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トプカプ戦記 ――半端名門魔導師は小さな人馬に求婚される  作者: 伊佐良シヅキ
トプカプでの日々と、ニニエル高地の戦い
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ふたりの騎乗訓練

 テオドールがトプカプにやって来て五日が経った。

 今メルセデスとテオドールは二人、トプカプ州軍司令部の裏の練兵場に居た。


「さあ始めますよ。乗ってください」

 そう言いながらメルセデスは自分の馬体の上に巻かれた革鞍の辺りをぽんぽんと叩く。

 通常の訓練の合間、二人だけの騎乗訓練を始めたのは三日前からだ。

 テオドールには自分の騎乗に慣れてもらった方が戦場に立つときに二人で連携を取りやすいと言う部隊長としての理由を説明して、騎乗訓練を促し続けた。

 しかしテオドールはと言うと、三日前からずっと渋い顔をしていたままなのだ。


「やっぱり乗らなきゃ駄目なのかな?」


「駄目に決まってます。魔法を使って走るより、わたしの背に乗った方がテオは何倍も力を発揮できるんですから。テオもそれはわかっているでしょう」


「わかってはいるよ」


 テオドールも自分とフランツ、メルセデスとエリスの戦いで、魔導師の身体強化をもっても人馬に持久力負けするのはそれこそ理解しているらしい。

 それでもテオドールは素直に背に乗ってはくれない。


「……わかってはいるけど、君を意識しすぎて落ち着かないんだよ」

 そして言い訳はいつもこうだ。

 テオドールは何故か変なところで踏みとどまる。

 多分エリスの言ったとおりに、女性に対して臆病なのだろう。


「はっきり言いますよ。私とテオはもう婚約状態なわけです。本当ならもっと……その、接吻せっぷんとか、もっと先のこととか、してても良いんですよ。騎乗で私が近いとか言っててはいつまで経っても進展しませんよ」


「だからそう言うのは普通もっと時間をかけるんだよ! 君が魅力的なのはよくわかる、だけど君を慣れるにはもっともっと時間が必要なんだ!」

 そう叫ぶテオドールの頬は色づいた朱桃すもものように赤く染まっている。

 女性慣れしていない思春期の少年のような彼の貌には、テオドールが時折見せる落ち着いた頼もしさのある面影を見つけられない。


「それならば余計に騎乗してください! 距離を縮めるにはお互いに触れ合う時間が長い方が良いに決まってます!」

 メルセデスはぐいとテオドールの軍服の裾を掴む。背に跨がるまで絶対に離さないつもりでぎゅっと力を込める。

 メルセデスの大きな黒曜石色の瞳も、殆ど同じ目線にある眼鏡の下で逃げる灰色の瞳に対して、逃がさないとばかりに力強く自分の望みを訴える。

 

「……どうしてそう言う結論に至るかな」


 やっと観念したテオドールはぶつぶつと言葉をこぼしながら、頬を朱桃色に染めたまま、視線を少し逸らしてメルセデスの背の革鞍に跨がった。

 安心できる温かい重みが背中に加わる。

 本当はテオドールの体重と鋼の騎杖の分の負担が背中にかかっているはずなのに、これがまるで丁度良く正しい状態のように思えてくるのが不思議だ。

 胸から肩にかけて結ばれた手綱が握られ、上半身が少し引かれる。そしてすぐにそれが弛み、馬体を跨ぐ脚がお腹を押さえつける感触。前へ進んで欲しい。と言う合図だ。

「はい、行きます」

 そう言うと、メルセデスは前脚で練兵場の土を蹴る。

 耳に、頬に、風が当たる感覚。蹄鉄が土を捉えて、後ろへと蹴り上げる躍動感。流れていく景色。

 そして、馬体の上で揺れる心地よい重み。

 今感じるその全てが愛おしい。メルセデスは軽く目を瞑り、すぅ、はぁ、と息をする。

 

 人馬としては一等小柄でお互いの背丈も大差ないメルセデスにテオドールが跨がると、普通の騎乗以上にアンバランスに見える。特に重そうな灰銀の剣型の騎杖『アッシャー・ヘイロー』を佩用はいようする状態で乗っていると、どうにも彼女を虐めているようにも感じるのも抵抗感の原因らしい。

 実際はメルセデスが長年に渡って鍛え上げた脚腰のおかげで大した負荷はかかってないのだが、メルセデス自身もガラスに映ったあぶみや『アッシャー・ヘイロー』が馬腹の下までぶら下がっているアンバランスな姿は、他の騎兵の騎馬と比べてちょっと見栄えは良くないな。とは思えてくる。

 せめてあと半チャーン大きければ。

 そうすればテオドールと自分も、偉大な祖先のツーヤ選帝侯せんていこうマクシミリアンと、その背を預けた騎士姫ディートリンデのような絵になる姿になれたのに。とメルセデスはこの五日のうちに何度も思ってしまったわけだ。


「今日は騎乗戦の訓練もしましょう。私たちの戦いは騎乗戦が主になるでしょうから」


「うん」


 まだ緊張混じりだが、どこか覚悟を決めたようにテオドールの声がする。

 手綱から伝わる感覚が変わり、しゃりん、と後ろで金属音がする。

 テオドールが手綱を両手から片手に持ち替え、『アッシャー・ヘイロー』が鞘から抜かれた音だ。

 

「じゃあメル、行くよ」

 

 ぴんと立てた耳に伝わるテオドールの声は、真剣味を帯びて凜と響く。

 

 胸が右に軽く引っ張られ、あぶみで馬体が叩かれるのを感じてメルセデスは右に進路を変え、脚をより強く、より速く蹴る。


「ベアル・タルテ!」


 その声に続き、右耳にごぅ、と風を切る音が響き、数瞬遅れて、かぁん! と金属が弾かれる派手な音が練兵場いっぱいに響き渡る。

 銃の的になっている金属板を、テオドールの魔法が弾いたのだ。

 そして次は胸が左へ引っ張られる。左へ進路を変えると再びテオドールの起動文きどうもんと、風を切る音と、魔法が金属板を弾く音。それが何回か続く。


「ベアル・タルテ、土塊より出でよ『土杭エアデ・プファル』」


 テオドールの魔法詠唱からやや遅れて、メルセデスの斜め前の地面がずず、と音を立てて盛り上がり、杭を形作る。


「あれをやるよ」


 テオドールの言葉に、「任せてください」とメルセデスは頷き、右手で腰のサーベルを抜いた。

 左に四十五度旋回するようにして突き進んで、後ろでテオドールが騎杖を構えるのを耳で感じ取る。

 そして土の杭とすれ違うと同時、自分のサーベルと『アッシャー・ヘイロー』の鋼の刀身が振るわれて、杭を三つに切り裂いた。


 三つに割かれた土の杭から少し離れたところで、手綱がまっすぐ軽く引かれ、メルセデスはゆっくりと脚を止めた。

 

「やりましたね」


「うん、やった」

 テオドールは『アッシャー・ヘイロー』を再び鞘に収めながらそう口にする。


「では、もうちょっと駆け回ってみましょうか」


 そう言うメルセデスの声はとても弾んでいる。

 後ろで「そうしようか」と答えたテオドールの声には、やっぱり少し戸惑いの色が混じっていた。

 その色を、いつか全て塗り潰してしまいたい。メルセデスはそう思い、サーベルを鞘に戻すと、テオドールの手綱の合図を待たずにまた走り出すのだった。


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