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トプカプ戦記 ――半端名門魔導師は小さな人馬に求婚される  作者: 伊佐良シヅキ
星掴む人馬と光輪の魔導師
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嵐の前――慧性の魔女の決断

 慧性けいせい――そこそこの才能の持ち主へは努力で追いつけ、天才は生まれながらにして聡明を備えると言う。

 前者は兄テオドールにも言えることだが、同時にエリス=フォン=ミュッケにも言えることだった。

 兄テオドールが魔力閾の極端に低い体質の半端者だが、エリスもそれに該当する。エリスの閾は中央軍で戦功を上げる魔導師の平均程度か、それを少し上回る程度だ。

 その上エリスには魔法の才はあるが軍才は然程ない。士官学校の成績でも座学や兵棋へいぎ演習ではテオドールの成績に負けているし、戦いの場においても兄ほどの機転も効かない。もちろん父クルトには勝てるところがない。

 だからこそエリスは天才と呼べる魔導師の存在に嫌というほど接することになると、士官学校時代には自身こそ優れた魔導師だと満ちあふれていた自信が萎んで、焦りの感情がつきまとっていった。


 例えば末妹のベアトリス。

 想像力に愛された彼女は、魔導師としての才ならエリスよりも彼女の方が遙かに優れている。幼年魔導学院を出た後に士官学校に進まないことを選んだが、それが彼女の豊かすぎる想像力の才を殺さない道だと自ら心得てのことだった。


 例えばジグムント=ルーハンス=フォン=レンハルス少将。

 皇帝ヴィルヘルム=ルーハンス帝の弟という身分で大した戦功もないまま少将にまで上り詰め、参謀本部内では軍才も政才もなく、声と見栄と強硬派将校からの人望だけは大きな『ボンボン殿下』と陰口を叩かれる彼も、その勘と攻撃魔法の才は天賦の物だ。無邪気で大風呂敷な攻撃の想像力とレンハルス皇帝家の魔導師の素質の血が合わさり、決闘では負け無しの帝国最強の攻撃魔導師として結実したのだ。


 そして例えば、父・クルト。

 軍才と攻撃魔法の才を生まれながらに有し、耐えることに対しても才を持った彼は人魔国境の戦場で、参謀本部で、大杖と指揮を振るい軍を率いた。魔王グスウィンの軍勢やメアリス国軍を苦しめる策を講じ、戦場では自らの策の尖兵として軍を指揮すると同時に敵の軍勢を蹴散らして人魔戦線にその勇名を刻んだ、ミッテルラント帝国軍に魔導師の血を捧げ続けたミュッケ伯家の最高傑作にして開祖・アルフリート初代伯に並ぶ英雄だ。


 翻ってエリスはどうか。攻撃魔法の才こそあるが、それこそ天才のそれには及ばない。機転と共にそれを使いこなす兄より劣るものの、器用さがある程度だ。父のように上級重圧魔法の一振りで大人狼グロース・ヴェアヴォルフ千の軍勢を蹴散らすような圧倒的な力は、エリスには無い。

 ただエリスには、唯一信じられることがあった。

 慧性の才の持ち主が向こう見ずに前だけを見て突き進んだとき、時に不利な相手や天才を打ち倒すこともあると言うこと。彼女の義姉となる、まるで身も心も少女のような女性から身を以て教わった教訓だ。



 ユーラヒル北部市街に位置する官庁街、エンデ街。飛行艦発着用の尖塔が立ち並ぶその場所は今緊張に満ちていた。

 理由は言わずもがなの列車杖『ロキ』の存在と、その初射。外務省と領事館の間の石畳の道をひっきりなしに国章入りの馬車が走り、厳めしい煉瓦造りの兵務省と参謀本部の歩哨たちは戦争前のような雰囲気で出入りする馬車と人を見張っていた。

 エリス=フォン=ミュッケも参謀本部の建物に入る際にその緊張の洗礼を存分に浴び、大会議室に入ると突けば割れる風船のような限界まで張り詰めた空気の中に放り込まれた気がした。

 パウル=ベック参謀総長とジークハルト=ヴィンテル=フォン=レンハルス兵務卿が長大な方卓の片側の短辺の座に腰掛け、長辺の椅子に座るエリスを含めた二十数名の上級幕僚とその付き沿いの将校たちを挟んで、もう片側の短辺にジグムント=ルーハンス少将と、父・クルト=フォン=ミュッケ中将が座っている。


「列車杖『ロキ』とは、とんでもない物を建造してくれたものだ」

 

