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トプカプ戦記 ――半端名門魔導師は小さな人馬に求婚される  作者: 伊佐良シヅキ
トプカプでの日々と、ニニエル高地の戦い
22/69

マンティコア討伐に向けて・下

 演習終了の報を受けて、若い青年兵士とリヒトはその場にしゃがみ込み、小銃を脚の上に載せて肩を落とした。

 丘の上ではテオドールとメルセデス、そして騎兵部隊が脚を休めており、それぞれの部隊も後片付け前のしばしの休憩を取っている。

 

「お疲れさん、スラティの坊主」

 

「リヒト=ヴァッサーです。いい加減覚えてください。ホイス一等兵」


 そうだったな、と兵士――ホイスはライフルを置いて水筒を空けて水を飲む。

 多分明日にはまた名前を忘れられてスラティの坊主と呼ばれていそうだが、もし覚えてくれていれば御の字だ。

 リヒトもまたホイス同様水筒を取ると、制服の内ポケットから灰銀鋼アッシャー・ズィルバー製の棒――短杖を取り出し、水筒に向ける。

 体に良く染みる、冷たい井戸水を想像して、リヒトは起動文を口にした。


「フアナ・フアルナ。水よ冷えよ」


 そして短杖をふたたび仕舞うと、水筒の中の冷えた水をごくごくと喉を鳴らして飲み干す。リヒトの疲れた体に冷たい水はよく染みた。


「リヒト。お前さん、魔法使えるのか?」


 ホイスが驚嘆の声を上げ、リヒトを指さす。さっきまでライフルに振り回されていた年下の兵士が自然な動作で魔法を使ったのに驚いたらしい。

 

「日常魔法だけですけどね」


 リヒトが頭を掻きながら言う。魔導士官や上級魔導師のような魔法なんて使えないが、水を冷やす程度の日常魔法は魔素を受け入れる体質で少し訓練すれば使えるようになる。

 軍務の間にテオドールの手ほどきを受けたリヒトは、役に立つ多少の日常魔法を一通り教えてもらったのだ。


「それよりもホイスさんもあんな凄い反動のライフルを全然動じずに撃って、凄かったですよ」


「実家が牛飼いだからな。牧草運びでいつの間にか脚腰と体幹が鍛えられたんだ」


 成る程確かに。とリヒトは頷く。ホイスのがっしりとした体と柔和な顔は軍服を脱いで野良服を着せれば、一端の牛飼いに見える。

 そして小銃の反動を受け流せている訳も、普段から力の使い方を知っているから自然と出来ているのだ。


「なになに? 何話してるの?」


 黄色い声と共に黄色い羽根を打ち付けて、影が舞い降りてくる。アルマだ。

 ああ、アルマ。とリヒトが嬉しそうな声を上げる。


 彼女が惚れっぽく飽きっぽく、トプカプ州軍の兵士たちを度々勘違いさせてきたことを重々承知しているホイスだったが、今回は一週間以上経ってもまだまだリヒトがお気に入りのようで、降りてきた途端に羽毛で彼を包んだのを見て今回こそ本気なのかもな。とさえ思った。

 

「リヒトが魔法を使えるってことだ」


「だから日常魔法だけですって! 水冷やすとか、煤ジミ抜くとか!」


「凄いじゃん! それでも魔法使えるって。ひょっとしてミュッケ少佐から教えてもらったの?」


「そうだけど……だから大したことじゃないってば!」


 きゃあきゃあと盛り上がる一角を見て、ギルマンが丘の上に視線を向ける。部隊長の背に跨がり、恐らく困ったような表情を浮かべているであろう首席参謀がこくりと頷いたのを確認すると、注意を飛ばしに行こうと腰を上げようとする。


「伝令!」


 立ち上がったギルマン、じゃれ合うようにしていたアルマとリヒトとそれを眺めて笑っていたホイス、そして丘の上のテオドールとメルセデスの耳に、同時にその声と蹄の音が響いた。


 馬に騎乗した伝令の上等兵はリヒトやホイス、ギルマンの脇を走り抜け、丘の上へと駆け寄る。

 そしてメルセデスとテオドールの手前で馬を急停止させると、何かを口走ってから、再び馬の腹を蹴ってかけ出して言った。


「一〇九大隊の諸君! メルセデス=シュリーフ中佐だ!」

 メルセデスの声が響き渡る。

「先程哨戒飛行艦の観測でマンティコアの群れが動いたことが確認された! ザイサー司令の命により、我々は今夜第一軍とともに先発隊としてオヴェリフルを臨時列車で発ち、明朝一〇三〇までにノイトックへ着き、ニニエル高地を目指すこととなった!」


「本隊は!?」

 声を上げたのはノイチュだった。


「翌日以降に順次展開する! 重砲の運搬・展開と司令部設備の設営と同時に本隊を投入するまでの間、先発隊が防衛戦を構築するとのことだ!」

 テオドールが答える。


 これは面倒な戦になるぞ。今から行って大丈夫なのか。と言う雰囲気が、兵たちの間からも伝わってくる。


「メル、今日はエンツェンヴィル城には戻れそうになさそうだね」

 不穏な空気に当てられて、テオドールが漏らす。

 

「ええ」


 しかしそう答えたメルセデスの表情は、力強かった。

 これはひょっとすれば何とかなるかもしれない。そう思わせるような力強い口元の笑みに、テオドールは勇気づけられたのだった。

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