嵐の後に――葬送と、独白と
終結翌日の新聞によってジグムント帝都叛乱、後の世に『列車杖事件』と呼ばれる事件が終結した後、始めに一〇九混成大隊の全員が参加したのは、葬儀だった。
ユーラヒル市街地、ヴィサンの森。この事件はその両方で軍民合わせて相当数の死者を出し、そのうち軍人の亡骸は反乱軍も正規軍も無いままユーラヒルの郊外の軍人墓地へと、無数の白ペンキで塗られた板で出来た仮墓標の下に葬られた。
叛乱者もまたミッテルラントを想った軍人だ。としてヴィルヘルム=ルーハンス帝の勅令のもと軍人墓地に葬られた。と語られている。
だがその実は下士官や兵は事件時の混乱で誰が叛乱軍で誰が正規軍だったかわからなく、そして砲撃や制圧魔法の直撃で死んだ兵はもう敵も味方もわからないという理由が大きかった。
唯一見分けの付いた洋酒色の軍服のトプカプ兵も、皆異郷の墓の下へと葬られた。
合同葬儀の場に参列したテオドールは将校の列に混じったが、そこにも無数の視線が突き刺さった。
葬儀に参列した叛乱軍の兵たちの家族と思しき女性や初老の夫婦、それに中央軍の兵たちは菫色の軍服のテオドールを、険しく、また敵意の籠もった表情で睨む。
叛乱者クルト=フォン=ミュッケの息子にして、ヴィサンの森と『ラプラスの悪魔』の虐殺者。
それがテオドールの今背負うレッテルであり、クルトが軍法会議所の重営倉に入っている今、自分の分に加えクルトの分の憎しみもその身体に受け止めていたのだ。
「ミュッケの息子がよく出席できるな」
「あいつが艦ごと攻撃しなければ、あの子は死ななかったのに」
「あの男も親父のようにいつか暴発するんじゃないか?」
無数の囁き声の中からそんな声が聞こえてくる。
尤も、テオドールはそれでもまだ優しい方だと思った。
トプカプに帰ればもっと苛烈にテオドールは責められるだろう。
浸透作戦において最も損耗率の高い突撃隊に志願し、多くの兵を見殺しにした責任がテオドールにはある。
「その考えは分かたれ悲惨な結末を迎えたが、我が国を想い、戦った烈士たちに今一度弔意を示そう――捧げ、銃」
ジークハルト兵務卿の言葉の後、ぱぱぱん……と白い木の墓標の上に向かって、弔銃が放たれる。
冬の高い空に弔銃の余韻が消えて行く中、テオドールはグロックナーのことを思い出していた。
確かに、自分一人でこの空気を何度も経験していただろう彼は、この空気の重さに耐えられずに力を求めてしまったのだろう。この空気は、向けられた視線は、実際に立った者にしかわからない。
父は何度この空気を経験したのだろう。兵務卿の傍らに立ち、テオドール以上に敵意と失望の視線に晒されるベックもまた、何度同じ経験をしてきたのだろうか。
――やっぱり僕は中央軍には居れないのだろうな。
もし自分に父やエリスと同等の力があったとしても、この弔いを繰り返し続けてはきっと心が耐えられなく、英雄という言葉が重圧へと変わったに違いない。
テオドールはちらと騎兵将校の列に居るメルセデスを見る。彼女もまた俯き、投げかけられる視線に居た堪れない表情を浮かべていた。
彼女もまた中央軍には居られない、優しすぎて、英雄として強くあれない軍人なのだ。
合同葬儀が終わった後、第一〇九独立混成大隊はシュニック湖の臨時の兵営に戻る。
明日のオヴェリフル行きの臨時軍用列車で帰るため、兵営はばたばたと帰投の準備に追われていた。
テオドールとメルセデスも撤収のために荷物を纏めており、テオドールは小さな折り畳みの机と椅子で、石油ランプの灯を頼りに報告用紙の上に戦闘詳報を万年筆で書き滑らせていた。
その机の傍らでメルセデスは脚を畳んで座り、首席参謀の書いた戦闘詳報に時折ふむふむと頷く。
「……少し厳しめに書きすぎではないですか?」
「そうかもしれないね」
覚えている限りのことをできるだけ客観的に書いていたつもりだったが、文章を少し振り返って読めば、確かに彼我問わず相当厳しい言葉で書き綴られていた。
「でも、これだけは厳しく書かないとダメだ」
そう言って、再びテオドールは金のペン先を薄黄色の紙の上に滑らせた。
