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トプカプ戦記 ――半端名門魔導師は小さな人馬に求婚される  作者: 伊佐良シヅキ
小さな人馬は求婚する
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幕間 ユーラヒル参謀本部にて

 ミッテルラント帝国の北、帝都ユーラヒルは相変わらずの曇天に包まれ、雲に散らされた薄明るい陽が降るように高層建築の尖塔と幾つもの堡塁ほるいを有する街を照らしていた。

 その中でも特に大きな飛行艦係留用の尖塔を複数持つ中央軍参謀本部では、一隻の飛行艦が今にももやいを解く準備を行っていた。


 高い天井に吊られたガス灯に照らされる参謀本部の廊下を、その艦に乗り込む男は部下を従え、かつ、かつ、と木床にわざと靴底を叩くかのように靴音を鳴らして歩いて行く。

 針葉樹を思わせる背の高い痩身。黒い中央軍の制服には中将の肩章と魔導科徽章、そして立襟の襟元に大青丁字勲章プール・ル・メリット。白の混じった髪を後ろに撫で付け、四角い黒縁の樹脂縁眼鏡の下の灰色の瞳は細められ、口元は皺も唇も厳しく歪んでいる。

 自らの身長よりも長い黒塗りの大杖だいじょうを背の高い痩身に沿うように持ちながら神妙な面持ちで靴音を鳴らし廊下を進む姿は、何も知らない者が見れば異様にも見えるだろう。


「ミュッケ中将」

 部下の列に早足で追いついた金モールの参謀飾緒(しょくしょ)をぶら下げた若い将校が、先頭を進む男に声をかける。

「ジグムント皇弟殿下こうていでんかは先だってヴァッケブルグより座乗艦『エクリプス』にて出立したとのことです」


「解った」


 男――クルト=フォン=ミュッケ中央軍魔導科中将は靴音を鳴らしながら手短に答えた。


「『ラプラスの悪魔ラプラッシャー・デーモン』は?」

 クルトは尖塔に係留されている自身の飛行艦の名を口にする。


「ユーラヒル管制塔からの出港許可は完了。ミュッケ中将の搭乗次第、いつでも出港できます」


「積荷は?」


「積載完了しております」

 クルトの高圧的な問いに、銀の丸眼鏡の中年がらみの部下が答えた。彼もまた参謀飾緒を下げて、クルトにつかず離れずの位置で大杖を手に廊下を進んでいる。

 

「宜しい。皇弟殿下の意に添えなければならないからな」


 その一言でクルトの言葉の重みが増したように、若い参謀は思えた。

 クルトは先日の失態を指して言ったのだろう。

 しかし、あんな失態は起きて当然だ。とも若い参謀はクルトに心中で抗議する。

 あんな無茶なものを運用すること自体、ジグムント皇弟の誇大妄想に近いのだ。

 それに従うミュッケ中将もまた狂人の域だ。

 若い参謀将校は口に出さずにそう思っていると、隣の中年がらみの眼鏡の参謀が視線を配る。

 何も口にするな、顔にも出すな。眼鏡の参謀はそう視線で語っていた。

 その視線に若い参謀は、仕方なしに頭を垂れた。

 

「やあ、ミュッケ中将」

 かん、かん、と床を叩く音と軽い掛け声と共に、クルトの行列を大きな影が遮る。

 長躯のクルトよりも背が高く身体の大きなその影は人馬のもので、年嵩としかさながらよく鍛えられた筋肉質な身体と馬体が軍服の下からも窺える。

 

「……シュリーフ大将。お疲れ様です」

 クルトはこくりとオスカー=フォン=シュリーフ騎兵大将にしかめ面のまま頷くと、再び歩を進める。

 しかしオスカーはそれに並ぶように脚を進めた。

 

「娘が先走ったようで申し訳ありませんが、中将のご子息と私の娘の婚約、親としても楽しみですな」


「ええ。溌剌としたご令嬢だと聞いております。うちの息子には勿体ないほどだと」


「いえいえ、うちの娘は落ち着きが無いもので。ミュッケ中将のご子息の聡明さと大胆さはこの目で見させてもらいましたから、娘を止められる人が出来て一安心です」


 かつん、かつん。かん、かん。靴音と蹄鉄のリズムが参謀本部の天井の高い廊下に響き渡る。

 

