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トプカプ戦記 ――半端名門魔導師は小さな人馬に求婚される  作者: 伊佐良シヅキ
星掴む人馬と光輪の魔導師
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ユーラヒルの嵐――ヴィサンの森攻防戦

 ヴィサンの森はユーラヒル市民の行楽地になるほどに適度に開けた森だ。そのため昔から軍用陣地としても適当で、神聖帝国の昔からユーラヒルを守護する歩兵陣地としても利用されていた。

 更にここ数年、列車砲陣地として森が閉鎖されてからは複数の塹壕や混凝土コンクリートの堡塁などが設けられた強固な陣地となり、クルト=フォン=ミュッケ中将に率いられた混成第八連隊がその陣地を護り、『ロキ』を運用している。

 そしてこの陣地を攻略する作戦は、陣地に突撃部隊が小さな穴を開けて鉄砲水となり、その傷口を援護攻撃と第二波でこじ開けて、陣地を掃討する。ミッテルラント軍の教本にある『浸透戦』の項目をそのまま持ってきたような作戦プランであった。

 知謀を巡らせた奇策計略は無い。

 ただ、投入される部隊は教本の通りでは無い。

 傷口を作るのは一騎当千の小さな人馬騎兵の部隊長と『魔導師潰し』の主任参謀に率いられた新式速射銃と機動力を持つトプカプ州軍最強級の『火消し部隊』。

 そしてその傷口をこじ開ける役は同じく一騎当千の人馬騎兵に率いられた中央軍の精鋭の歩騎混成部隊と、列車砲を含む重軽様々な砲。

 突撃隊となった第一〇九混成独立大隊主任参謀のテオドール=フォン=ミュッケ少佐は戦いが始まる前にこう語ったという。

「これはミッテルラント帝国史上最後の英雄達の戦いだ」と。



「テオ、さっき語った話ですけど」

 

 雪のちらつく曇天の下、複数列に並んだ兵の列がヴィサンの針葉樹の森を睨むように戦陣を敷く中、メルセデスは自らの鞍のテオドールに語りかける。

 メルセデスは防御力よりも軽快さを重視し、ニニエル高地の時のような灰銀の甲冑ではなく、洋酒色の軍服と騎兵銃・そして肩に背負うように騎兵槍という軽装姿だ。

 彼女の弟のフランツが甲冑を着込んでいるのもあり、その姿で大丈夫なのかと出発前にテオドールに聞かれたが、「甲冑を着込んだら魔法に対応できませんから」と彼女は心配がる彼に言った。

 灰銀の甲冑は銃弾や中位魔法からは身を守ってくれるが、広範囲を狙ったり火力で封じ込める高位魔法相手にはあまり役に立たない。

 それどころか咄嗟の機動力を奪って広範囲魔法や大火力魔法に巻き込まれてしまう危険もある。

 そもそも無防備なテオドールを乗せて戦うなら甲冑などいらないし、重石にしかならない。エリスやグロックナーとの戦いを振り返って、メルセデスが至った結論がそれだった。


 鞍上のテオドールは少し強張った声で「うん」と答える。

 

「『最後の英雄同士』の戦いという言葉、本当は言いたい意味は違うのでしょう?」


「まあね」

 テオドールの声は緊張の中に乾きが混じっていた。

「この戦いが終わったら、救国の英雄なんて生まれなくなる。そんなことを考えるのが馬鹿らしくなるだろうから。だからこれが最後の英雄たちの戦いだ」


「英雄に自らろうとする者はいつか破滅を招くのもまた一つの道理ですからね。英雄を追いかけてきた身としては複雑ですけど」


「英雄に為ろうとする人間と、英雄たれと気負う人間と、そうして英雄に為った人間がこの国には今まで多すぎたんだ。もう英雄はたくさんだ」


 メルセデスの苦笑に、立てた耳に聞こえたテオドールの声も少し柔らかくなる。

 英雄に近づこうと努力を続けたメルセデス。

 英雄の家の長子として相応しくない体質を呪い自分を疎んだテオドールと、その姿を目にしてより彼を疎んだエリス。

 その地位と力を以て、自らなら英雄に為れると思ってしまった皇弟ジグムント。

 英雄の家の当主として自らも戦場の英雄に為ってしまったが為に、英雄たらんとして振る舞うことを自らに強いたクルト。

 英雄譚で彩られた歴史が、メルセデスとテオドール、そして列車杖を巡る物語の全ての出発点なのだ。

 

「ただしテオ、貴方はあまり気負わないで下さい」

 メルセデスはいたずらっぽく、そう口にする。

「逸りすぎて一人で戦ってると思い始めたらクルト中将と同じです。自分の伴侶を信じて一緒に戦ってて下さいませ」


「……そうだね」


 背から聞こえてきた声は、少し自信なさげだが優しい、いつもの夫の声だった。


 離れた場所に居る重砲隊を含めて全ての布陣が終わったとの報告が届くと、鞍上のテオドールは懐中時計を取り出す。エリゼン離宮を出る前に時刻合わせを行った時計はちくちくちく、と小刻みに盤面に秒針を進めている。短針は「Ⅹ」の文字の上に位置取り、長針はもう天を指しつつあった。

 ユーラヒル市街の方から遠雷のように聞こえる戦闘の音を耳に入れながら、テオドールは雪の結晶がそのまま舞い落ちるのも気にせず、盤面と秒針に釘付けになる。

 そして秒針が「Ⅻ」の文字の上で長針と重なったとき、テオドールは思い切り声を張り上げた。


「突撃部隊、前へ!」


 テオドールの声を合図に、弾かれたように陣を組んでいた洋酒色の軍服と黒色の軍服が混ざった突撃部隊が、ヴィサンの森へ向かって走り始める。それと共に陣の軽砲と魔導士官の詠唱が、森の砲陣地と簡易造りの特火点トーチカに向かって吠えた。

