべるベアトリスに、メルセデスはええ。と同じだけの笑顔で返す。


 そう、明日はテオドールとメルセデスの結婚式なのだ。

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