州軍のと違う上質な中央軍の報告用紙の上を滑るようにペン先は動き、また厳しい単語が罫線の上に並ぶ。
詳細に、しかしただ淡々と戦闘の流れを書き綴っているだけだが、それでもこの戦いでテオドールとメルセデスたちが勝てた――と言うよりも、クルトたちが敗れた理由がそこに詰まっていた。
列車杖という両刃の剣の如き超兵器への畏れによる軍の分裂。
万能感に取り憑かれた皇弟ジグムントの独裁指揮と当人の暴走による戦線の大混乱。
そして大陸戦争や人魔大戦に取り憑かれ、列車杖に固持した結果、蹶起以外に道が無くなった生真面目かつ頑固が故のクルトの孤立。
そしてその裏にあった、ミッテルラントの過度な英雄礼賛と軍の政治的優位性。
「この戦闘詳報だけじゃ足りない。トプカプに帰り次第、所感を書いて参謀総長に提出するつもりだ」
「それが僕の使命だから、などと考えていませんよね」
メルセデスがおどけた声で、しかしきっちりと釘を刺してきた。
「使命なんて言葉を軽々に持ち出すのは思い上がりの証拠です。多くの人が今際の際でやっとわかるようなものを、そうそう抱かれてたまるものですか。ミュッケ中将と言い、テオと言い、何でも自分のことのように考えるのをやめてください」
「……それもそうかも」
テオドールは自嘲の笑みを口元に浮かべながら、ふるふると首を振った。
「だけど所感だけは書かせてもらう。責任や使命抜きで、とにかく僕が書きたい」
「そんな気はしました。私だって此度の戦いには一筆書きたいぐらいですもの」
自分で調子を落ち着かせているようだが、彼女の声には震えが混じっている。
もし彼女がペンを取れば、とても一筆程度では済まない量の言葉が書き綴られることだろう。
万年筆が紙を掻く音が、机の上の懐中時計の刻むリズムと風が天幕を叩く音と合わさって、天幕の中の静謐を彩る。
そこに再びメルセデスの声が差し込んできた。声の調子は少し硬い。
「ミュッケ中将――お義父様の言っていた大陸戦争や人魔大戦は起こると思いますか」
テオドールは筆を止め、メルセデスの方を向いた。
その顔には苦々しい笑みが張り付いている。
「なんでそれを僕に聞くかな」
「指揮官が主任参謀に意見を求めるのは当然でしょう」
「それもそうかも」
テオドールは少し押し黙って、ランプに照らされた詳報の文面を眺めてから呟く。
「僕に父上ほどの大陸の詳細な情報や未来を予測する能力は無い……けど、それでも少なからず起こるだろうとは思っている」
「その理由は?」
メルセデスが試すような横顔でテオドールに問うた。
いつもは少女然とした彼女が見せた蠱惑的な表情に、テオドールはふう、と思わず息を吐き出してしまう。
だが、次に紡ぐ言葉ははっきりとしていた。
「十年前の魔王軍のツツール帝国東部への大侵攻で、大陸の人間領は分断された。大陸中部や東部からの資源に頼り切っていた西方諸国は交通網の分断や遠回りで干上がって、ここ十年で経済や工業は滞っている。今は良いけど、父上の言ったようにあともう十年、十五年は保たない。資源の分配を巡って、何かの切っ掛けで大陸戦争が起きると思う」
「そしてツツール東部の奪還となれば人魔大戦に発展する……と」
「ツツール東部奪還にせよ魔王都ギリマへの直接侵攻にせよ、いずれにせよ人魔大戦だ」
そこまで言葉を紡ぐと、ふう、とテオドールは息を吐く。
「いずれにしろ、父上のやり方は性急すぎた。大陸戦争に拍車をかけるような真似やミッテルラントが自ら戦端を開く真似をしても意味が無い……父上もまた英雄病と軍ありきの考えに染まりすぎたんだ」
「私たちはせめてそうならないことを祈るしかないですね」
「そうだね」
その時、天幕の入り口から「失礼します」と言う声が響く。
入るようメルセデスが言うと、リヒトが二人分の茶の入ったブリキのカップを持って入ってきた。
テオドールは茶を受け取ると、それを口に付けて、再び筆を執る。
薬草茶らしい大分苦いそれは、少し鈍った頭にはがつんと来た。
「どちらにせよ、次の戦争はきっと英雄の時代じゃなくなる。英雄が飽和するか、いなくなるかのどっちかだ」
テオドールの独りごちるような言葉に、メルセデスは頷いた。




