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トプカプ戦記 ――半端名門魔導師は小さな人馬に求婚される  作者: 伊佐良シヅキ
星掴む人馬と光輪の魔導師
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ユーラヒルの嵐――ミッテ区攻防戦・二

「貴方にもはや帝位の目はありません。これ以上の愚行を重ねれば幾ら皇帝家の人間と言え、極刑を免れなくなるでしょう。大人しく投降すべきですわ」


「帝位の目がない」

 ジグムントはヘーゼル色の目を細め、低く唸るように口走ったかとえば思えば、高笑いの後に熱っぽくエリスに向かって語り出す。

「何を申すかと思えば。貴君は何を言っているのやら。帝位はもう暫くで兄上の手から余に移る。ベックと叔父上にご退場願い、宰相と議会を説き伏せ、兄上からの譲位を経て、余がこのミッテルラントの皇帝となるのだ。それこそがこのミッテルラントの正しい姿なのだからな」


「ミッテルラントの正しい姿」


 エリスがジグムントの言葉を鸚鵡返す。

 

「そうだ、力あるものが治め、力を示す。それがこの人族の魔王の治める帝国、ミッテルラントの正しい姿である。列車杖はその力の象徴である」


 ふう、とエリスは溜め息をつく。


「本当、びっくりするほど短絡的ですわね。ついこの前までの私がここまで幼稚だったのかと思い知らされているようで、本当に気分が悪い」

 エリスは眉を潜めて、軽蔑の眼差しでジグムントを見る。

 相対する皇弟を中心に渦巻く魔素の流れと、今にも食い殺そうとする獣のような血走った眼からの殺意はエリスにも感じ取れたが、その視線すら彼女がヴァッケブルッグで討ち取った少年の姿の魔将に比べれば、怒りに満ちた殺意が生ぬるいほどだ。

「力を示すなどと仰々しいことを言っておきながら、その実は力に訴える以外の方法を知らないだけでしょう? 魔法の素質は陛下に勝っているのに、まつりごとの才覚や外交の才覚が無いから、全て魔法の力に訴えようとしてしまう。それが高祖カール帝と二代皇帝ヴィルヘルム帝以来の我が帝国(マインラント)の『やり方』であると自分を騙して。本当はお二人とも巧みに内外の政を片付けながらその上で力を示したと言うのに」


「黙らんか。この阿婆擦あばずれめが」


「ああ、一つ聞き忘れてましたわ」

 ぽそりとエリスは呟いてみせる。

「――『人族の魔王の治める国』と言う畏称を真に受け、我が父に誘導されて列車杖などと言うオモチャに飛びついた浅慮な皇弟殿下は、一体どうやって参謀総長と兵務卿をお消しになって、議会と宰相閣下に圧をかけ、陛下から帝位を奪おうとなさるおつもりだったのでしょうか。まさかご自身がエリゼン離宮に出向くおつもりで? 神代の英雄王の如く?」


「黙らんか! 貴様からこの場で消し炭にしてやろうぞ!」


 ジグムントの周囲の魔素が彼の体に集中する。

 エリスはそれを悟ってこの男を揶揄うのはもうやめだと口を閉じ、起動文を短く唱え始める。


「ベアル・シュピラ、『兎脚ハーゼ・ベイン』」


「エグラ・ノラウス! 地の底より出でたる裁きの炎よ! 罪に塗れたる我が敵を焼き尽くせ! 『磔刑の獄炎クロイツィグング・フランメ』!」


 単体の敵を焼き尽くす戦術級の高位炎魔法は、『兎脚』の魔法で後に飛び退いたエリスが先程まで立っていた場所を中心に数チャーンを焼き尽くす。どす黒く燃える魔法の炎は制服の燕尾とエリスの髪先を焦がし、あと数瞬送れていればあの炎に巻き込まれていたと思わせた。

 浅慮で、四十路の癖に兄なんかよりずっと挑発に乗りやすい男ながら、その実力はやはり本物だ。


「レーヴァテイン!」


 がん! とジグムントは白い柄の大杖の先を床に叩きつける。

 怒りに任せての癇癪のようにも見えるその行為だったが、そうでないことはエリスにはすぐにわかった。杖の石突を叩きつけた瞬間、ラベンダーに似た高濃度魔素の匂いと魔素がジグムントの杖を中心に溢れかえったのだった。

