マンティコア討伐に向けて・中
「進め! 目一杯進んで第一軍を守れ!」
メルセデスの高い声が練兵場いっぱいに響き渡る。
「ギルマン隊は第一軍右翼魔導隊を守備、ジャイム隊・ノイチュ隊は軽砲と魔法で中央のマンティコアを撃滅! 騎兵隊は私に続け! 群れの中央を突破し蹂躙するぞ!」
騎兵槍を掲げたメルセデスの絶叫とともに、部隊が幾つにも別れて突撃が始まる。
ギルマン率いる灰銀鋼の鎧姿の猪人たちは後ろにいるであろうトプカプ州軍第一軍の魔導師部隊を守るべく、がっちりと陣を固めて護りの体勢に入り、擲弾筒槍を構えている。その陣の隙間から歩兵部隊の小銃や軽迫撃砲が、ギルマンたちに飛びかかろうと、あるいは獣魔法を撃とうとするマンティコアを狙って構えられる。
一方ではジャイムの野太い声の指揮のもと、人馬兵と駄馬が搭載し、鉱山鬼をはじめとした様々な種族の兵が組み立てた山砲と回転機砲が空砲を発射する。その隙を狙わせまいとノイチュの魔導師隊が土魔法で壁を作り、杭や炎魔法を出現させる。
その様子を鎧と手甲を纏ったメルセデスの馬体の上から眺めていたテオドールも、振り落とされまいと彼女の胸に繋がった手綱をぎゅぅ、と強く握り、丘に向けて駆け抜ける彼女に対して、低く伏せるように掴まる。メルセデスの馬体を覆う鎧にくくりつけられた人馬用の大口径騎兵銃が目の端で揺れているのを見ながら、彼女の進路を確保するように攻撃魔法の起動文を口にし、衝撃光弾を発する。
「良い感じですね、シュリーフ中佐」
テオドールがメルセデスに向かって口にする。
「ええ、ミュッケ少佐」
その言葉に軍人の顔で答えるメルセデス。
軍務の時ばかりは例え背を預けていてもお互いの名前を階級で呼び合う。それがどちらも言い出さないが、お互いの暗黙了解になっていた。
今テオドールが背に乗っているのは、自分の上官であり、部隊長なのだ。
「これが実戦でも上手く行くと良いのですが」
メルセデスの言葉に、テオドールもまた頷く。
ニニエル高地はスケッチと等高線入りの地図を見る限り、辿り着くまでの傾斜もきつく、辿り着いた先も岩の転がる山岳地だ。その場を見たことの無いテオドールでも容易な行軍や陣を組むことは難しいだろうと思わせる。
特に機動力を生かす火消し部隊の一〇九独立混成大隊が、岩の転がる急峻な高地で十全な陣を組み主力軍を援護する『火消し』を行えるかは運にかかってくる。
それに昼間の会戦を好む人間の軍人や夜をその生きる場とする魔族と違い、魔獣の群れは時を選ばずに群れの単位ででたらめに攻めてくる。魔物は統率という概念がない分階級と統率の取れた人間の軍隊や魔王軍とやり合うよりも単純な撃滅は簡単だが、統率という秩序がないのは翻せば不確定要素の固まりだ。
その不確定要素が積み重なれば、最悪の事態すら考え得る。
だけど。
「だけど、それを取り繕うのが参謀の仕事です」
テオドールはいつもメルセデスに語りかける声色で言う。
「シュリーフ中佐の背から、そうでなければ前線のどこかから貴女の突破を支えます」
「……できれば私の背の後ろからだけで支えて欲しいのだけど、それはちょっと過ぎた願いですね」
メルセデスが残念そうに口にする。
「それに関しては戦況次第ですから。部隊長。マンティコアはそこまで我々の事情を汲んではくれないでしょうしね」
テオドールが冗談っぽく笑いかけて、流す。
もっとも例え相手が人間の軍隊でも、魔王の軍隊でも、参謀の仕事は同じだ。
メルセデスのように前線に望む部隊長をその後ろからあらゆる情報と己の判断で冷静に支えるのが、参謀飾緒を付けた者の仕事だ。
「大丈夫。最後の大仕事は僕たち二人で挑むだろうから。メル、それまでは僕が後ろから君と部隊を支える」
きっと最後の最後、大仕事の時――あの二頭の化け物のようなマンティコアを相手取るときは、参謀の職務を捨てて妻の背に跨がって戦場を駆け抜け、魔法と剣を振るうこととなるだろう。その時が来るまでメルセデスと部隊を護り続ける。