 ジークハルト兵務卿が白い髭で彩られた口元を重々しく開き、顎髭を摩る。


「しかしその威力は兵務卿閣下も参謀総長閣下も見られたでしょう! あれがあればアンジーリア首都ブランダンや魔王都ギリマへも我が国の内から殲滅魔法を撃ち込める! まさに我が国が周辺諸国に対して主導権を握ったも同然なのですよ!」

 

「だからこそ危ういのだ、ジグムント少将」


 ぴしゃりとジークハルト兵務卿は自らの甥に向かって言い切る。

 

「周辺諸国や魔王グスウィンがそんなものを手放しに見ていると思うか? すぐに飛行艦建艦競争に次ぐ新たな軍拡競争の火種となるぞ」


 卓の向こう側で旗色が悪そうなジグムントの隣で、す、とクルトが手を上げる。

 

「兵務卿殿下。我々には猶予があります。飛行艦建艦同様に一日の長を生かして我々が量産と改良に着手し、常に列車杖の質と数で圧倒すれば周辺諸国も魔王グスウィンも我が国には手を出せないでしょう」


「軍事上の問題では無い!」

 クルトの解答に痺れを切らしてベック参謀総長が吠える。

「財政と政治と外交の問題だ! 君もそのくらい理解るだろう! 飛行艦隊に加え列車杖! 魔王はともかく、周辺諸国に我が国の侵略の意図があると示しているようなものだぞ! その上列車杖の量産など……君は国庫を空にする気か!」


 ベックは絶叫の後に肩で息を切りながら、方卓の向こう側のクルトを見る。

 クルトは数年前、メアリスの短期侵攻計画を参謀本部に提出したことがある。当時のミッテルラントの兵力では不可能だとベックらが切り捨てたあの計画も、今の飛行艦の保有数と列車杖さえあれば可能だ。

 この男は侵略の意図を隠してもいない。軍人としての責務の一つ――軍の存在原理への責務を最大限果たすつもりで居るのだ。

 そのためには政治や外交など二の次の問題であると言わんばかりに。

 そしてそれに賛同する幕僚も少なからず居るのを、ベックに今向けられている敵意の籠もった視線で感じ取れた。

 ベックの叱責に微かに狼狽するジグムントの横で、クルトは相変わらず鷲頭獅子グリフォンのような視線をベックとジークハルトに向けていた。


「ミュッケ中将、少し良いかな」

 そう口を挟んだのは、騎兵大将のオスカー=フォン=シュリーフだ。人馬の耳をぴんと立てた厳つい顔の亜人大将はクルトを睨む。

「列車杖の濃圧縮魔素管は製造時に地脈流レイ・ラインに重大な悪影響をもたらすと私はトプカプ州軍のザイサー州軍大将から教えられた。土地を枯らしてまで製造する兵器に価値はあるとは私は思えない。列車杖は我が国を滅ぼさぬためにも破棄すべきだ」


「帝国領内の地脈流を使用するのは列車杖の第一陣の配備までだ。第二陣より後はリンダーム峡谷の地脈流を使用する施設を建造する」

 

 リンダーム峡谷。小さく呟いたその言葉が出た途端、議室内がどよめく。

 しかし一方で、おお、と言う困惑では無い声が上がったのも確かだった。

 エリスはと言えば父が口にした地名を聞いて、とんだ誇大妄想なのではないかと言う感情がわき上がった。

 その地は確かにかつては神聖ヴェスティア帝国の領土であり、豊富な地脈流の湧く土地だと言う古伝もある。だがその地はヴァッケブルグの百数十カムチャーンの北――言うまでも無く魔族領の土地だ。

 クルトの言いたいことは、数十年膠着したヴァッケブルグ以北の魔族領への侵攻を列車杖をもってして行うということだ。


「そ、そうです! 兵務卿殿下! 『ロキ』に続く列車杖が十一両もあれば、容易くリンダーム峡谷までの失地回復も可能! 魔族どももひれ伏しましょう!」


 クルトの言葉の後にジグムントが取り繕うように声を張り上げる。が、クルトがぼそりと放った一言に比べて威勢が無い。


「それでも承服しかねます」

 シュリーフは声を張り上げる。

「リンダームを獲るまでの戦役が仮に上手く行ったとして、その間、十二両の列車杖に使う膨大な魔素が土地から奪われれば作物や牧草が枯れるも同然。一軍人としても列車杖の過剰な威力と無用な戦に、トプカプ候としてもこれ以上我が領地を軍の都合で荒らされるのを黙って見過ごすわけには行きません」


 まるで娘がそのまま言いそうな台詞だ、とエリスはシュリーフの時代錯誤な領主振る舞いを耳にして、思った。周囲を見回すと、貴族だけでは無く平民出――恐らく農村出身の幕僚もまたシュリーフの言葉に頷いたり、彼を密かに応援しているようだ。

