ユーラヒルの嵐――『ロキ』制圧戦・三
硝子の砕けるような音が四方八方で響いて、金色に輝く光の剣が降り注ぐ。
「ベアル・タルテ!」
テオドールは自分とメルセデスだけでも護るようにと、起動文を唱え、魔素の盾を頭上に張る。それでも抑えきれないとわかったテオドールは、魔法ダイナモを使って持ちこたえた。
「テオ!」
「僕は大丈夫だ! 君は周りに集中しろ!」
テオドールの絶叫に、メルセデスは改めて眼を見開く。
今まさに無数の光の剣に刺され、血を流して横たわる者たちの姿がそこにはあった。
彼女の脳内にフラッシュバックするのは、あの魔素濃縮施設の光景。巨大な雷が落とされた後、焼け焦げた兵たちの躯が次々と倒れていったあの景色。
「父上を止めてくれ! 今君にしかできない!」
テオドールの苦しげな叫びに、メルセデスは弾かれたようにクルトの方へ走る。
見渡せば黒い将官服と『ロキ』の周囲だけ『光輪降下』の光の剣は無かった。
光の剣の隙間を器用に飛び、彼女へと迫る長直剣『雀蜂』を咆哮と共に騎兵槍をで払いのけると、メルセデスは騎兵槍を持つ手を引く。
クルトへの攻撃を逸らそうと、『雀蜂』がメルセデスの槍の穂先の前に立ちはだかった。
「やあああぁぁぁっっ!」
だがメルセデスは、渾身の力を込めて槍を持つ手を押し出し、蹄を蹴った。
「ああああああぁぁっっ!!」
穂先を捕まえた『雀蜂』からぴし、と音がし始める。刃先から内側に向かって罅が入ってゆく。
数分にも感じるほど長く感じられる十数秒の人馬と魔法の剣の攻防の末、ぱきぃん。と呆気ない音を響かせて、一対の『雀蜂』はその刃が半ばから砕けたのだった。
「ベアル・タルテ! 我が伴侶の槍に宿れ『光明刃』!」
「ああああああっっ!!」
メルセデスは止まらない。重く、熱い脚の筋肉を動かし、蹄鉄が削れん勢いで土を踏みつけ、蹴り上げた。
伸ばした腕の先の槍を今まさに自分の部下や弟の下に幾千本もの光の剣を降り注がせる男へとぶつけようとする。
クルトは血走った目を見開くと、『ブルート・ヘイロー』を薙ぐように構え、メルセデスの騎兵槍に赤黒い刃をぶつける。
魔法の刃のぶつかり合いが濃い魔素臭を漂わせると同時に、光の剣の勢いが削がれた。
「ベアル・タルテ!」
テオドールは起動文を叫ぶと、魔法ダイナモのハンドルを二回連続で引く。
そして魔素の盾を解くと、肺や心臓を締め付けるような精神痛に歯を食いしばりながら、鐙からブーツを外し、鞍を叩いて跳び上がる。
「我が剣よ、我が同胞を護り、魔を折る槌となれ! 『光輪降下』!」
テオドールの、クルトのそれとは原理も威力も劣る、紛い物の『光輪降下』。
それでも、クルトの『光輪降下』を止められるのは、自分の切札のこの魔法しかない。テオドールはそう思っていた。
爆裂魔法を帯びた『アッシャー・ヘイロー』の刃先はクルトの灰色の髪上に迫り、振り下ろされんとしていた。
だが、その寸前。
「ちっく、しょ」
『アッシャー・ヘイロー』とクルトの頭上の隙間を、もう一対の『雀蜂』が差し込むように阻んだ。
剣先に込められた爆圧が『雀蜂』へ伝えられ、破裂音と爆炎と共に、ばぎぃん! と破壊音が耳に入ってくるのを、遠のく意識の中でテオドールは聞いた。
フランツ=フォン=シュリーフの途切れていた意識が徐々に回復してくると、殴打と刺突の混じった暴力的な痛みが体中に走るのを覚えた。
痛みを堪えながら振り向けば、自分の纏っていた甲冑が既にズタズタになっており、痛みに頬と頭を拭った手甲にもべったりと血が付いていた。
あの天から降り注いだ魔法の剣のせいなのだろう。
