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トプカプ戦記 ――半端名門魔導師は小さな人馬に求婚される  作者: 伊佐良シヅキ
星掴む人馬と光輪の魔導師
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ユーラヒルの嵐――『ロキ』制圧戦・六

 轟音のこだまする雪空の中を、アルマの翼撃は雪混じりの冷たい空気を巻き上げながら、ひたすらに上へ上へと向かってゆく。

 鉤爪で強く肩を掴まれたリヒトは観測高度計を構えながら、まだ頭上に居る飛行戦艦を凝視する。

 雲中で舷灯と照明の光を漏らし、後ろ側の胴体に伸びる四対の煙突から薄黒い煙を吐き出す飛行艦は、まだその船影までしか見えていない。

 高度三百五十チャーン。随分低いところまで降りてきたと思った飛行艦は、実はまだもっと上に居るようだった。


「アルマ、大丈夫」


「へっちゃら、まだ行けるよ」


 そう言う彼女だが、息には荒さが混じっている。

 寒空の中リヒト一人を吊り下げながら上へ向かって飛んでいるのだ。幾ら人鳥ハーピーが空の女王と呼ばれる存在であろうとも、負担が大きすぎる。

 もうこの辺りで良いんじゃないか、と言おうとしたリヒトの言葉を遮るように、アルマは「まだまだ! 雲の中の、あの船が近くに見えるまで飛ぶよ!」と気を張った言葉を弾んだ声で言う。


「シュリーフ中佐やミュッケ少佐だってあんなになるまで頑張ってるんだから、わたしも頑張らないと!」


「頑張るって言っても限度があるよ」

 

 リヒトは心配そうに呟く。

 現在、高度三百七十八チャーン。小さな山一つ分の高度だ。

 もしアルマ一人だったらこの高度まで簡単に辿り着けたかもしれないが、いかんせんリヒトという重荷を背負っている。

 しかもニニエル高地の時と違い、冷たい空気の中でより消耗の激しい上昇を不利な続けているのだ。

 テオドールが頑張れているのは、あの人のここ一番で途切れない精神力と諦めの悪さのおかげだし、あんなものを誰もが真似できる訳でもない。

 自分に才能が無いと常々言っているテオドールだが、あの胆力だけは誰にも真似できない。ましてアルマに真似しろなんて言っても身体を壊させるだけだ。


「それにさ……リヒトと一緒に戦えるならわたしは全然嬉しい。中佐と少佐みたいで、格好良いでしょ。それもこんな場面でさ!」


 荒い息に混じって弾んだ声が聞こえる。

 その声にリヒトもギリギリまでやってみようと思ったのだった。

 リヒトは眼下に目を移す。広場の『ロキ』は相変わらず転車台の上に鎮座していて、クルトの存在が『ロキ』へ何人も近づけまいとしている。

 メルセデスやホイスたちは武器を構えてクルトと対峙し注意を引いていた。

 そして広場の周辺を中央軍の大型の夜戦砲や騎馬隊、歩兵が囲み、号令が出れば今にでも襲いかからんと注意を引いている。

 それらの仕掛け時に気を取られて、空を舞い上がるリヒトとアルマにはまだクルトは気がついて居ない様子だった。

 その眼下の景色もやがて霧がかる。

ラプラスの悪魔ラプラッシャー・デーモン』の砲撃を遮るための――そしてリヒトとアルマをクルトから守るための――ジャイムが後方の魔導師に頼んで発生させた魔法の霧はヴィサンの森を覆い隠す。

 リヒトはその明らかに人為的な霧の出現に感謝しながら、身を切るような寒さを堪えて高度計を握りしめた。

 

 

 高度五百チャーンを超えて雪雲の中に入ると、冷たさは完全に痛みを伴うものに変わる。

 

「アルマ、大丈夫?」


 幾ら羽毛があり純人より寒さに強いとは言え、温暖な南部トプカプ州育ちのアルマにこの冷たさは堪えきれないだろう。

 その証拠に翼撃の音も、肩に食い込む鉤爪の感触もよりがむしゃらなものになりつつある。


「まだまだ、もうちょっと……ほら、やっと影がはっきり見えてきた!」


 アルマの言葉の通りに、下部方向舵の縁と航海灯がくっきりと見え始める。

 雪雲の中に紡錘状の艦体の後部から生えた機関部と動きを止めたプロペラ、そして薄黒い煙を吐く煙突も、リヒトとアルマの眼の中に捉えられていた。


「フアナ・フアルナ!」


 リヒトは起動文を口にすると、『覗き見魔法』のイメージを浮かべる。

 自分の身体に魔素が身体に流れる、神経が痺れるような感覚を感じながら、真下のノイチュに今自分の見ている景色を伝えた。

 高度計は六百三十九チャーン。アルマが羽ばたいたことで六百四十一チャーンに上昇する。


「あともうちょっと……かな?」


 アルマがもう一息、と思ったその時、ぱっ、と艦後部の探照灯が点る。


「え!? もしかしてわたしたちのことバレた!?」

 

