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トプカプ戦記 ――半端名門魔導師は小さな人馬に求婚される  作者: 伊佐良シヅキ
星掴む人馬と光輪の魔導師
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ユーラヒルの嵐――『ロキ』制圧戦・二

「父上、貴方は……もう軍人ですら無い。参謀本部の、軍の魔物だ」


「何とでも言え。今日に至るまで我が帝国を動かしてきたのは帝国に魂を売った魔物どもだ」


 作業台の上で二対の『雀蜂ホルニッセ』と呼ばれる宙に浮く長直剣を従え、彼は雪に濡れた漆黒の将官制服を翻す。

 息子を見下ろすその目は、不死者と呼ばれる魔族のように白い部分が血色に染まり、人外の魔術で生じた赤黒い魔力の刃をその杖から発している。

 鉄と血を身に纏う『ミッテルラント帝国軍の魔物』、クルト=フォン=ミュッケ中央軍中将は「行くぞ」と呟くと、短い詠唱とともに『ロキ』の作業台上から跳び上がる。

『雀蜂』はクルトに付き沿って飛んでいたと思うと、一対が回転してメルセデスへ向かって飛んで行く。


「はぁっ!」


 騎兵槍を振るって『雀蜂』を叩き落とすメルセデス。

 しかしその『雀蜂』はすぐに舞い戻って、再び彼女に襲いかかる。そしてそれに合わせるように、クルトの黒血色の魔力の刃がメルセデスを切り裂かんと襲いかかる。


「危ない、メル!」

 

 それを食い止めたのが、片方のあぶみに体重をかけ、身体を傾けたテオドールの『アッシャー・ヘイロー』だった。

 魔法剣を纏った『アッシャー・ヘイロー』は魔力の刃を受け止めるが、鍔迫り合いの合間にも魔素のラベンダー臭と共に『アッシャー・ヘイロー』にかけられた魔法剣の効力がすぐに失せていくのがテオドールにもわかった。


「はあああああああぁぁぁっっ!」


 テオドールがクルトの刃を食い止めているその瞬間を狙うように、メルセデスは目の前の軍の生んだ魔物に向かって騎兵槍を水平に構え、低い吼え声と共に渾身の突きを放つ。

 しかし、彼を仕留めるには一振りの間合いが長すぎた。

 ぎぃん! と音を立てて、クルトの胸を狙った騎兵槍の穂先は一対の長直剣の腹に阻まれ、逸らされる。

 そしてもう一対の、先程払った『雀蜂』がメルセデスの上体を貫こうとする。それを咄嗟に逸らされた槍を大ぶりに降って、再び弾き飛ばした。

『雀蜂』は弾かれて空を舞ったかと思うと、地面に突き刺さる直前で意志を持ったかのように起き上がり、再びメルセデスへ向けて飛びかかってきた。

 獰猛な雀蜂ホルニッセが如く、クルトの使い魔の長直剣はメルセデスを刺し殺そうと、くるるる……と耳障りな魔素による飛翔音と風切り音を伴って迫ってくる。

  

「ベアル・アイズ」


『雀蜂』に加勢するように、起動文だけの無詠唱のまま、中規模の炎魔法『業炎ゴス・フランメ』の炎弾がクルトの赤黒い刃の先から飛んでくる。


「ベアル・タルテ! 出でよ『氷盾エイゼン・シルト』!」


 間一髪で魔法ダイナモを使って、テオドールが炎弾と『雀蜂』の前に分厚い氷の盾を作り出す。


「……本当にきりが無いですね」


 クルト本人の魔法刃と熟達した魔法、そして攻防一体の四本の刃『雀蜂』。

 隙を与えぬ連携がテオドールとメルセデスに攻撃の機会を与えず、防戦すら困難にしてゆく。

 恐ろしいのはそれら全てを制御してなお涼しい顔で二人を相手しているクルトだった。

 

「義父上に倒せると断言しなかったのが良かった」

 テオドールが毒づく。

「僕たちじゃ釘付けにするのが精一杯だ」


「ずいぶんな余裕だな、テオドール」


 オスカーとは似ても似つかぬ冷静で単調な声がテオドールの耳に入った直後、メルセデスが「テオ! 後ろ!」と声を上げる。そこでやっとテオドールは後からメルセデスを追う『雀蜂』が居ることに気がついた。