致命傷にならずに済んだ甲冑と人馬種族の頑丈さに感謝しながら、フランツは咄嗟に腹で頭を庇ったために罅の入った大剣を杖代わりにして起き上がり、周りを見渡す。
フランツの連れてきた兵やトプカプ兵は多くが倒れ、生き残っているのは近くに魔導士官が居て防護魔法を張れたか、咄嗟に塹壕に飛び込んだために助かった十数人ほどだった。そしてその多くも無傷ではいられていない。
トプカプの伝令兵が使っていた砲撃指示用の有線魔信装置は破壊され尽くしており、もはや正常に動くとは思えない様相だ。
そしてメルセデスとテオドールの方を向けば、地に伏したテオドールを背後に、メルセデスが明るい山吹色の陽炎を纏った騎兵槍で、クルトの黒血色の刃を捌いている。
防戦一方で苦しい表情のまま攻撃を何とか受け流すメルセデスと違って、クルトは涼しい顔色で刃を薙ぐように振るい、追い詰めようとする。
そして黒血色の刃を逸らす度に、騎兵槍の山吹色の陽炎は徐々に弱くなって行っている。
テオドールはなんとか立ち上がろうとしているが、全身に力が入らないのだろう。指先がぴくりと動くくらいで笛の音のような息を漏らすのが精一杯と言った様子だ。
彼女の限界はもう近い。脚を後ろに退かないと堪えていても、もう数分と保たない。
「エリスさん、貴方の言う通りだ」
フランツは全ての蹄を土に着けて脚を立たせると、杖代わりにした大剣を投げ捨てて、肩で息をしながら、姉と義兄の方を向く。
「私たちの姉と兄は本当に面倒ばかりかけてくれる」
痛みに歯を軋ませながら、フランツは後脚の蹄鉄で土を蹴る。
竜銀の裂けた破片が馬体に動く度に馬体に刺さるのを身体で感じていたが、それを堪えて、塹壕を一足で飛び越え、姉の元へ全速で駆ける。
「姉上! 退いて!」
そう叫ぶと同時にフランツが下に向かって伸ばした手は、地に伏したテオドールの腕を掴んだ。
テオドールの腕をしっかりと――それこそ骨が折れんばかりに思い切り――握りしめ、彼の下半身を引きずるように、クルトの前から遠ざけると、その腕を回して自らの背の上に載せる。
「フランツ殿……すまない……」
「貴方があのまま倒れていれば姉上がやられていたからです。相打ち覚悟で機を狙うその戦術、使うのは決闘だけにして下さい」
後ろを振り返れば、メルセデスは後に退いて、距離を保ってクルトと相対していた。
相変わらず余裕は無さそうだったが、テオドールを護るという重荷が消えたことで軽やかに立ち回れている。
「しかし、貴方が相打ち覚悟でクルト中将と切り結んだおかげで、あの光の剣から命拾いできました。それには感謝します」
「フランツ殿の、部下は……」
テオドールの絞り出すような言葉に、フランツは首を振る。
「トプカプ州軍の者も含め、第一陣はもはや全滅に近い損害です。ですが、貴方の攻撃があと少し遅れていたら、私も貴方も姉も、この場に居た皆が死んでいたでしょう。貴方は自分の妻と彼らを守れたことを誇って下さい」
「はい……」
フランツの視界の端に、テオドールの手に握られたままの騎杖が入る。
灰銀の剣を模した騎杖は魔法ダイナモを収める機関部のすぐ前で罅割れて砕け散り、剣としての機能を失っていた。魔法ダイナモの機関部も管室が空になって、カバーが露出した状態になっている。
剣は折れ、魔法ダイナモも空。そして自らの身体も魔素管の度重なる使用の精神痛や疲労でもう動くのも難しいのだろう。
それでも、自らの背でなんとか動こうと――再び姉の居る戦陣へと戻ろうとしている魔導士官の心はまだ折れていないのを、フランツは感じていた。