それがテオドールの今の立場だ。
想像上のマンティコアに向かって白兵戦に及んでいたメルセデスたちに追いつかんとばかりに、黒鹿毛の人馬兵が走りかけ、背のテオドールを見下ろすように何か口走る。
その言葉を聞いた――本当はテオドールが彼と打ち合わせていたものなのだが――を聞いて、テオドールは頷いた。
「伝令! 北、三カムチャーンにマンティコアの群れが出現! 第一軍右翼歩兵部隊に被害あり!」
テオドールが声色を硬くし、絶叫する。メルセデスを試すように。
それに対してメルセデスがしばしの逡巡の後、返答のように返す。
「ジャイム隊は山砲での援護、ファイト上等兵は上空からの観測! 上空への獣魔法に備え歩兵と魔導士官は散発射撃で目の前のマンティコアに手を出させるな! 騎兵隊は私に続け! 目の前の群れを蹂躙する!」
耳が痛くなるほどのメルセデスの叫びに、ジャイムがまた銅鑼声を飛ばして鉱山鬼や純人の兵に北へと砲門を向けさせ、その上に羽ばたいたアルマが陣取り、しばらくして空気を割る空砲の砲声が鳴り響いた。
この応答が欲しかった。テオドールは返答に対して片手に持った手綱をくん、と緩める。そして自らも伏せた状態から、起動文とともに想像のマンティコアを牽制するように『アッシャー・ヘイロー』の剣先を向けて衝撃光弾を打ち込んだ。
「スラティの坊主! しっかり銃床を肩で抑えろ! 腰を入れるんだ!」
リヒトの隣の歩兵から怒号が飛ぶ。洋酒色の制服を纏ったリヒトより少し年上の青年兵士は、小銃の空砲を撃ち放ち、銃口から白煙を吹き出させる。
「はい!」
リヒトは身長に合わせた短銃身の騎兵銃を構える。言われたとおりに銃床を肩で押さえ込み、立てた照準器の狙いを間隔を取った重装兵の鎧の隙間から覗く仮想のマンティコア――どんな風に動くかもわからない、スケッチでしか見たことの無い相手――に定めた。
「散発射撃! 各自の判断とタイミングで狙え!」
中尉の声にリヒトは空砲の引き金を引く。
ぱぁん! と銃口から高い音と大量の白煙を引いて空砲が発される。
大きく跳ね上がった銃口から襲ってくる反動で、引っくり返りそうになるのをリヒトはなんとか脚で踏ん張って堪えた。
「スラティの坊主! 銃に振り回されるな!」
今度はギルマン准尉の声が届く。
「はい!」
リヒトは力強く返した。
とは言えリヒトにとっては、反動の大きな黒色火薬銃を撃つのはトプカプに来てからが初めてなのだ。イヴァミーズ郊外の工廠で作られたクリップ装填式の無煙火薬の小銃に慣れきったリヒトに、一回り巨大な口径で白煙と反動の大きい一世代前の旧式の黒色火薬の小銃はまるで純人には扱えきれない銃のようにさえ思えた。
しかしトプカプの州兵たちはそれを使いこなしている。反動を強靱な足腰を使って受け止めて、銃を御しているのだ。
自分も負けてられない。マンティコアの群れが降りてくるのは明日なのかもしれない。それまでにこの旧式ライフルを使いこなさなければ。
リヒトも次弾を装填し、想像のマンティコア――今まさに獣魔法を撃とうとしている奴――目がけて撃つ。今度は銃口が跳ね上がらないように肩で銃を固定しつつ、隣の兵士のように反動を足腰で受け止めるべく、少し後ろ脚を引いたためか、少し跳ね上がった銃口に対して引っくり返りそうになることは無かった。
反動を変な形で受け止めてしまったのか、じんじんと肩に痛みの残る中、リヒトはもう一度がちゃりとボルトを引く。そこに隣の兵士がまた声をかけてきた。
「さっきよりは随分と様になってるぞ」
「ありがとうございます」
「お前も彼女を守って良いとこ見せたいんだろうからな」
そう言って兵士は斜め上を指さす。そこには陽光を遮るように影を落とす、黄色い翼を広げた人鳥の姿。
リヒトは兵士が何を言いたいのかを理解して「そ、そんなこと!」と反論しようとするが、それを遮るように猪人の下士官の「何騒いでる馬鹿野郎!」という一言で二人の会話は強制的に遮られ、二人は再び銃を撃ちはじめた。




