表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
トプカプ戦記 ――半端名門魔導師は小さな人馬に求婚される  作者: 伊佐良シヅキ
トプカプでの日々と、ニニエル高地の戦い
20/69

マンティコア討伐に向けて・上

 一〇九独立混成大隊の高屋根隊舎の会議室。メルセデスとテオドールは頭を突き合せて、偵察大隊の持ってきた情報の刷られた紙束を穴が空くような勢いでじっと見つめていた。

 紐綴ひもとじの紙束はグロシュニィ山脈のマンティコアの群生地を人鳥ハーピーの兵と飛行艦で空から見た、そして小鬼ゴブリンの山岳兵が奴らの警戒圏ギリギリまで近づいた結果が書かれていたものだ。

 そしてその内容は、悪い知らせも良いところだった。

 

「群れが二三、生体のマンティコアの数はおおよそ千百頭、うち子供は三百頭……今年の繁殖数は多いですね」


「今年は天候も良くグロシュニィ山脈も食料豊富でしたし、あぶれたペアが少なかったのもあるんでしょう。討伐が上手く行って雄のマンティコアが一気に減ったあとにこうやって豊作になると、番いを巡る雄同士の殺し合いが無いもんだから一時的に子供が増えるんです」


 ギルマンがメルセデスの呟きを補足する。テオドールはその言葉に頷く。


「しかし、今年は豊作と言えるんですか?」

 ノイチュがいぶかしむように口を挟む。

「うちの実家の甜菜てんさい、今年はやけに細っこいのばっかりで。林檎や芋や玉葱たまねぎも今年は玉が小さいってみんな言い合ってるんですよ」


「玉が小さくても数が実ってはいるからな。豊作に入るだろう。奴らの食い物の野鹿や野兎は玉の小ささなんて気にしないからな」

 ギルマンはノイチュの言葉に返すが、ノイチュはなんとなく不満そうだった。

 きっと農家のプライドから、今年の出来を豊作と認めたくないのだろう。


「しかし、一番の問題は」

 テオドールが口を開いて、中程のページの報告例を指さす。

「十六番目、最大の群れのボスの番い――通称『巨人ゴリアテ』と『魔女ヘクセン』の二匹です」

 その報告には、推定体長七チャーンで大灰狼の群れをなぶり殺しにしたと言う雄と、推定体長五チャーンで、大篦鹿(へらじか)を一撃で葬る強力な『獣魔法ベズ・ヘクス』を使いこなす雌のマンティコアのつがいの情報が、荒いスケッチと共に載っていた。

 通常のマンティコアの体長が雄三チャーン、雌二と四分の三チャーンなのを考えれば、体長も攻撃力も規格外も良いところだ。


「……おそらく我が一〇九が対処を迫られる個体でしょうね」

 メルセデスが珍しく軍人の渋面を浮かべる。

「こんなの、去年は居なかったのに……」


「ならば近年生まれた若い個体なのでしょうか」

 テオドールの言葉にギルマンが恐らく、と短く口にする。ノイチュもこくりと頷く。

「マンティコアは成熟までに三年かかりますから、きっと三年前かそこらに生まれた個体でしょうね」


「……止められるでしょうか」


 まだ若い個体でありながら群れのボスとなった規格外のマンティコアの番い。その情報を聞いてテオドールの漏らした心配に、メルセデスが強い口調で返す。

 

「止めるんです。トプカプの農家と帝国の食卓を守るためになんとしても」

 そう硬質な声で語るメルセデスのかおは新妻のそれで無く、部隊長のそれだ。黒曜石色の大きな眼は細められ、報告書と、その文字とスケッチの向こうに見据えたマンティコアの群れを凝視している。

 テオドールは隣に立つ妻が、いつも以上に心強い存在に思えた。

 

「少なくともこの『巨人』と『魔女』の番いは必ず今年殺さなければいけません。来年まで生き残れば完全に手が付けられなくなります」


「それは同感です」

 テオドールが口を開く。若い個体なのに非常識な大きさと攻撃力を持つこの番いが成長すれば、魔王軍の大魔族か戦艦を兵士の手だけで毎年相手にするようなものになる。

 まだ若いうちに息の根を止めなければ、トプカプは毎年でも危機に晒されるだろう。


 テオドールはぱん、と書類を叩く。


「ザイサー司令は十六番の群れの降りるであろうニニエル高地に我々を配備するでしょう。我々はこの群れと、同じくニニエルへ降りる八番、十三番の群れを対処する戦術を立てます」

 テオドールはそこまで口にすると、テーブルに置かれたトプカプの大きな広域地図の、ニニエル高地を睨む。

 そしてメルセデスと視線を合わせてから、声を張り上げて言った。

「明後日から、そのための訓練を行います」




「なーんか会議室ピリピリしてんねー」


「マンティコアの群れをどうするかですっごい根詰めてるんだよ」

 翼の縁の爪でトランプのカードを器用に扇状に持つアルマの軽口に、ゲルダがカード山からカードを引き、一枚捨てながら返す。

「この前偶然哨戒の飛行艦からの魔信ましん聞いたんだけど、今年は面倒くさいらしいんだ。群れがデカいんだって」


「そうなんですか」

 その言葉にリヒトが答えながら、少し逡巡しつつカードを捨てて、引く。

 リヒトがトプカプに来て兵舎に入ってから、最初に仲良くなったのはこの二人だった。

 兵舎に入ったその日の夕食時にはアルマが「よく見れば君も将来有望!」とリヒトに驚くべき勢いで接近してきて、それに付き合わされたゲルダとも絡むようになっていて、年齢も大してかわらないのもあり、一週間もすればこうやってテーブルを囲んでカードをやり合う仲になっていたのだ。