「……婚約の世辞を述べるだけなのならば、これで失礼します。艦を待たせてありますので」


「ああ、それならば手短にもう一つの要件をお伝えします」


 オスカーは声のトーンを落として、クルトの横顔を覗き込むようにして、口にする。

 

「ミュッケ中将、ジグムント皇弟殿下に必要以上の助力をするのをやめろ。軍人の仕事は今の帝国の安寧と平和を保つことでもあるのだぞ。火種を増やすような真似に手を貸すな」


「どこまで知っている?」

 クルトが低く唸る、威嚇のような声で訊ねる――尋問する。

 

「皇弟殿下と貴様の座乗艦が頻繁にアルトホッフェンの森林地帯へ向かっていることと、皇弟殿下が極秘で造兵廠に途方もないものを発注していることは参謀本部に属する殆どの将官と佐官の耳に入っている」

 オスカーは付け加えるように、険しい表情を崩さないクルトに耳打ちする。

「無論陛下の耳にはより詳しく伝わっている」


「そうか」

 クルトはそれだけ言うと隣を歩くオスカーを追い払うように大杖を振って、歩む。目的の第三係留塔の昇降機エレベーターはもうすぐそこだ。

 

 係留塔へ向かう昇降機は呼び出しに応じてすぐにやって来た。

 彼らの後を追ったオスカーは苦々しげにクルト達が昇降機に乗り込むのを見ていたが、昇降機の扉が閉まりきる前に魔導師の一団に向けて、声高に告げた。


「我々は帝国軍人だ。レンハルス家の私兵ではない。それを忘れるな!」

 その言葉を聞いてもクルトは表情を崩すことは無かった。


 

 ごんごんと音を立てて一六〇チャーンまで昇ってゆく籠の中で、クルトは眼鏡の下の灰色の眼を細めたまま、神妙な面持ちを保ち続けた。

 

「……ミュッケ中将」

 気まずい沈黙を破って恐る恐る声を発したのは、後から追いついてきた若い参謀だった。

「『あれ』は果たして我が国に必要なものなのでしょうか」


「口を慎まないか」

 銀縁眼鏡の中年参謀が諫めるように――本心は半ば彼を庇って、ぴしゃりと叱りつける。

 しかし、中年参謀の願い虚しく、クルトは若い参謀を睨めつけて口にした。

 

「私は今後の我が国に必要なものだと思っている。参謀本部も陛下も、存在を公表すれば追認するはずだ」


「……そうですか」

 クルトの睨みに途端に呼吸が苦しくなった若い参謀は、短く答えるとそれ以上の言及はしなかった。

 士官学校の同期でいつも自信が無さそうに笑っているテオドール=ミュッケの父であるとはとても思えない圧を持つこの将官は、本当に狂っているのかもしれない。

 若い参謀は、婚約を果たしたばかりという同期の青年がこの中将の狂気に巻き込まれないことを祈る。その間にちぃん、と籠は最上階に到達する。


 

 煉瓦造りの第三係留塔の最上階からタラップを渡り終え、艦籍番号L66『ラプラスの悪魔ラプラッシャー・デーモン』艦橋の将軍席に腰掛けたクルトは、もやいを解かれ、艦長の指示でユーラヒルの曇天を目がけてゆるやかに上昇する中でぽそりと口を開いた。

 

我が国(マイン・ラント)の安寧と平和を保つ――か」

 クルトは起動文きどうもんを口にするように、流れるような早口で続ける。

「莫大な国外領を持つアンジーリア王国や、国軍の総力でも勝てぬ強大な戦力を持つ魔王グスウィンの魔族領に囲まれた我が国の安寧と平和など、吹けば飛ぶようなものだ」

 窓外にはユーラヒルを覆っていた雲海が広がっている。本格稼働を始めた蒸気エンジンの震動を感じながら、クルトは誰にも聞こえぬ声で独りごちた。

「――だからこそ力が必要なのだ。『人族の魔王』の国に相応しき、魔王たる力が」

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