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トプカプ戦記 ――半端名門魔導師は小さな人馬に求婚される  作者: 伊佐良シヅキ
小さな人馬は求婚する
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イヴァミーズのメルセデス・中

『煉瓦と石炭と鉄で出来ている』と諸州から語られるスラティ州都・イヴァミーズの街は、開放的なオヴェリフルとだいぶ違っていた。

 街を囲むように高い城壁とそれを補うような堡塁ほるいが築かれ、その内側に作られた街も石造りでなく黒くくすんだ煉瓦造りや漆喰しっくい塗りの家が多く、どの家も急な角度を描いた三角屋根と大きな煙突が備わっていて、今は黒い煙を吐いている。

 遠くには城壁を超えた向こうでは工場の煙突が黒い煙を吐いている。アリシアに聞いたところ、製鉄所の高炉だと教えられた。

 日がやや傾き始めて影が伸びた時間帯なのもあって、ぽくぽくと石畳を鳴らして辺りを見回すメルセデスには、少し陰がある街のように思えたのも確かだった。


「オヴェリフルと比べてどうかしら」

 隣を歩くアリシアが訊ねる。彼女の服はイヴァミーズ城の大食堂に居たときの正装のようなドレスではなく、少し上等な普段着と言った感じのリネンのツーピースだ。


「少し陰のある街に思えます」


 言ってしまった後にメルセデスはやってしまった、と心の中で後悔の言葉を漏らす。

 嘘やお世辞が咄嗟につけず、思ったことを素直に言ってしまってから後悔するのも、メルセデスの癖だった。

 アリシアに申し訳なさそうに視線を配るが、


「正直で良いわ」

 アリシアがくすりと笑む。

「ただでさえ陽が落ちるのが早いのに、城壁と製鉄所の煙で陽の光が遮られるのですもの。冬になると雪も降って石炭ストーブの煙でもっと薄暗くなるわ。もう町中昼も夜も真っ黒になるの」

 

「それじゃあ白い服は着ていられませんね」


「ええ。シャツも煤煙ばいえんまみれになってしまうほど。だからこの町の魔法使いはみんな煤煙抜きの魔法を習ってて、それで洗濯屋を営んでいる人も多いのよ」


「そうなのですか」

 こういう街ならではの魔法を生かした仕事があることに、メルセデスは感心する。


 アリシアに導かれるようにぽくぽくと通りを歩いていると、やがて小さな店に辿り着く。

 鋳鉄の煤けた看板には『マイスター=コッフィーの菓子店』と言う文字がこぢんまりと並んでいた。

 以前テオドールが持ってきたあのチョコレートパイ――ミルクが効いていて、口の中が甘く幸せになったあのパイ――の店だ、とメルセデスは思った。

 

「私のお気に入りの店よ」


 アリシアはドアを開けると、店のカウンターに立つパティスリー・ドレスを着た壮年の男――おそらくマイスターが今入ってきた客を見て絶句したような表情で何か言いそうになっていたが、アリシアがいたずらっぽく口元に人差し指を置く。壮年男に自分のことを黙っていて。とのサインだ。


「あら、ベルタさんじゃない」

 壮年男の脇から出てきた同じくらいの年の女性が朗らかにアリシアに声をかける。

 アリシアはメルセデスにも人差し指を口元において微笑みかけ、「ええ」と女性に声をかけた。

 

「久しぶりねえ。そっちの人馬の子は?」


「うちの息子の婚約者よ。あの子ったら勝手に婚約しちゃってきて」

 メルセデスは恐る恐るマイスターの妻であろう彼女と、マイスターに頭を下げる。


「いいじゃない。うちの息子も早く良い人見つけれればいいのに」


 アリシアはベルタと名乗ったまま女性に正体を明かさないままに話を進め、二人分の紅茶と林檎のパイを頼んで、窓際の喫茶スペースへと向かった。

 アリシアは椅子に腰掛け、メルセデスは椅子を一端退かしてそこに脚を折る。

 

「あの、ベルタさんと言うのは……」


「あんまり面倒を起こさないために、街に出るときは洗濯屋のベルタと名乗っているの。実際にお小遣い稼ぎに煤煙抜きの仕事もやっているんだけどね」


 しばらくしてコッフィー夫人が賑やかに紅茶と二つに切られた小ぶりな林檎のパイを持ってきて、二人に配る。

 

