ユーラヒルの嵐――『ロキ』制圧戦・一
「ベアル・アイズ。爆ぜよ、『業爆炎』」
火球を放った次の瞬間、クルトは『ブルート・ヘイロー』の穂先をメルセデスへと向け、起動文と共に詠唱の言葉を呟く。
メルセデスの先程まで立っていた箇所が土ごと抉れ、爆ぜる。火球とクルトの動作を目にして、咄嗟に土を蹴るのが遅れていたら間違いなく巻き込まれていた。
「ベアル・タルテ! 炎精よ、我が刃に纏いたまえ! 『火炎刃』!」
テオドールは橙がかった魔力の陽炎を纏う『アッシャー・ヘイロー』を構えると、メルセデスの手綱を捌き、剣を振るって次々と火球を弾く。
魔力を宿した刃と火球は接触する度に白熱し、まるで庭球のボールのように跳ね返ると、地面で弾け、火の粉を撒き散らして雑草と土を焦がす。
「父上! 今すぐに投降なさって下さい!」
「今更それを言うか、テオドール」
クルトは口角を上げることも無いまま、皮肉げに口にする。
「私は皇帝陛下の命であってもここを離れることは無い」
短い起動文の後に、メルセデスとテオドールに向かって複数の火球が再び襲いかかる。
今度の火球は一つ一つが上下左右に振れ、複雑な軌道を描いて時間差で迫ってきている。
火球魔法を飛ばすだけなら子供の魔法使いでも出来るが、複数を同時に出現させ、なおかつ一つ一つの軌道を変えながら飛ばすような技は高位魔術師にしか出来ない。
その高位技術を涼しい顔で見せ付けるクルトは、それだけでも凄みを見せた。
「幾百の将兵の命を無駄にしても、ですか!」
テオドールは火球を剣先で再び弾き返すが、次々と合間を置かずに様々な方向から飛んでくる火球を弾き飛ばした後には、その息は軽く上がってしまっていた。
「その通りだ。彼らを使い潰し、私の命を使い潰してでも、この『ロキ』は死守せねばならん」
「何故にですか、クルト中将!」
メルセデスが絶叫と共に騎兵銃の筒先を向け、発射する。
弾丸はクルトに向かって飛んで行った。
だが、ちらとクルトがメルセデスを視界に収め、瞬間、起動文もなく展開された結晶状の防護魔法に音を立てて弾かれる。
「シュリーフ中佐。貴女はまさか列車杖さえなければ大戦争が避けられるとお思いか?」
クルトは『ブルート・ヘイロー』を立て、かん! と『ロキ』の作業台に石突を叩きつけると
「ベアル・アイズ。其は我が忠実なる僕、我の見えざる腕となりて、我が敵を退けん。『使い魔・雀蜂』」
と低い声で口にする。
その声に応じるように、彼の腰ベルトに差された四本の長直剣が見えない腕によって抜かれたようにひとりでに鞘から外れ、くるりと空中で回転して彼の帽子の庇下の視線と同調する。
「人魔大戦、或いは人間同士の大陸戦争はあと十数年のうちに起きるだろう。我が帝国か、アンジーリアか、メアリスか、或いは魔王か。そのどれもかか。いずれにせよ何か些細な出来事から戦争は起こる。それが大陸全土を焼き尽くす。その時最も不利な立場にあるのは我が帝国だ」
「だからこそ、列車杖が必要と!? 貴方の根拠無き予言のために!?」
「根拠はある。貴女にも各国の軍事的緊張の高まりと経済の行き詰まりは見えているだろう。これは近い未来の必然の出来事だ。幾らヴィルヘルム帝が聡明で懸命であっても、遠くない未来に我が帝国と大陸は戦禍に見舞われる」
雀蜂の名を冠した長直剣が二本、メルセデスに向かって飛ぶ。
メルセデスと鞍上のテオドールが構えるより先に長直剣は高速で迫り、彼女の騎兵銃をその手から叩き落とし、銃身を真っ二つに切り裂く。
メルセデスは眉根に皺を寄せて仕方なしに騎兵銃を捨て、肩にかけていた重騎槍を手に持った。
「我が帝国は軍事力は相応だが国の地力が無い。外洋領を多く抱えるアンジーリアやそれと同盟を結ぶメアリス、殆ど無限の武力を有する魔王グスウィンの前では長期決戦に持ち込まれれば我が帝国はいずれ磨り潰される。戦う前から負けの決まった駒しか揃わんチェスを打とうとする者など居ないはずだ。相手を超える駒を揃える。それが列車杖だ」
「貴殿の頭には、そのいずれ来る大陸戦争しか無いのですか! クルト中将!」
「では他に何があると言う。来るべき戦争に備えるのが軍人だ」
魔素の尾の軌跡を描いて飛ぶ『雀蜂』がメルセデスとテオドール目がけて襲いかかる。
テオドールが斬撃を振るって弾くも、それでもぐるりと回って再び新たな軌道で『雀蜂』は舞い戻ってくる。テオドールの『アッシャー・ヘイロー』やメルセデスの槍に防がれるか、それの繰り返しだ。
ばぎん、がぎん、という剣戟の音が、クルトの唱える魔法の爆裂音や遠雷のような砲撃音とともに森の中で響き渡る。
