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トプカプ戦記 ――半端名門魔導師は小さな人馬に求婚される  作者: 伊佐良シヅキ
星掴む人馬と光輪の魔導師
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嵐の前――ユーラヒルへ

「ユーラヒルがついに割れたようだ」

 そうテオドールとメルセデスの二人が庁舎前で待っていたザイサーから聞かされたのは、あの有声魔信を受け取ってから一日後、軍司令部へ出勤してすぐのことだった。

「昨夜のうちに交渉は決裂。ミュッケ中将とジグムント少将、それと列車杖保持派の幕僚や青年将校に率いられた部隊がヴィサンの森陣地とエンデ街、帝宮を占拠した。参謀本部と兵務省は現在戒厳令(かいげんれい)を敷いて、市街南のエリゼン離宮を戒厳司令部としているらしいが足並みは揃わず。列車杖の照準は帝宮に向けられているそうだ」


 ユーラヒルでの軍の叛乱と言う重大なニュースを今そこで初めて聞かされた二人は騎乗したままお互い向き合って顔を合わせる。


「そんなことが起きていたんですか?」

 

 今朝の新聞は読んだはずだが、そこには州営鉄道の国有化法案のニュースが一面を飾っており、ユーラヒルの叛乱など一つも書かれていなかったのだ。


「君たちが初めて知るのも当然だ。ミュッケ中将は朝刊の締切時刻の後に早業でエンデ街を占拠して、今やっと魔信で知らされた新聞が記事を書いている最中だからな。私も朝の早馬で知らされたくらいだ」

 

 そこまで言うと、ごほん、と空咳を払ってザイサーは続けた。

 

「我々トプカプ州軍は参謀本部側として応援出兵する。先遣は君たちだ。トルトホルンで接収した貨物飛行艦を使わせてもらう」


 その言葉を聞いて、メルセデスと、彼女の馬上のテオドールは「はっ」とザイサーに一礼し、その脚で隊舎へと向かう。隊舎に向かう足取りと蹄の音はいつもより早い。

 メルセデスにも焦りが見えているのだ。


「新聞が記事を書き立てる前に官庁街を占拠してしまうとは、まさに電光石火の展開ですね」


「最初から父上にはわかっていたんだ。こうなるってことが」


 テオドールは父の性格をよく知っている。用意周到で驚くほど頑固な父は、たとえ叛乱を起こし、参謀本部に脅しをかけてでも列車杖を保持するつもりでいるのだろう。

 しかしそれで参謀本部が引き下がるほど、この問題は軽くない。


「お父上を止めに行くのは気が引けますか?」


 メルセデスが少し心配そうに聞いてくる。


「いや、僕が父上のことを止めないといけないと思っている」


「それはエリスさんに言われたからですか?」


 違うよ、とテオドール。


「父上は僕の影だ。僕と同じように生真面目で、強く、そんな中で自分の存在意義を求め続けた結果、列車杖を実現しようとしたんだ。この国の数多の英雄のように」


 テオドールの言葉に、メルセデスはこくりと頷く。

 彼の父とは一度しか言葉を交わせなかったが、彼は英雄に相応しいだろう強さと責務感を持った人物だというのは分かった。熱く巨大な星とエリスが評した彼は必ず列車杖『ロキ』を使って英雄となるだろう。


「この国に、これからの時代にもう英雄は必要ない。父上を英雄にしてはいけない」


 テオドールの傍白にメルセデスは「私も力添えします」と力強く答えた。



 もう既に軍司令部内部ではユーラヒルの叛乱の噂が通信隊から伝わったのか、一〇九混成大隊の隊舎はいつになく緊張した雰囲気に包まれている。そこにメルセデスとテオドールが入ってくると、空気のぴりつきは余計に増した。

 テオドールは隊員たちが並んで自分に注視している中に立つと、参謀飾緒をちらと一度見て、「全員傾注(けいちゅう)」と口を開く。


「ユーラヒルで一部将官と将校主導の叛乱が実施された。『クレスタⅨ』で製造されていた魔素管を利用した『列車杖』と言う兵器を巡って参謀本部が割れ、列車杖保持派の将官が主導となって官庁街と参謀本部、列車砲陣地を占拠している。トプカプ州軍はこれの鎮圧に向かい、先遣隊として我が部隊が派遣される」


 テオドールの言葉に大隊の皆がざわつき始める。

 叛乱軍とは言え中央軍と事を構えるということや、自分達が直接ユーラヒルへと乗り込むということ、そして先遣隊と言う立場であること。その全てに皆困惑しているのだろう。

 テオドールにとってはミュッケ家の者の使命と考えていたから気づかなかったが、一州軍の便利屋部隊がユーラヒルの叛乱に誰より早く乗り込むなど普通は考えられない話だ。

 全てはザイサーが用意してくれた舞台とは言え、少し考えるとユーラヒルの叛乱とは何一つ関係ない彼らを巻き込むのはどうかと思い始めたその時――。

 