「魔法を使ったからかも。もう逃げよう」


「……ううん、もうちょっと頑張ろう。探照灯や聴音機に捕まらなければ上手く行くはず」


 アルマが挑戦的な、弾んだ声でリヒトに言う。

 彼女だって探照灯の照度とその近くに砲座があることぐらいは知っている。

 ちょこまかと動く魔族や魔物を撃ち落とすための速射砲や機関砲だ。普段でも躱せるかわからないのに、リヒトを抱えた状態で躱せるかなど無理なことはアルマも百も承知だ。

 ただ、どうせ死ぬなら生き残る方に賭けたいし、リヒトと一緒に死にたい。

 アルマはそう思って羽ばたく。空気の含み方を工夫し、照度は大きいが緩慢な探照灯を避けるように、舞い上がる。


 どん! どん! どん! と撃ち込まれる速射砲。

 時限調定らしい榴弾が弾けて先程までアルマの居た場所の近くに砲弾片が撒き散らされる。

 それでもアルマは艦に近づこうと、翼を動かす。


「アルマ、ここだ」

 

 高度六百五十五チャーン。後方機関部のメインプロペラと、機関部を防護するミッテルラント国章の描かれた装甲板がよく見えた。

 その場に留まったアルマの肩に掴まれながらリヒトは艦と高度計を一つの視界に捉えて睨む。

 探照灯が側を掠めても、二人は息を潜めて動くことをしない。幸いに飛行艦の揺れのおかげで小さなアルマとリヒトはギリギリで捕まらなかったが、それでもアルマのすぐ近くの虚空に向かって対空砲の砲撃は続いている。

 恐らく時間にしてみれば短いが、二人には恐ろしく長く感じた時間を、唐突にリヒトの視覚に浮かんだ『待避』の文字が遮った。

 列車砲側の魔導師が送ったものだろう。

 

「アルマ、『待避』って! すぐに降りよう!」


「了解! 高度計しまって、脚に思いっきり捕まって!」


 リヒトが言われたとおりにすると、アルマは胸を張り、前のめりになって翼を広げ、『ラプラスの悪魔』の艦体から離れた。

 探照灯が二人の姿を照らし、追尾するように射撃が始まったが、アルマの逃げの急滑降には速射砲も機関砲も追いつけず、アルマは雲の下へと消える。

 アルマが雲の底を突き破った時、どろぉ……ん、と遠雷のような不気味な音を聞く。

 そして次の瞬間、雲が突き破られたと同時に凄まじい爆発音と鋼が裂ける音が二人の耳を襲った。


 列車砲の砲弾は『ラプラスの悪魔』の後部機関部を直撃し、後方砲塔群の上で炸裂した。

 艦体は浮揚部こそ守られたものの、その重みを支えていた主桁を失った下部主機が、糸止めした布を裂くような音と共に外板ごと艦体から剥がれおちてゆく。

 そしてそれは後部砲塔群も同様で、支えを失った後方の下部副砲が春先の氷柱つららのようにするりと垂直に落ちる。

 蒸気ピストン機関と二つの灰銀鋼のプロペラ、副砲塔、そして艦の構成材。それらは雲を突き破り、列車砲陣地の広場の上へと降り注いで行った。



 不気味な音を立てて飛行艦が爆発した時、メルセデスとフランツは反射的に走り出していた。何が起きたかと考えるより先に、破片が落ちてくることを危惧したのだ。

 クルトもそれは同じだったが、彼は黒血の刃を構えたまま空へと飛び上がった。

 真っ先に落ちてきたのは最も重い部品――二つの蒸気機関だ。まだ熱を持った蒸気機関が『ロキ』の方へ向けて落ちて行くのを、クルトの黒血の刃が両断する。

 だが、クルトの蒸気機関を切り裂いた数瞬の後に落ちて行った灰銀のプロペラが、角度を変えて『ロキ』の杖身を断裁するように降った。

 甲高い衝突音の後、ぎごごぉぉ……と銀竜の断末魔のような音を立てて『ロキ』の杖身はプロペラに断裁され、プロペラは架台すらも歪ませてやっと停止した。

 クルトがそれに気を取られた一瞬、『ロキ』の機関部や杖身を押しつぶすようにして『ラプラスの悪魔』の艦体や副砲だったものが降り注ぐ。さながら先程クルト自身が使用した『光輪降下ヘイロー・ダウン』の出来の悪い再現のように。

 

「……何をした、貴様ら」


 ちらとクルトが頭上を見ると、燃えさかる艦を背に滑空する人鳥と、そこにぶら下がった兵士の影が霧の中に浮き上がっていた。

 それを見てクルトは口元に自棄の笑みを浮かべた。


「私は見事に足止めにかかって、その隙に『ロキ』の破壊が進んでいたという訳か」

 黒血の刃がより昏い色を映し、その杖先が天を駆ける影を捕まえる。

「本当に忌々しい……トプカプ州軍め」


 クルトが起動文を口にしかけた瞬間、電撃が彼を襲う。

 天から地へと視線を戻すと、洋酒色の制服の人馬の鞍上で眼鏡の魔導師が、闘志の尽きない視線をクルトに送りながら、刃の折れた騎杖を構えていた。


「父上の相手は、僕たちです」


 クルトは血色に染まった灰の目で、部下を守ろうと――そして自分を倒そうとする長子の姿を見て、硬質な声で言い放った。

 

「本当に殺してしまうぞ、テオドール」

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