テオドールは魔法を練り詠唱するどころか、その前の想像すらクルトにその時間を与えられず防戦一方だ。
メルセデスに至っては上から下から飛んでくる『雀蜂』にクルトへ向かう道を阻まれ、追い立てられ、塹壕の外周を走るばかりとなっている。
「テオ、どうしましょう」
メルセデスの口から吐かれる色づいた息は、上がり気味だった。
ニニエル高地のマンティコア相手の継戦でも余裕を崩さなかったメルセデスも、ヴィサンの森の陣地を突破した疲労と寒さ、そして殺人のストレスと、『雀蜂』や魔法を避けて走り回ったことで疲労の色が見えてきているのだ。
「このままでは日が暮れてもクルト中将に辿り着けません……それどころか私が力尽きます」
「その前に僕が――道を作る!」
ばぎん! と『雀蜂』の一振りを弾くと、テオドールは『アッシャー・ヘイロー』のハンドルを引いた。
ぱぁん、と軽い破裂音と共にテオドールの身体に魔素が巡る感覚がやって来る。すかさずテオドールは起動文と詠唱を唱える。
「ベアル・タルテ! 出でよ『石柱』!」
テオドールが唱えたのは土属性魔法の低位中級魔法。
しかし、想像力と魔素の練り方を加減すれば、その威力と使い方は変わる。
テオドールが『アッシャー・ヘイロー』を向けた先には、『ロキ』を囲む壕を越えるための土で出来た小高い踏み切り台が生まれていた。
「メル!」
「ええ!」
その意を介したメルセデスは脚を捻って方向を急転換し、蹄鉄で雪に濡れた地面を蹴り上げて、土の踏み切り台へと走って行く。
はあ、とクルトは小さく息を吐くと、帽子の庇を目深にして、『雀蜂』を差し向けると共に短く起動文を詠唱する。
「ベアル・アイズ」
クルトの低い声と共に『ブルート・ヘイロー』の杖先がメルセデスに――その跳躍の未来位置に向けられる。
そして更に彼女たちを串刺すように一対の『雀蜂』が弧を描き跳び上がる。
メルセデスが思い切りその脚を踏み切ろうとした瞬間、クルトの詠唱が次がれた。
「――爆ぜよ『業爆炎』」
「ベアル・タルテ! 吹き荒れろ『暴風』!」
テオドールの詠唱はクルトの詠唱とほぼ同時だった。『アッシャー・ヘイロー』から生じた魔法の突風はメルセデスをより高く持ち上げる。
それと同時にその真下で凝縮された爆発が生じ、彼女を突き刺そうとした『雀蜂』は馬着と赤い栗毛の尾先を切り裂く。
「やああっっ!!」
より高く舞い上げられたメルセデスは、騎兵槍を振るって自分に迫るもう一対の『雀蜂』をはじき返す。
「ベアル・アイズ」
「ベアル・タルテ! 水精よ、我が剣に宿れ! 『水流刃!』」
青い陽炎を揺らめかせる水の魔法剣を宿した『アッシャー・ヘイロー』が、テオドールが身体と腕を捻らせ、刃を返す度に、クルトの放った火球を切り潰した。
火球を切った側から水蒸気が爆ぜ、白煙がメルセデスを覆う。
そして爆炎と水蒸気の白煙が晴れたと共に、だん! と大きな音を立ててメルセデスが壕の内側に下に降り立ったのだった。
ふう、はあ、と荒く息を吐き、まだ熱された水蒸気の混じった息を吸いこむと、テオドールは鞍下のメルセデスに「大丈夫?」と声をかける。
「ええ。ヒヤッとしましたけど、脚も私も大丈夫です。それよりテオ」
メルセデスは騎兵槍を構え、視線をきっ、と『ロキ』の作業台の上に向けた。
二対の『雀蜂』を自らを護るように飛ばすクルトは、ひゅん、と『ブルート・ヘイロー』を振るう。
「テオドール。メルセデス嬢。君たちは『ロキ』を侵すことがどれだけ帝国と帝国軍を窮地に追いやるかを解っていないようだ」
「貴方こそ。列車杖が引き金となり貴方の言う大陸戦争や人魔大戦を起こしたならば、本末転倒では無いですか」
「いずれ起こるものが早まるのみだ。『ロキ』を廃棄したあと、君たちに敗戦の責任を取ることが出来るのか」
「出来ませんが、魔族より悪しき者と誹られることはなくなるでしょう。父上」
「魔族より悪しき者、か」
クルトは軍帽の庇の下の老いてなお宝を譲ろうとしない鷲頭獅子の如きぎらついた眼で二人を眇めると、低い声で呟く。
「ベアル・アイズ――我は魔を探求せし者。人にあって人に非ず。今人を超えた魔の理をこの手の内に顕現したまえ――『不死者の血刃』」
クルトの詠唱と共に、『ブルート・ヘイロー』の元にヴィサンの森全体から赤黒い靄のようなものが集まり、その杖先は巨大な刃――赤黒い斧槍と化す。
「この刃は不死者の振るうそれと同じ。鋼も竜銀も均しく切り裂くぞ」
魔導師の間で禁じられた魔族の術を行使した壮年の魔導将軍の目は、白目の部分に魔の混じった赤みが生じたまま、瞼の下で爛々《らんらん》と輝いていた。