 鳥の鳴き声に似た砲弾と魔法の風切り音と、森へ走って行く兵士たちの鬨の声が、戦場を支配する。

 その中で、たたたたたん! と連続的な射撃音が立ちこめ、洋酒色の軍服の先陣を行く兵が斃れた。


「機関銃!」

 

 テオドールが叫ぶ。殆ど反射的に機関銃陣地の特火点に『アッシャー・ヘイロー』の剣先を向け、魔素を集める。

 上空の飛行艦が無線魔信の阻害目的で大量に魔素をばら撒いているのもあって、すぐに体内に魔素は取り込めた。

 

「ベアル・タルテ! 爆ぜ我が敵を蹴散らせ! 『業爆炎ゴズ・エクスプラ』!」

 

 メルセデスと自分を繋ぐ手綱を握りしめながら、テオドールは即席造りの特火点に向けて爆裂魔法を放つ。

 土嚢が爆ぜ、銃手ごと機関銃が吹き飛ぶ。泥と血と鉄が混じったものが辺りに飛び散る。

 眼を背けたくなる光景だったが、テオドールは歯を食いしばってその光景を直視した。

 英雄の時代を終わらせると言うことは、この戦場の光景を目に焼き付けること。

 そしてこの光景こそが英雄の時代の結末と、誰かに伝えることだ。

 テオドール=フォン=ミュッケを救国の英雄などにしないためにも、その無残さを脳裏に刻みつけて、伝え続けなければいけない。


 眼前ではヴィサンの針葉樹林が迫り来る中、メルセデスの耳が後へと引き絞られたまま、刺突銃剣を展開した騎兵銃が前に突き出される様が見えた。

 彼女は疾走を止めないまま、槓杆ボルトを手のひらで包み、薬指を引き金にかける。『狂った一分間(マッド・ミニット)』の構えだった。

 

 たん! たん! たん! たん! たん!


 機関銃もさながらの速射が目の前の塹壕や陣地の中央叛乱兵の頭を、身体を正確に吹き飛ばす。

 第一〇九独立混成大隊の任務はその機動力と蹂躙力で陣地に穴を開けること。不意打ちだった『クレスタⅨ』の時のように不殺の手加減をしている暇など無い。

 立ちはだかる以上、殺すしか無いのだ。


「……降伏勧告は、出ているのですよね」


 銃声と風切り音と蹴立てる蹄の音を破って、絞り出すようなメルセデスの声がテオドールの耳に鮮明に聞こえた。

 テオドールは魔素を自身の身体に込めながら、その言葉に返す。

 

「昨日の夜と今日の朝、二度出ている。原隊復帰をすれば処罰は免れると」


「それでも彼らは残った」


「列車杖と父上たちに――今紡がれている英雄譚に夢を託しているんだ」


 そのことを愚かと切り捨てることもテオドールとメルセデスには出来る。

 現にテオドールはそのつもりでこの戦を終わらせると心に決めているのだから。

 それでも、今まさに繰り広げられている英雄譚に加担しようとする彼らに面と向かって愚かと罵ることは出来なかった。

 彼らがそれぞれ何を思って叛乱に加担しているのかはわからない。

 しかしそれでも相対する将兵からは列車杖に、クルト=フォン=ミュッケに、己の命を託した覚悟と気迫が嫌でも伝わってくる。

 現にテオドールの耳にも

「『ロキ』を守れ」「あれさえあればきっと」

 そんな声が耳に入ってはかき消されてゆくのだ。

 

 だからこそテオドールは、突撃部隊は、諦めの罵り言葉の代わりに、魔法を、銃弾を、砲弾を、刃を振り下ろす。

 その行為がずるいことと知りながらも、破滅に向かう光明にその希望を見いだしてしまった兵たちを蹂躙し続けた。

 時折遠くからどろぉ……ん、と遠雷のように響き渡る重砲の砲撃音の後、目の前の陣地が飛沫を上げて吹き飛び、スプーンで乱暴に掬った氷乳菓子アイスクリームのように深くえぐれる。

 重砲弾の炸裂に何人の命が奪われ、何人の光明が失われていったのか。

 

 何度魔法を撃ち、何人を斬り結んだのだろう。メルセデスとテオドールを先頭とした突撃部隊は銃砲部隊と後方のヴィサンの森に張られた三重の防衛戦を潜り抜け、開けた広場に辿り着いた。

 塹壕にぐるりと囲まれた圧縮蒸気駆動の転車台に、黒く塗られた車体と混じりけの無い銀の戦棍メイスのような形状の砲身を持つ列車砲――スケッチで見た列車杖『ロキ』が居座っていた。

 そしてその尾栓デッキ上に立つ人物が一人。

 からす色の裾長と肩章エポレットの着いた中央軍将官服と軍帽に雪を積もらせ、四本の剣を腰から下げたまま己の黒い大杖『鉄血の光輪(ブルート・ヘイロー)』を握る、痩せた背の高い壮年。

 見間違えるはずが無い。テオドールは『アッシャー・ヘイロー』の刃を男に向かって向ける。


「父上!」


「やはりお前が来たか、テオドール」


 まるでテオドールが来ることが必然であったように言うと、クルトはひうん、と『ブルート・ヘイロー』を振るう。

 振るった先から空中に火球が生まれ、その火球が緩急を付けてテオドールとメルセデスに向けて襲いかかった。


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