 あの杖――ジグムントの言葉の通りならレーヴァテインと言うあれに高濃度魔素を込めて、それを放出しているのだろう。

 次の瞬間、ジグムントの体がぐん、と恐ろしい速さで宙に浮き、エリスを見下ろすように飛翔する。


「な……」


 思わずエリスが声を上げてしまった。

 その飛行は飛行魔法のゆるやかな軌跡を描く飛翔ではない。ジグムントの機動は背に翼の生えた魔族のそれと同じだけ機敏で、そして速かった。

 しかもその機動力をもってして、弱点ともあるべき翼が無いのだ。

 空に逃げれば負け。という定石がこの男には通じない。エリスはたった一瞬機動を見せ付けられただけにも関わらずそれが一瞬で悟ってしまった。


「どうした。余を捕らえるのでは無かったのか?」


 エリスはジグムントの勝ち誇ったような表情での指摘に、口元の口角を上げて答える。


「……ええ、そのつもりですわ」


「ならば捕らえてみよ! 余はもはや並みの魔導師を超越した! この『レーヴァテイン』は余の魔導力を最大限まで引き出す魔杖であるぞ!」

 

 そう言って、ジグムントは参謀本部の突き出た係留塔を飛び越えんばかりに加速する。あのままエリゼン離宮にでも向かうつもりだろう。

 そしてやはりあの機動は杖の仕掛けで動き回れているらしい。

 恐らく高濃縮魔素を自分に直に伝えてその場で燃やし、飛行魔法の速度と機動を引き出し、あの機動を引き出している。魔法ダイナモを常に稼働させているようなものだ。

 原理は簡単だしやろうと思えば誰でも出来ることだろうが、それでも速度と機動を司る能力は彼の魔法制御力の賜物と言ったところだろう。

 決闘で負け無し、帝国最強の魔導師を名乗るだけの実力はあるのは確かだ。

 だが、空中にその戦場を移すと言うのなら、エリスにとっても好都合でもある。


「ベアル・シュピラ! 其は我が翼! 我が手綱に答え空を舞え! 『魔女の箒星ヘクセン・コメーテン・シュテルン』!」


『プラチナム・ヘイロー』の魔法ダイナモの引金を三連続で引き、自分の身体の中に魔素をギリギリまで溜め込むと、精神痛と魔素酔いを歯を食いしばって堪えながら、詠唱と共に想像力を膨らませる。

 あの清々しいまでに自分の想いに真っすぐで、突っ込んでくる小さな人馬。彼女と同じだけの突進力と機動力、そして空駆ける姿を自分の大杖に宿らせる。

 すると大杖の石突から煌めく魔素が人馬の尾のようにたなびく軌跡を引きながらひとりでに宙に浮き、杖の中程に魔法で生まれた氷の鞍と鐙が生まれる。

 その姿は魔族に魂を売った、かつての忌むべき『魔女』の箒を思わせた。黒衣の軍服が余計にその姿を彷彿とさせる。


「本当はお義姉様との再戦のために用意した魔法でしたが……慧性の魔女の本領をお見せしましょう。英雄狂の殿下」


 エリスは『プラチナム・ヘイロー』の鞍に跨がり、魔法ダイナモの引き金付近を握ると、ジグムントを追って鐙を押し込んだ。

 杖はそれに答えて、魔素の尾を引きながら、ぐんぐんと速度を上げてミッテ区の空に舞い上がる。

 晩秋の雪交じりの風が凄まじい勢いでエリスの頬を叩き、三つ編みの髪を浮かせる。エリスはその中でも集中力と想像力を絶やすまいと、歯ぎしりをしながら、灰色の空と赤茶と黒色の街の影の中に浮かぶ白い軍服を追う。

『レーヴァテイン』を手にしたジグムントの前に回り込むと、エリスは手をかざす。


「ベアル・シュピラ! 来たれ『氷槍エイゼンシュピーア』!」


「エグラ・ノラウス! 焼き尽くせ! 『業火ゴス・フランメ』!」


 エリスが大気中の魔素と雪を合成し、ジグムントに向けて飛ばした氷柱つららは、ジグムントの炎魔法とぶつかり、二人の間に水蒸気爆発の轟音と白煙を生む。

 

「その姿、やはり阿婆擦れではないか! 己の魔力の劣りを埋めようと魔族に股を開いた古き忌むべき『魔女』の真似をして余に対抗するのではな!」


「所詮力だけが取り柄の、時代遅れな英雄王の模造品にしかなれていない冗談のような殿下がそれをお言いになって? その白い軍服もヴィルヘルム一世帝の真似でしょう? お飯事ままごとからはもういい加減卒業なさったら如何いかがでしょうか?」


「女ァ!」


 ジグムントは急上昇し、起動文を唱えることもなくかざした杖から衝撃光弾エネルギーボルトが飛ぶ。エリスは鐙を思い切り押し込んで、それをかわす。

 昂ぶりと挑発で精神が冷静とはほど遠い状況にあっても、ジグムントの魔法力の制御は全く緩んでいない。今エリスは魔素酔いで内臓がずんと重く感じ、少しでも気を抜けば墜落してしまいそうなのと比べるだけでも、魔導師としての才能の違いが如実に表れている。

 だが、自分は絶対にこの男には勝てる。

 エリスはそう確信して、口元に笑みを浮かべていた。

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