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トプカプ戦記 ――半端名門魔導師は小さな人馬に求婚される  作者: 伊佐良シヅキ
トプカプに立ちこめる暗雲
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葬送と傷と

 トプカプ州軍の州軍墓地を訪れるのは二回目だったが、最初に訪れたときよりもテオドールの心は沈んでいた。

 自分の立案した作戦。自分の父の関わっていた施設。そして自分が止められなかったグロックナー中佐の高位魔法。そのおかげで、多くの兵が死んだのだ。

 あの時兵の亡骸を拾って帰り、追求の刃とすると約束した相手だったギルマンも、その亡骸の一つとなって棺に収められ、今日真新しい墓石の傍らに埋められていった。

 メルセデスは「全て貴方のせいではないです。どうにも出来なかったでしょう」と言ってくれたが、自分がどうにか出来ていれば、と思うと、魔法ダイナモを使ったときのように肺が苦しくなる。

 しかし今沈痛な表情で重く息を吐くメルセデスも、どうやらテオドールと同じ心持ちなのだろう。


 

「それが指揮官と主任参謀の背負った重みだよ。シュリーフ中佐、ミュッケ少佐」


 トプカプ州軍司令部のやや薄暗い司令室で、ザイサーが小さな目を細め、頬の肉を揺らしながら呟く。


「知恵の無い魔獣討伐のようなものでない、本物の戦争を君たちは経験したのだ。あの時ああすれば、ああしたから。戦争で直接指揮を執って、親しい部下を失った者、部下の家族から責められた者の胸にはそういう後悔が湧き出てくる。それもまた指揮官と主任参謀が負う戦争の傷と重みなのだ」


 饒舌とは違う、舞台役者の傍白が如く。そんな言葉を二人に言い聞かせるザイサー。そしてちらりと彼は二人の傍らを見る。


「ヘンリック、君もそれをよく知っているはずだ」

 

 部屋の片隅、竜銀で出来た封魔手錠を前手にかけられたグロックナーとイザークが椅子に腰掛けていた。軍服の階級章と魔導科徽章、そして参謀飾緒(しょくしょ)の無い彼らは俯いている姿もどこか惨めに見える。

 それでもあの『クレスタⅨ』と呼ばれた魔素圧濃縮施設で見た時のぴりついた表情が無く、どこか憑いていたものを下ろしたような安らいだ面持ちにも見えた。

 グロックナーはザイサーの問いかけに静かに抑揚無く答える。

 

「知っていますよ。何なら今でも後悔し続けている。貴方と戦った第八次ヴァッケブルグ攻防戦を……私はあの戦いで、自分の力足らずで部下の半分を失った」


「ならば何故独断専行などに手を貸した? あれは無邪気に罪を重ねる行為だ」


 ザイサーがとがめるように口にした言葉に、グロックナーは少しだけ悲哀の籠もった声で返す。


「ミュッケ中将やジグムント殿下に逆らうことに怖れを抱いていた。自分に拓かれる道が閉ざされるのが嫌だった……と言うのは表向きの理由でしかないでしょう」


 グロックナーはザイサーとテオドール達の方を見て、口を開く。


「あの時ああ出来ていれば――もし『ロキ』さえあったならば。一方的に魔王軍を攻撃し部下が死なずに済んでいたかもしれない。心の片隅でそればかりを思ってしまっていた自分がいた。独断専行に手を貸している、新しい戦争の火種を作っていると心のどこかで言い聞かせていても、その『もし』ばかりが先行していた。参謀の傷を掴まれたんです」


「その……『ロキ』と言うのは何なんですか? あの魔素管を使う兵器なのですか?」


 テオドールが低いトーンで訊ねる。それにイザークが顔を上げた。


「列車杖『ロキ』。大型列車砲の設計を流用して、戦艦砲並みの魔法ダイナモと竜銀の芯を備えた巨大杖だよ。帝国中央軍の選りすぐりの魔導士官十六名が魔法を起動させ、視覚共有魔法を使って最大射程で八百カムチャーン先の目標――配する位置次第ではアンジーリアやメアリスの首都に魔王都を直接攻撃できる……ジグムント殿下のオモチャさ。ミュッケ中将はしかもそれを量産しようと企んでる」


 イザークのうんざりするような様子で吐き捨てた言葉に、テオドールは想像を遙かに上回っていたその兵器の詳細に絶句する。


「……そんなことをすれば、この国が、戦争が変わってしまいます」

 

 メルセデスが震えた声で言う。


「それを量産すれば、魔素管を作るために土中の魔素を汲み上げ続て、帝国中が土地枯れを起こして農作物が採れなくなりますし、他国が同じものを完成させれば列車杖による殲滅魔法の撃ち合いが起こる……誰も幸せにならないです」

 

「それに列車杖の攻撃で将兵が助かっても、必ず報復が起こる。……助かった者以上の将兵を失う報復が」

 テオドールが続くように言う。金縁眼鏡の下の灰色の眼を細め、落ち着き払ってはいたが低い声で彼は続けた。

「魔族のように情の薄く利己心の強い種族でも、恐怖のあまり報復に出るでしょう」


「そうだ。報復はあるだろう」

 とグロックナーが返す。

「列車杖『ロキ』の仕組みは簡単だ。魔素の濃縮・圧縮方法と芯となる多量の竜銀を揃えれば量産できる。その上、怖れを抱いた魔族や周辺諸国が『ロキ』を抑えに攻め込む可能性もあるやもしれん」