 人馬の最大の死角、後方を狙って地面すれすれに飛ぶ『雀蜂』は速度を上げるメルセデスに対してくるる……と甲高い音を立てて、加速してくる。

  

「ベアル・タルテ! 出でよ『衝撃光弾エネルギーボルト』!」


 省略しない詠唱によって生まれた大きめの衝撃光弾が二発、『雀蜂』に向かって飛び、着弾する。

 白い光弾に叩きつけられたまま『雀蜂』は地面にめり込み、からからと音を立てながら後方に飛んで行く。そして再び意志を持ったように飛び始める。


「本当に二人じゃ釘付けにするのが精一杯だな」


「……でも、多分もう大丈夫です」

 メルセデスがぴんと耳を立てて、弾んだ声で答える。

「もう私たちは二人きりではありません」


 ぶらああぁぁぁむ! と、破裂音と共にクルトの近くの地面が抉れる。

 七サンチャーン級の野戦砲の砲撃だ。クルトは跳び上がると共に攻撃を躱したが、『雀蜂』が巻き込まれて駄目になる。

 

「姉さん! ミュッケ少佐!」


 そう言って森から飛び出したのは甲冑姿のフランツだった。

 続くように洋酒色と黒色の軍服の兵が列車砲陣地へと入ってくる。同時に野戦砲が吠え、クルトと『ロキ』の中間を狙う。


 見れば有線魔信の送声器を持ったゲルダが何かを忙しなく告げ、そして彼女を護るようにホイスやリヒトが騎兵銃を抱えて立ちはだかっていた。ゲルダが何かを告げたと思うと、列車砲を旋回させるための転車台の蒸気エンジンが砲撃で破壊された。


 鉄面皮だったクルトが眉根を潜め、無言で、しかし苛立ちを露わにして『ブルート・ヘイロー』の杖先をゲルダ達の方へと向ける。


「ベアル・タルテ! 爆ぜろ! 『業爆炎ゴズ・エクスプラ』!」


 それを阻止するようにクルトの背後に向けてテオドールは爆裂魔法を撃ち込んだ。

 爆ぜた爆炎は『ロキ』の乗った転車台の回転レールをズタズタにして、弾け飛んだレールと混凝土コンクリートの破片がクルトの制帽を吹き飛ばした。


「よそ見をしている余裕は父上にも無いでしょう」


 クルトは吹き飛ばされた制帽を拾うこともせず、前に踏み出し、テオドールの方を赤く染まった眼で見る。

 

「癪だな。こうもわらわらと群がられては」


 黒い将官服が不死者ノスフェラトゥの喪服衣装のようにはためき、『ブルート・ヘイロー』が振るわれる。その周囲を『雀蜂』が取り囲むように銀の腹を見せて飛び回った。

 クルトは『ブルート・ヘイロー』の魔法ダイナモの引き金を引く。

 ぱぁん、と軽い破裂音の後に濃いラベンダー臭が濡れた土の匂いを上書きするように香り、ゆっくりとその口を開く。


「ベアル・アイズ、其は美しく無慈悲なる真昼の女王。此度我にその力を貸し、我が前に立ちはだかる者たちへ其の抱擁を与えたまえ」


 テオドールはその詠唱に戦慄した。

 その詠唱はクルトの持つ最高クラスの魔法。名前だけを借りた自分のまがい物なんかと違う、クルト自身が編み出した、彼にしか使えない光属性の大規模破壊魔法だ。

 咄嗟に「逃げろ!」と叫ぶが、同時にどこへ逃げるのだと言う気持ちが湧く。

 濃縮魔素を使った魔法の射程はほぼ無限大だ。

 テオドールが間に合わないとわかっても手綱をクルトの方に向けると、その道を塞ぐように『雀蜂』が二対、メルセデスを囲むように道を塞ぐ。


 そして、遂にクルトは最後の節を唱えた。

 

「『光輪降下ヘイロー・ダウン』」


 低い曇天の更に下から、目が眩む程の量のまばゆい金色の光が溢れ出す。

 それは列車砲陣地を瞬く間に飲み込んで、幾千の光の剣となって降り注いだ。

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