半端魔導師と魔導参謀・三
「ベアル・タルテ! 雷精よ、我が刃に宿りたまえ『電光刃』!」
剣に属性魔法を宿す魔法剣の魔法を唱え、刃に属性魔法を宿しながら、がん! がん! と槽の補強材と足場やクレーンレールを支える鋼の柱を蹴って、テオドールは飛行魔法で飛び去るグロックナーとイザークを追う。
「イズア・ジェルタ、出でよ『迅雷』」
飛行魔法は細かい魔力制御を使うはずだが、グロックナーはそれをものともせずにテオドールから器用に高度と距離をとって遠ざかり、槽を刺激しない威力ギリギリに絞った牽制魔法を射撃してくる。
テオドールはそれを近場の構造物を蹴って方向を急転換して、躱す。しかしそうするたびに
二人分の飛行魔法を制御し、防護魔法を張りながら牽制の攻撃魔法を放つ。決して派手とは言えないが、その技量はそこらの魔力自慢の魔導師などよりずっと上だ。
恐らくいっぺんに放出できる魔力量ならエリスの方が上だろうが、複数の魔法を制御し魔力調整するその技量はさすがは父の主任参謀であり中佐と言うだけある。
対するテオドールはと言えば、『疾脚』をかけ続け、圧縮槽を盾に飛ぶグロックナーに対して、魔法の脚で瞬間的に距離を詰め、魔法剣による接近戦に持ち込む以外に攻撃手段がない。
「貴方の脚では私には勝てません。長期戦になれば不利なのは貴方も、貴方の部隊もわかっているでしょう。だからこそ短期の襲撃戦をかけた」
「確かにそうでしょうな。貴方とイザークなら我が大隊を一人で抑えられるかもしれない」
テオドールは苦しげに返す。今はテオドールに注視してくれているから良いが、実際に目がそっちに向いたら精鋭の一〇九混成大隊も、グロックナーの前では瓦解するだろう。
まだ彼は槽や施設への悪影響を考えて高位呪文を唱えていないのだ。それが解き放たれたとき、どれほどの影響が及ぶのだろう。
テオドールはそんなことを考えながらクレーンの梁を疾走する。
「イズア・ジェルタ、我が杖より出で、我が敵を貫き通せ。『雷槍』」
「カルグ・パウナ! 我が杖より出でよ『業火』!」
グロックナーとイザークは二番目と三番目の圧縮槽を背にしたまま飛んで、中位魔法を撃ち込んでいる。槽を背にされて攻撃出来ないテオドールとは言えば、それを加速や跳躍で躱して梁の上を追随するしかなかった。
『ヘイロー・ダウン』で動きを止めて叩くにはグロックナーは相手が悪すぎる。
三番目の圧縮槽の直上でクレーンの梁が途切れる。テオドールは梁から再び槽の点検通路に飛び移る。
そして飛び移る瞬間、彼の直下に機関車に牽かれた平貨車の上に固定されたものを目にした。
長さはおよそ三チャーン半ほど、高さも二チャーンは軽くある、竜銀の覆いに包まれた缶のようなもの。その覆いの下からはまばゆいほどの青白い魔素光が上空を飛ぶテオドールをも照らしている。
その奇妙な物体が一際強いラベンダーの香りで、液体魔素管――それも途方もなく濃縮・圧縮されたもの――だと気づいたのは、テオドールが着地してからのことだった。
「一体どこまで濃縮してるんだ……竜銀の覆いをかけてもあんな光を放つなんて」
「貴方が想像不能なほどの濃度ですよ」
宙を舞うグロックナーの返答にテオドールはそうだろうな。と唇を噛む。
地脈流から直接汲み上げてあの数十チャーンの槽に溜めた膨大な量の魔素を三チャーン半の管に収めているのだ。通常の液体魔素管のような一・五倍や二倍の濃縮率で効くはずがない。百倍から五百倍、下手をすればそれ以上の濃縮率と固体化寸前の圧縮率で保たれているのかもしれない。
テオドールは跳躍し、グロックナーに向けて白刃を連続で振るう。魔法を纏った刃は防護魔法を飽和させて破ったが、直後にイザークに内側に張られた防護魔法で、二人に届くことはなかった。
そこで脚の熱が失われつつあるのに気づいて、再び魔素を集める。急速に集まる魔素に比して胸と肺を突く痛みがやって来る。三番目の槽は零れる魔素の量も半端ではないようだ。
見上げるイザークも精神痛を堪えている様子だった。
「ベアル・タルテ! 気まぐれなる風精の王よ、我が脚に貴方の加護を与えたまえ――『疾脚』! ベアル・タルテ! 雷精よ、我が刃に纏いたまえ! 『電光刃』!」
魔法ダイナモを連続で使ったような呼吸器系の痛みとともに、再び脚に戻った熱と、ばじり、と灰銀の刃に宿った雷の属性魔法を感じて、テオドールは空中の二人に向かって跳び上がる。
「あんなもの! 作ったところで、戦艦並みの大きさの杖と伝承の大魔導師でもない限り撃てやしないぞ!」
テオドールは跳躍と共に、下段から圧縮魔素の盾に思い切り大ぶりな一撃をぶつける。ばぢばぢと魔素と雷魔法のぶつかり合う火花を伴って刃が球状の青い魔素の盾を滑って行く。
「それを作っているんだ! 俺たちは!」
イザークが苦しげに吠えた。
グロックナーがはっとした表情でイザークの方を振り向く。一瞬だがグロックナーの浮遊魔法が途切れ、二人の身体が下がって行く。
「それどころかもう半分以上出来上がっている! 濃縮液体魔素管だって試射分は運び出されて――」
「やめんか! ハント大尉!」
グロックナーの制止を振り切って、荒い息を吐きながらイザークは叫ぶ。
「グロックナー中佐! 小官は中佐ほど強くない! もう限界なのです! ジグムント殿下の誇大妄想とミュッケ中将の疑心暗鬼に付き合い続け、『ロキ』の建造に加担して口を紡ぎ続けるのは!」
刃が魔素の盾の最上面を滑った瞬間、イザークの感情に揺さぶられるように魔素の盾が揺らぐ。テオドールはその反応を見た瞬間に素早く刃を返し、魔法ダイナモのハンドルを引く。
軽い爆発音とラベンダー臭、そして肺を直接マンティコアの手で鷲づかみにされるような苦痛を五感で感じながら、落ちて行った二人に刃を上段から叩きつける。魔素の盾は上段からの魔法剣の一撃に耐えきれず魔素飽和で弾け飛び、すかさずテオドールは無防備なイザークに向けて、絞り出すように呪文を唱えた。
「ベアル・タルテ! 我が掌に集い、来たれ! 『氷槍』!」
士官学校時代もこういう場面は幾つかあった。とイザークは思った。
テオドールは相手の精神痛がもたらす感情と魔法のゆらぎをチャンスに変える。
閾の低さが招いた卑屈さと裏返しの謙虚さと忍耐力、それは魔素を取り込む精神痛に心を揺さぶられず耐える力なのだ。
長期戦で不利なのはテオドールではない、イザークの方だ。テオドールの伸ばした手から放たれた氷柱に腿を貫かれながら、痛みの絶叫と共にそう思った。
この半端者を名乗る魔導師が敵に回ったとき最も恐れるべき相手は竜でも魔獣でもない。他ならぬ魔導師だ。
魔導科潰しのテオドール=フォン=ミュッケ。士官学校時代の終わりに彼が陰で囁かれていた渾名を思い出しながら、イザークの意識は途切れていった。