 もはや飾りでしか無い貴族の責務を果たそうとしている分、皇族の重責を感じているかも怪しい皇弟よりはマシだ。ということだろう。

 一方では彼の言葉に鼻を鳴らす幕僚もまた、貴族平民問わず居るのも確かだ。

 

「シュリーフ大将! 逃げ腰か! 腰抜けは栄えあるミッテルラント帝国軍に要らぬ!」


「逃げ腰ではありません! ジグムント少将こそ勇み足が過ぎると思われますが!」


 ジグムントがシュリーフに人差し指を向けて怒鳴り散らし、それにシュリーフが真っ向から大声で返す。もう滅茶苦茶だ。

 ジークハルト兵務卿とベック参謀総長の方を見ても、彼らは半ば匙を投げている。と言う状態だ。ジグムントとクルトを制するつもりが、クルトに呑まれ、ジグムントの強硬言動を勢いづかせてしまい、もう収拾が付かないと言った様相だ。

 結局幕僚会議はジークハルト兵務卿まで参加したにもかかわらず、参謀本部の分断をより深く感じさせるだけに終わってしまった。


「エリス」


 エリスが退室した少し後、彼女の執務室へ向かう廊下で後ろから声を掛けられる。

 声の主はすぐに解った。この参謀本部で高飛車に――自分の半端さを隠して強く見せようとする演技に――振る舞う彼女をファーストネームで呼ぶ者など限られているし、この低く硬い声は聞き間違えるはずが無い。


「部内では階級で呼べと仰ったのはお父様のはずですよ」


 振り返るとやはり、父クルトの姿があった。


「上官と部下では無く私の私的な質問だ」

 クルトは少し置いて言葉を切り出す。

「エリス。近く列車杖を巡って参謀本部が割れる。ベック参謀総長が破棄を強行したならば、私は反旗を翻す。その時お前はどちら側に着くかを聞きたいだけだ」


「お父様の側には着きません」

 父の言葉に、エリスはすっぱりと答えた。

 自分でも清々しいと思うほどに。父を前にしてこれほどすっぱりと拒絶の言葉を口に出来るものなのかと驚くほどに。


「もちろんお父様の立てるであろう列車杖と飛行艦を用いる戦略は恐らく劇的なものとなるでしょうし、『ロキ』の威力や精度もきちんと理解しています。ですが、私。一つとてつもなく気に食わないことがありまして」


「なんだ」


「ジグムント少将殿下のことですわ。彼を英雄にする手助けなど真っ平ごめんです」


 ジグムント。あの無邪気な天才をのさばらせて、あまつさえ英雄に仕立て上げるなど、エリスの慧性の魔導師としてのプライドが許さなかった。

 天才には追いつけずとも、あの誰よりもミッテルラントの魔導師信仰を信じて振る舞う道化の皇弟に力を貸すなど以ての外で、むしろ――


「もしお父様が反旗を翻したとき、あの方は私が叩き潰します。宜しいでしょうか」


 エリスの的外れな宣戦布告とも言える言葉に、ふふ、とクルトは鼻で笑っていた。

 

「宜しい。私情を挟んでいるが、その意気は買う――ただし無事でいると思うな」


「解っていますわ。お父様」


 そしてエリスは立ち止まり、再び靴音を鳴らして歩を進めるクルトの後ろ姿に声を掛ける。彼が向かう先が通信室だとなんとなく解ったからだった。

 

「お兄様に確認を取っても、私と同じ答えが返ってくるだけですわ。お兄様はお義姉様にすっかり影響されて、トプカプに随分入れ込んでいるようですから――聞けばお父様の主任参謀のグロックナー中佐の逮捕もお兄様が関わっていたとか」


「――ベックめ、相変わらずのお喋りを」


 格別にお喋りな、それでいて人受けの良さから同期の出世頭になった男に向かって、クルトは忌々しげにそう口にする。その姿はいじけた表情のテオドールの姿とよく似ていた。

 本当に兄は父によく似ている。

 ただ異なるのは兄が父ほど才の無い半端者で父とは歩んだ道がほど遠かったことと、あの無茶苦茶な小さな人馬が兄という星を掴んで離さなかったからだ。

 

「――お前たちに最初から期待などしておらん。これは私一人でやり遂げる。何としても」


 クルトはそう言うと歩みを再び刻む。

 そしてエリスはそれを見送ると、自分の執務室への道を歩み始めた。

 慧性の魔女は鍛錬を重ね続けた半端者の人馬に敗れた。

 その魔女がこの国の魔導師を代表すると思い込んでいる天才を破るのだ。荒唐無稽、勝算も自分でも無いと思えるとは言え、面白いではないか。

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