ユーラヒルの嵐――作戦会議・下
「そしてヴィサンの森陣地だが、こちらは砲科、魔導科による支援のもと、突撃隊を押し出して陣地を一点突破し、そこを歩兵連隊・騎兵連隊でこじ開け、『ロキ』を占領・破壊する――突撃隊には、トプカプ第一〇九独立混成大隊をその任に就かせる。宜しいな、シュリーフ中佐、ミュッケ少佐」
ベックの口から突然その名を呼ばれ、思わず体が跳ね上がりそうになったテオドールだったが、隣のメルセデスは泰然とした態度で「はい」と答える。
「ベック総長」
フランツが手を上げる。
「いくら彼らが魔素濃縮施設制圧に関わったとは言え、州軍の混成大隊に過ぎません。武装面や練度で劣り、この突撃には不相応だと思います。中央軍の練度の高い大隊で対応できないでしょうか」
「その点なら心配ありません。シュリーフ少佐」
メルセデスは落ち着き払った声で答えた。
「我が方は最新鋭の九六式騎兵銃と州軍最高の練度と拙速でお答え致します。支援さえ十全に頂ければ『ロキ』の下まで速さのまま辿り着けますでしょう」
メルセデスの言葉は誇張ばかりではない。
防戦の火消しのための独立大隊である一〇九大隊はその速度と単体の攻撃力、独立性が求められる。防衛陣地を穿つ単独突撃には連携を是とする他の部隊よりも向いていると言えば向いている。
それに九六式騎兵銃は中央軍の兵の歩兵銃には精度で劣るが、森の中なら連射の効く騎兵銃の方が有利だ。
だが、フランツの言葉の通り、練度の問題もある。『クレスタ』の戦いやその前のマンティコアとの戦いの後に兵の補充が無かった大隊は今は兵の数も足りて無く、その後の訓練も十分とは言えない。
そして何より『ロキ』を抑えるとなると、最後に立ちはだかるのは――
「主任参謀はどのように考える? 先程返答がなかったが」
そこまで考えていたとき不意にオスカーが口を開き、挑戦的にテオドールに問う。
ベックの方を見ると、彼もまた挑戦的に口元に笑みを作りながらテオドールを眺めていた。試しているのだ。
せめてメルセデスに助け船を出してもらおうとするが、彼女も強い炎の点った黒曜石色の瞳でテオドールを見つめ、やってやれと訴えてくる。
これはもう覚悟を決めるしかない。
テオドールはこくりと唾を飲み、ズレ防止の魔法がかかっているはずの眼鏡を直すと、立ち上がった。
「確かにシュリーフ少佐の言うことには一理あります。我が混成大隊は練度は高いと自負しておりますし、進軍速度も高い。ですが先の魔素圧縮施設やマンティコアとの戦いの兵員補充が済んでおらず、また施設での戦闘後に行った訓練も十分ではありません。十全な状態の中央軍の歩兵大隊と比べれば見劣りするでしょう」
すう、と息を吸って、テオドールは言葉を継いだ。
「ただし、ヴィサンの森陣地を抜くだけならばの話です。『ロキ』にはクルト=フォン=ミュッケ中将が居ます。彼を少しでも釘付けにできる人間は中央軍の歩兵連隊には居ないでしょう」
「では、一〇九大隊にはその人物がいると」
オスカーの音調の少し上がった質問の声に、テオドールは明朗に返す。
「はい。恐れながら小官とシュリーフ中佐なら。魔族の将とは言いませんが、巨大マンティコアの番と現役の中央軍魔導科佐官を倒した実績があります。倒せるとは断言できませんが、中将を釘付けにすることくらいは出来るかと」
「そこまで啖呵を切るならせめて、妹君のように倒せると断言したまえ! 婿殿!」
オスカーは声を張り上げて、愉快げにそう言ってのけた。
隣に座るフランツも、何か納得したかのように頷いている。
他の幕僚もテオドールの断言とオスカーの剛気な言葉につられてか、議場の幕僚もテオドールたちになら任せられる、と言う雰囲気へと引っ張られていった。
「婿殿、心配は無用だ。我が中央軍第三旅団が貴大隊の開いた突破口を見事に広げ、貴殿の父上を取り押さえるのに助力しよう」
「……感謝します、お義父上」
テオドールが頭を下げようとするのを、オスカーが静止する。
「その言葉は全て終わった後に聞くものだ、婿殿」
全くその通りだな。とテオドールは思いながら着座する。隣のメルセデスは父と自分のやり取りが満足だったらしく、頬がほんのりと赤く色づいた顔で力強い笑みをテオドールに向けていた。
ヴィサンの森陣地とミッテ区城塞のふたつの攻略作戦――いささか乱暴なきらいのある作戦は、開陳された後にやがて調整に入る。
大きな問題となったのは一〇九大隊の員数不足だったが、フランツが自らの騎歩兵混成大隊を合流させ、一時的に一〇九大隊の指揮下に入ることを承諾し、例のクレイマー大佐がジークハルト兵務卿の特命でユーラヒルの南の操車場からの列車砲でのヴィサンの森方面の援護を任されたことで、徐々に洗練されていくのだった。
「シュリーフ少佐。貴方、お姉様に花を持たせるためにあんな猿芝居を打ったのですの?」
エリゼン離宮の廊下を他の将校に交じって歩くフランツに、エリスが声をかける。
「私は本当に姉の部隊が心配で質問しました。ヴィサンの森の陣地を抜くのに州軍並みの装備では無理ですし、九六式騎兵銃を装備修練していたと聞かなければ首を横に振っていたことでしょう」
ベック閣下と我が父のは猿芝居だったようですが。とフランツは平静を崩さぬまま返す。
それはエリスにもわかった。オスカーとベックの二人がテオドールに質問を仕掛けたのは、明らかにあの場で任命を渋るだろう兄を引きずり込むための良い茶番だった。
しかし、ぐずぐずと戸惑ったかと思った後に父を釘付けに出来ると語ったあの覚悟を決めた横顔を見た時は、エリスも清々した気分になった。
「お互い面倒な兄姉や上官を持つと疲れますわね」
「はい」
フランツはエリスの含みのある響きの言葉に、少し弾んだ声で答えた。
この気持ちはきっと、次子でなければ共有できまい。