「そこまでわかるのなら何故製造に加担して、そして何故急に抗命を望んだのです。グロックナー中佐」


 メルセデスが硬い声で、佇んだままのグロックナーの矛盾に切り込む。


「シュリーフ中佐、私は幾つもの戦場に立ちすぎて、幾つもの『もし』という考えを捨てられなかった。だからミュッケ中将の『ロキ』による戦略優位の抑止に賛成し、手を貸した。そして途中で気づいてしまったんだよ。私は戦友や部下の葬送に立ち会うのを、誰かに、自分に責められるのを恐れるあまり『ロキ』にしがみ付いていた、と」


「中佐は真面目すぎるんです。自分の向き合った現実に折り合いを付けられないから貴方は苦しむんだ」


 そう言い放ったのは、やはり自棄気味のイザークだった。


「ジグムント殿下は無邪気すぎて、ミュッケ中将は強すぎて、中佐は真面目すぎる。みんながみんなそんなんだから、あんなものを作れてしまうんだ」


 殆ど吐き捨てたあとにイザークは口を噤む。


「……ヘンリック、それにハント大尉。君たちはトプカプ州軍が拘束し、ユーラヒルの軍法会議所の命あるまでオヴェリフルに留める。いずれ時が来たら魔素圧縮施設の建設と地脈流レイ・ラインからの魔素の汲み上げ、我が州兵の殺害の罪で告訴する。ヘンリック、判決は解っているだろう」


「……ええ。貴方に告訴されて良かった」


 口の端に笑みを浮かべるグロックナー。

 ザイサーは部屋の前で待機していた兵を呼ぶと、兵は二人を連れて行く。この軍司令部地下の拘置所に戻されるのだろう。

 テオドールもメルセデスも、その背中を見送るしかなかった。

 ばたん、とドアを閉められて、無言のまま二人はザイサーの方を向く。彼もまた小さな眼を細めて二人を眺めていた。

 

「ミュッケ少佐、シュリーフ中佐。君たちと第一〇九独立混成大隊には待機命令を下す。彼らの首都送還までの間は待機だ」


「はい」


 どちらともなく、返答する。

 待機命令とは言うが、事実上の箝口令かんこうれいなのは二人とも感じ取れた。

 列車杖『ロキ』。そんなものが絡んでしまった以上、もう事態はトプカプ州軍や中央の参謀本部だけで秘密裏に処理できる域を超えてしまっているのだ。全てを片付けるにはミッテルラント中央軍だけでなく兵務省へいむしょうや外務省、そして帝室まで動くことになるだろう。

 もはや話はテオドールとメルセデスの遙か雲の上に行ってしまった。

 これでは死者を追求の刃として報いるどころではない。テオドールはそう思ってしまった。

 

 

「……僕は幸運だったのかもしれない」


 待機を命じられた夜のエンツェンヴィル城の食卓。テオドールは夕食の牛肉のシチューを口にしながら、ぽつりと零した。

 向かい合うメルセデスは幸運だった、と語るには沈んだ声のテオドールにきょとんとしてしまう。


「僕はせいぜい魔獣退治しか経験してこずに、部下を失ったといっても誰かの采配の元で。そうやって少佐にまで上り詰めた。自分の采配で戦をして部下を失ったのはこれが初めてだ。それでもギルマン准尉達に僕は報いられてない」


「テオ、自分を責めるのはやめて下さい。グロックナー中佐を倒しただけでも貴方は彼らに報いました」

 

 テオドールの言葉にメルセデスが返す。

 しかしテオドールの口は止まってくれない。胸の中の重いものを吐き出すように、テオドールは訥々と語り続けた。

 

「……もし人魔国境での戦で、自分の采配や力不足で部下を失い続ければ、僕もきっと中佐と同じ気持ちになったはずだと思う。これ以上自分の無力を恨まないでいられる方法が無いかって、考え始める」


 そこまで口にして、テオドールは一度言葉を切り、切り分けた牛肉を口に入れて、飲み込む。肉汁と口の中で崩れる繊維、そして染みこんだブイヨンの味が口内を満たして、それが余計に自分の罪が科されてゆくようにも感じた。

 自分はニニエル高地で言ったことを反故にして、今ここに居る。

 そして昼、グロックナーの言葉を聞いて、余計にあの施設で彼を責めた自分の矮小さが許せなかった。

 

「父上もひょっとしたら同じ気持ちで列車杖を建造するのに力を貸したんじゃないかって思うと、僕は中佐や父上を責める資格がないのかもしれない」


「テオ」

 メルセデスはナイフとフォークを置き、食卓の蝋燭の火を映す黒曜石色の眼を細めながらテオドールを見つめた。

 その声色はどこかで聞き覚えのある色をしていた、とテオドールが晴れない頭で思う。どこかで何度も聞いた覚えはあったが、メルセデスの口から聞いた覚えは無い。

 ふう、と息をついてメルセデスは再び口を開く。

「貴方はそんな弱い人だったのですか」


「……そうかもしれない」


「……そうですか」


 それから二人はどちらとも言葉を発せずに、夕食を摂り終える。

 一度自分の部屋に戻る直前、イレーネが「やってしまいましたね」と、テオドールに向かって呟く。

 イレーネの言葉を聞いて、テオドールはあの声色をどこで聞いたのかやっと思い出せた。

 あれはエリスが自分をなじるときの声色だ。と。 

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