ようこそ、トプカプへ・中
オヴェリフルの市街地を迂回して街道を走り抜け、二人がトプカプ州軍司令部の門をくぐったのはきっかり七時四十五分のことだった。
ぽくぽくと騎乗したまま敷地の中を歩き、庁舎の前でテオドールはメルセデスの背からひょいと降りる。
トプカプ州軍司令部の庁舎も、オヴェリフルの駅同様に白い火山岩造りで、仰々しい飾りの少ない、厳めしさに欠ける牧歌的な庁舎だ。
庁舎の中に入ると、洋酒色の制服を身に纏ったものたちは見事に純人種と亜人種が入り乱れているのが、まずテオドールの抱いた第一印象だった。
猪人、小鬼、人馬、人鳥、狼人、山羊人――ぱっと見た感じでも純人種の方が少ないようにすら感じたほどだ。
「……随分亜人種の将兵が多いね。種類も多い」
「トプカプは昔から多くの亜人種の集まる場所ですから。スラティは違うのですか?」
「炭鉱と工場だらけの土地だから。猪人と鉱山鬼はよく会うけども、人鳥なんて軍の伝令でも数えるほどだ」
その上そういう亜人種は特技兵や下士官に固まりがちなので、一般兵や士官は圧倒的に純人の比率の方が多い。トプカプも恐らくそうなのだろうが、多分他と比べれば一般兵や士官も亜人種が多いはずだ。
領主の侯爵家からして人馬種のトプカプらしいといえばらしい話だが、別の州から来た人間にはちょっとした驚きだ。
そしてそれは、テオドールを待っているように庁舎の玄関脇に立っていた菫色の服の少年兵も同様だったらしく、きょろきょろと帝国の人種の見本市のような庁舎ホールを見回している。
「リヒト、待たせたな」
「ああ、少佐」
リヒトはテオドールの声に振り向く。
「凄いですね。こんなに色んな人達が居るところ、初めて見ました」
「それならきっとお二人とも、これからもっと色んな種類の人と会えますよ」
そう笑むメルセデスに先導されて、二人はホールの階段を上がって庁舎二階の司令室へと着いていく。
メルセデスは州軍司令の部屋の戸を叩き、太く低い「入って宜しい」と言う声に従って、扉を開けた。
「メルセデス=フォン=シュリーフ騎兵中佐、テオドール=フォン=ミュッケ魔導少佐とその従兵を連れて参りました」
「宜しい」
野太い声のおかげで、猪人や頭牛人のような大柄の亜人種の司令を想像したが、いざドアを開けて入ると、大柄は大柄ながら純人の司令官だった。
身長は二チャーンはありそうで、洋酒色の軍服やシャツがはち切れそうなほどに縦にも横にも太い肥満体をしており、首元に鉄丁字勲章が、肩には大将の肩章が掛かっている。灰色の髪も薄く頭頂部に残っているほどで、おおよそ軍人らしいとは言えない姿の人物だった。
猪人の類型の蛮族、豚鬼を思わせるその司令は、しかしびしりと決まった体勢で三人を出迎える。
「トプカプ州軍司令官、ヴァルター=フォン=ザイサー大将だ」
「トプカプの南の方のグリュック領伯よ」
メルセデスが隣で耳打ちする。
名前と領地を口に出されて、テオドールも彼がザイサー閣下か。と頷く。
二十年前の人魔国境の戦で、魔族に包囲されたヴァッケブルグ市を援軍到着まで死守した名戦術家。防戦の達人、グリュック伯ザイサー将軍。
中央軍から引退したとは聞いていたが、トプカプ州軍へと趣いていたとは知らなかった。
テオドールも士官学校の教本や戦術論の講義で彼のことは嫌という程知っていた。
その人物を豚鬼に重ねてしまった自分を殴りたかった。
「ミュッケ少佐。お噂はかねがね聞いている。レーゲンラッヘン銀竜事変の立役者であり、フランツ=シュリーフ騎兵少佐との試合に勝ったともね」
肥満体とは結びつかないザイサーの猛禽のような眼がテオドールを見つめる。
「是非とも今年のマンティコア討伐に加わって、その実力を示して欲しい」
そしてザイサーは後ろの机から太い指で辞令書を手にし、声を張り上げる。
「テオドール=フォン=ミュッケ魔導少佐。本日よりトプカプ州第一軍、第一〇九独立混成大隊の主任参謀を命ずる!」
「はい!」
テオドールはザイサーに対し、真剣な面持ちで敬礼する。
対するザイサーは目元を緩め、穏やかな声色で付け加えた。
「同隊司令官、メルセデス=フォン=シュリーフ中佐を支えてくれたまえ」
「はい!」
テオドールはしかし真剣な面持ちを崩さない。
「知恵と戦技、その全力を賭して、支えたいと思います」
そのテオドールの言葉に隣に立つメルセデスが俯き、忙しなく尾を振っていたのを見ていたのは、ザイサーだけだった。