「惚れっぽいから、アイツ。すぐ飽きると思うから我慢してやって」とゲルダが呆れるように言っていたが、アルマが遠慮なしに少し土と陽の匂いのするふわふわの羽毛で突然包んで抱き寄せてくるのはリヒトにとっても少し耐えがたくて、妻の背中に乗ると彼女を意識してしまってしょうがなくなる、と言う上官の気持ちがよくわかった。

 

「ミュッケ少佐も災難だよねえ」

 アルマが深緑色の瞳でカードを眺めながら口にする。

「まさかそんな面倒くさい群れが出た時に来ちゃうなんて。下手したら毒針でグサー、だよ」


「むしろ絶好の機会だと思いますよ。ミュッケ少佐もシュリーフ中佐も武勲をあげられれば中央にまでまた名前が広まります」


「リヒトは楽観的すぎるんだよ」

 ゲルダがぼやく。

「あいつら普通のヤツでも毒針と獣魔法ベズ・ヘクスを使ってくるから、乱戦になったらもうそこら辺の竜種なんかより全然ヤバいんだよ。毒針に刺されたら十分以内に高位の解毒魔法かぶっとい注射で血清打たないと死ぬし、獣魔法も皮膚に食らったらすぐ治癒魔法かけないと壊疽えそするし……本当にあの二人でも死ぬかもしれないんだから」


「そうそう、あたしも去年やり合ったけど、ほんっっとヤバい。飛んでたら毒針はこないと思ったら、黒いベタベタした魔法が飛んできて、咄嗟とっさにかわしたけどかすったところの羽根とか脚の鱗とかがジュージューけたもん! もう痛いのなんのって! 治癒魔法かけてもらったけどまだ痕残ってるし!」


 ほら、とアルマが行儀悪く脚を開いて、黄色い羽毛と鱗に包まれた左の脚をリヒトに見せつける。

 目の毒な光景だったが、確かに灰色の鱗の一部に、点々と青黒く変色した部分が見て取れて、マンティコアの魔法の恐ろしさの片鱗を、そして自身が忘れかけていた、魔物への畏れを改めて思い知らされた。


 リヒト自身レーゲンラッヘンの銀竜事変には参加こそしていたが、銀竜の灼息ブレスの届かないような場所で砲の装填の手伝いをしていたのだ。だからテオドールが銀竜の頸を(くび)折る華々しい瞬間こそ見ていたが、銀竜の恐ろしさを身を以て体感したわけでもない。

 そして今の今まで忘れていた、銀竜の骸が横たわる脇で仮ごしらえの柩車きゅうしゃに名前も知らない兵士の簡素な棺を担いで乗せたあの重みを、リヒトは今思い出すのだった。


 ゲルダやアルマの言う通りに、自分は楽観的すぎたようだ。

 後から広まったレーゲンラッヘン事変の英雄譚に酔って、あの戦の空気を忘れかけていたリヒトは自分を恥じた。

 

 頭を垂れるリヒトを見てゲルダはリヒトの茶色のふわふわした頭をぽんぽんと叩く。

 

「あたしは後ろで連絡をやるけど、従兵のリヒトはたぶんミュッケ少佐のそばに着くか伝令で走るだろうからさ。気をつけなよ。あたしも合同葬であんたやアルマの墓穴掘りたくないもん」


 ゲルダのぶっきらぼうだが心遣った言葉が、リヒトの心を一層引き締めてくれた。


「じゃ、湿っぽい話はこんくらいにして、お互いに手札見せよ」

 

 ゲルダの一言に「はいはーい!」と口を挟まないように我慢していたアルマがぱしんとテーブルの上にカードを叩きつける。『5』のスリーカードを中心にした、五枚のカードが並ぶ。


「げえ、そう来るか」

 ゲルダは顔をしかめて『7』と『10』のツーペアを含む五枚のテーブルに置く。


「あ、これは……」

 リヒトは目を細めて二人の前に五枚のカードを並べる。

『6』『7』『8』『9』『10』の揃った、ストレート。


「うわぁ! 可愛い顔してそんな役揃えてたのかよ!」

 ゲルダの嘆きの声が兵舎の吹き抜けの小屋組の上にまで届かんばかりに響く。

 そんな大声も、周囲の兵士も彼女の嘆きに「またゲルダがハコにされてる」と、いつものことの如く流していた。


「リヒト運良いねえ」

 アルマがリヒトの体を翼でぎゅっと抱き寄せてきた。

 またふわっと香る、土と陽の匂い。

「大丈夫、それだけ運良いなら、きっと生き残れるよ」

 アルマの優しげな声色に、リヒトは顔を赤くして啄木鳥きつつきのごとくこくこくと素早く頷くしかなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