「聞いたか。つまりは『クレスタ』の親玉をぶっ叩くワケだ。俺たちがやらんで誰がやる」

 ジャイム准尉――鉱山小鬼マモブリンの頭領がぶっきらぼうに口にする。

「美味しいところまで中央軍の連中に取られたとなっちゃ、それこそ死んだ連中が浮かばれねえ。一〇九混成大隊でその列車杖とやらもそれを作った親玉も平らげる。そうしねえと気がすまんぞ、俺ァ」


 ジャイムの言葉に続くように、ホイスが声を上げる。


「……そうだよ、中央軍の事情なんか知ったことか! 俺たちだって俺たちの理由がある! 俺たちがその列車杖とかをぶっ壊してやりゃあ、ギルマン准尉たちに手向けだってできるってもんだ!」


 そうだよ、俺たちが行かなくてどうする。と口々に声が上がる。

 テオドールは彼らを巻き込むと心配していたのが嘘のように、まるで自分たちの戦いだとばかりに隊の皆は声を上げる。

 中には本音を言えば巻き込まれたくないと言う者も居るはずだろうが、それでも『クレスタ』の一件を箝口令で黙らされ、戦友の死を擬装されたまま葬られたことは皆を燃え上がらせた。「列車杖の親玉に借りを返す時間だ」とホイスとヨハンが叫ぶ。

 テオドールはメルセデスを見て、こくりと頷いた。


「でも、その列車杖の責任者ってミュッケ少佐のお父様なんでしょ? 少佐はいいの?」


 アルマが翼を立てて、隣に立つリヒトにひそひそ声で話す。

 リヒトは雷魔法の火傷痕のまだ残った顔で、力強く返した。

 

「少佐はもう覚悟を決めてるよ。お父上を止めることが自分とシュリーフ中佐の二人の役目だって」


「中佐と二人の役目かぁ……やっぱあの二人、夫婦で戦ってるって感じがして凄いよね」


「本当にそうだよ。少佐もトプカプに来て変わった」


 そう言うリヒトも、アルマの目にはテオドールに負けず劣らず凜々しい顔をしていた。

 そのことを口にしようとするが、頬を林檎色に染めたままアルマは何も言わないでいた。


 テオドールに変わってメルセデスがかつん、と蹄を鳴らして、隊舎の天井にまで響くほどに声を張り上げた。

「本隊に先んじ、我々は明朝、『クレスタ』にて接収した貨物飛行艦でユーラヒルへ先着する。全員準備にかかれ!」


 メルセデスの号令と共に、部隊員達はわっと動き出す。ベッドの下の雑嚢を取り出し、銃架に掛かった騎兵銃カラビナーを次々に手に取る。ジャイムに率いられた砲兵たちや輜重兵は砲や荷車に向かって隊舎の外へと飛び出していった。

  

「飛行艦でユーラヒルに乗り込むなんて、面白いじゃないですか。少佐。英雄譚のクライマックスの飛竜騎兵ドラグーンみたいですよ」

 

 騎兵銃を抱えたホイスにそう声を掛けられ、テオドールは苦笑する。


「それだと矢か魔導師に叩き落とされないかが不安だな。飛竜騎兵はいつもそうなる」


「大丈夫ですよ。こちらにも心強い魔導師は何人も居ますから。」


 メルセデスがこちらに力強い笑みを向ける。テオドールはそれを見て、もう皮肉を飛ばす気も失せたのだった。



 朝日を浴びて貨物飛行艦バージ『LB-26』はトプカプ軍司令部の飛行艦発着場で、大きな銀色の艦体をどこか居心地悪そうにしながら佇んでいた。その船倉に山砲や野砲、荷車、魔信機材が運び込まれ、その後から完全武装の兵士たちが乗艦してゆく。

 ニニエル高地と『クレスタ』で戦死者を出した後だけあって、帰せる兵士たちは積み込みの後に家族に会いに帰すことにさせたが、それでも殆どの兵士は隊舎に残っていた。


「すみません、皆さんに家族に一目合わせることなく出立させることになって」


 最後に乗艦したメルセデスの漏らした言葉に、兵士の一人が答える。


「良いですよ、中佐。職業兵士なんてそう言うもんです」


「その通りですよ。生きて帰れば良いんです」


 その保証は無いというのに、兵士たちがそうなると信じているかのように、はは、と笑う。


「死んじまったギルマン准尉の言う通りで、俺たちはみんなユーラヒルの赤レンガの連中に好き勝手させるのを指咥えて見ているのは嫌なんですよ。ジグムント殿下だか少佐のお父様だか知りませんが、俺たちは『クレスタ』で散々やった借りを返しに行くなら、どこだって行きますよ」


 その言葉に、テオドールは小さくありがとう。と兵士たちに呟いた。

 

 トプカプ州軍の飛行艦部隊の手で『LB-26』はゆっくりと浮揚し、蒸気エンジンの音と振動を伴いながら徐々に上昇しながら北北東へと艦首を向けてゆく。

 目指すは霧と鉄の都、帝国首都ユーラヒル。

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