「さて、メルさん?」


 アリシアが目を細めてメルセデスをじっと見つめる。

 あの決闘の後見たテオドールの笑顔の面影をどこか感じさせ、彼女が本当にテオドールの母親なのだと言うことを思い知らされた。


「貴方、テオのことはどう思っているの? 本当に愛している?」


 突然の不躾な質問に、メルセデスは仄かな怒気交じりで答える。


「ええ、愛してます。本当に」


「勢いだけではなく、心の底から?」


「心から、テオと一緒にいたいと思っています」


 メルセデスはシナモンの効いた林檎のパイを少し口に含んでから、訥々《とつとつ》と語り出す。


「最初は確かにフランツと戦うテオの姿に強烈に惹かれ、一人であれこれ焦がれ憧れて、本当のテオの姿を見ないまま心を膨らませていたと思います。私も同じ半端ものとして、フランツに打ち勝ったテオには強い憧れを抱いておりました――どれだけ努力してもフランツにはなかなか勝てなかったものですから」


 でも、とメルセデスが続ける。

 

「エンツェンヴィルで実際に彼と会って、心が変わりました。本当のテオは憧れを抱いていた想像の彼よりもずっと自分に自信が無くてエリスさんにやられっぱなしで。だけど、だからこそ、私を輝いている星と言って受け入れてくれて……それで、私はこの人と一緒に居たい。例え本当はもっと弱くて小さな光を放っていた星だとしても、私が磨いてあげたい。一緒に輝きたいと思うようになりました」


 語り終えた頃には、メルセデスはすっかり頬が熱くなっていた。耳や馬着から出た尻尾も心なしか忙しなく揺れているような気がする。

 アリシアはパイを静かに咀嚼して、こくん、と飲み込むと、紅茶を軽く口に含んでからメルセデスを見やって、言う。

 

「テオのことを本当に大好きみたいね。メルさん」


「は、はい!」


 もう一度紅茶を含んで、アリシアは目を開き、じっとメルセデスの顔を見つめる。

 

「私は最初、貴女は本当に勢いだけで惚れて、後から幻滅してしまうんじゃないかと思っていたの。でも貴女の言葉を聞いて、貴女があの子の弱い部分まで含めて愛してくれていることを知って、安心してあの子を預けられると思えたわ」


 アリシアの柔らかな言に、メルセデスはこくんと頷く。


「テオにはテオのわかってない強さも優しさもあるんだって、側で教えてあげたいんです」


「そうしてもらうと助かるわ。あの子、本当に真面目で真剣に考え込む方だから。そういうところだけは本当に父親似なのよ。マインツくらい大雑把で良いのに」

 ふう、と悩ましげに息をつきながらまたパイを口に運ぶアリシア。

 

「……お父様ですか?」

 テオドールの父親と言えば、イヴァミーズ伯クルト=フォン=ミュッケ中央軍中将だ。

 帝国軍魔導師のかがみとも呼ばれる人物だが、アリシアはまるで彼が悪癖の見本のように口にしている。


「そう」少し困り顔でアリシアが続けた。「真面目すぎてね、誰かが止めてあげないとダメな人。メルさんもあの子がそうなったら、止めてあげてね」


 アリシアの言葉に、メルセデスは「はい」と頷く。


「ところで、ここの林檎のパイはどうだったかしら」


「はい、シナモンが効いていて、林檎の焼き加減もとても良くて……以前テオにこの店のチョコレートパイを頂いたのですが、それに負けないくらいにとても美味しかったです」


「そりゃあそうさ」

 足し湯のポットを持ったコッフィー夫人が二人の間に割り込むようにしてテーブルに現れる。

「うちのパイはミュッケ伯のご長男もイヴァミーズ一と言ってくれて、トプカプ侯のご令嬢へのお土産にしてくれたパイだからね。鼻高々だよ」


「へえ、そうなんですね」


「そうさ。たまたま汽車でミュッケ伯のご長男と会って、聞かされたんだからね」


 当のミュッケ伯夫人とトプカプ侯令嬢に誇らしげに語るコッフィー夫人と、それにころころと笑いながら相槌を打つアリシアに、メルセデスは彼女の凄みを改めて感じるのであった。

 自分もいずれこうやって堂々と身分を偽って振る舞うことが出来るのだろうか。

 そう考えると正直が取り柄で欠点のメルセデスには荷が重いように思えた。

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